407 大混乱
マズい。大変にマズい。
『アレワゥラ、アウケ、リンネ?』
『ワウウウ……! (月に狂いし我が主よ、もはやその魂限界と見える)』
『こっちにおいでこっちにおいでこっちにおいでこっちにおいで』
「一時的なもの、思います。多分薬の影響、精神に異常をきたすた?」
『モーヌ、クレジェル、リンネマステア?』
『――――か? ――思う、聞こえ――』
『おいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいで』
ちょっとした幻覚とか幻聴とかそんなレベルじゃないわこの薬。ゼオちゃん以外の声が全部古代語か異常な言葉として聞こえるか、そもそも聞き取れなくなってる。滅茶苦茶怖いんだけど。
風景もヤバい。血の雨が降ってる時もある――しかも感触や臭いまである――し、そこら中に屍がぞろぞろと転がってるし、死んだはずのぽこんこが襲いかかってきた瞬間もあった。ぽこんこはすぐ消えたけど、何が本物でどれが幻覚なのかさっぱりわからない。絶対ヤバい薬じゃんこれ。何でこんなタイミングで飲まされなきゃならないのよ。
思考能力は異常なしだから、正常な精神で異常者が見えてる光景を見せられてる気分。完全にホラーだよ、ゼオちゃんとか髪が真っ白になってイケメンの好青年化してるし、デロナちゃんはつみれちゃんをホラー化したような見た目になってるし、ティアちゃんは――――とんでもなく美人化してる。思わず呼吸が止まりかける。ずっとティアちゃんだけ見ていたい。もしくはどん太、どん太は毛が全部紺色化してるだけだからそんなに変わりない。顔から愛嬌が消えてるけど仕草が可愛いから平気。
「ゼオちゃんにはちゃんと聞こえるの?」
「あーあー。とても聞き取りづらい、難しいけどわかる。大丈夫ます……かな?」
『行かないで行かないで行かないで行かないで』
『ガウガウガウッ!! (死を覗く者死に魅入られるべし)』
『ソォ……。レツァ、ジオ』
『アハハハハハハハハ』
ペルちゃんの高笑いがアハハハハハなのはなんとなくわかった。うーん、このホラー状態でラーラさんの里へ向かうの大丈夫なのかな……。心配だわ、もうすぐ船着き場に到着なんだけど……。あ、ラーラさんだ……うわぁぁぁ……。殺戮の神の姿と同じになってるぅぅ……!!
『来ないかと思った! 遅かった、待ちくたびれた!』
「遅れてごめんなさい、ちょっとトラブルがあって……」
『うわっ! 何処の言葉だ? 全然わからない、誰かリンネさんが何を喋っているかわかるのか?』
「あ~。わかります、遅れてごめんなさい言ってます。今リンネさん、おかしくなる薬飲んでしまいました。だから見える聞こえる触る話す、全部ダメです。終わってます」
『リンネさんはいつも事件がいっぱいだ。でも間に合ったなら良い、行こうっ!』
『返せ返せ返せ返せ返せ返せ』
手荷物は、いやどうだろう。わからない、多いのか少ないのかわからない……! なにか動物の皮みたいなのを丸めたものを持ってるのはわかるんだけど、それが荷物なのかどうかすらわからないっ!!
『システム:隠しクエスト【波動のラーラの里帰り】を開始します。進行中は長距離テレポートが使用不可となります』
『ティエルペピオアルト、ファスティ、ドゥ?』
「え、テレポート使えないんだ。うわあ~」
「テレポート出来ないですか? 仕方ないです、船乗りましょう! そのうちきっと治る思います」
『この船が一番早く到着するって聞いた! 40分ぐらいで到着だって!』
「すごい揺れそう……。前の倍も速いの……? ヤバいってそれ……」
「あ~。黄金の船、とても速い思いますか。怖いですね……」
うわ、この船あれか、ペルちゃんが投資して作った超速い方の黄金船か……。前の倍以上速いって、今度こそバイタル異常叩き出すんじゃないの。乗るの躊躇われるレベルで怖いんだけど。それに今この状態で海とか大丈夫かな、海に化け物いっぱい見えたりしない? しそう、怖い~……。
『行こう、もう出る時間!』
「ああ~……怖い~……」
『アハハハハハ!!』
ペルちゃんの高笑いすら怖い。今日は実は何やってもダメな方向に行く日かもしれない。正直この幻覚作用に目眩までして来たからログアウトしたいんだけど、それをしたら更に悪い方向に働きそうだからそれだけはやめておこう。よーし、行くぞおぉ~……。はぁ~……。
◆ ◆ ◆
海路も最悪だった。イカの化け物は見えるわ、大津波の幻覚は見えるわ、ローラちゃんが暴れ狂ってる幻覚も見えたし、ローラちゃんに沈められたと思われる船の残骸も見えたし、霧に包まれた幽霊船みたいなのが遠くに見えたりして、もう狂いそうだわ。腹いせに幽霊船に向かってミドルブラックホールを投げつけてやったけど、残念ながらマストが折れただけで沈むには至らなかった。これで沈んでくれれば幻覚ざまあみろって笑えたのになあ。
「リンネさんだけ見える幽霊船、壊せましたか?」
「ううん、ちょっとだけしか壊せなかった。はあ~イライラする~この幻覚~……」
「でも血がないより、ずっと良い思います。多分血がない、動けなかったかも」
「自殺したら解除されるかな……。ああ解除不可なんだ……。はあ~……」
ちなみに霧が濃いのは皆には見えてたけど、幽霊船は皆には見えてなかったらしい。もうちょっと近くに行けばコントロール出来て確実に当てられたけど、残念ながら何キロか離れてたから射程を伸ばすのにマナを使いすぎて威力とコントロールが微妙になっちゃった。まあでも良い憂さ晴らしにはなったし、無駄に余してるマナの発散にもなったし、よしとしよう。
『リンネさん! 思ったより揺れないぞ、凄い! そして速い! もうすぐ到着だ!』
「わ~早い。もう到着かあ。じゃあまずはゼルヴァさんのキャラバンに行かないとですね~」
『何を言ってるの? ゼオゼオ~』
「あ~。ゼルヴァさんのキャラバン行く、言ってます」
「そこにリーリちゃんが居るはずだからね」
「リーリ・チャン、居るそうです!」
『リーリが居るキャラバンに行くんだ、わかった! ついていくよ!』
「ゼオちゃん、ペルちゃんとレーナちゃんにキャラバンへ向かうから道案内お願いって言って~。どん太に乗って高速で向かおう~」
「なるべく早く、キャラバン案内! ペルさ~ん、レーナさ~ん。リンネさん、お願いなんです~」
『大変だな、リンネさん!』
「う~……」
『あ、それはなんとなくわかる。とても落ち込んでいる! 元気だして、ね!』
私、とんでもなく役に立たない状態な気がする。見えてるものも聞こえるものも何もかもが信用できない状態って、こんなにキツイんだ……。いやいや、まだ見えてるだけマシだし、理解者がいるだけマシなのかも。ユキノさんとか日常では目が見えないんだし、ゼオちゃんも昔は誰とも言葉が通じなくて辛い時期があっただろうし。幻覚は酷いけど、まだマシか……マシだね!! うん、私はまだ恵まれている。まだついている……!!
『ワウウゥゥ…… (月に狂いし我が主の眼に、風の前の灯火の如き尊い希望が宿ったのを感じる)』
「……ふっ。キャラが違いすぎるね君」
『ガルルルル…… (我を称賛せよ。崇め奉れ)』
「撫でられながらお腹見せてそのセリフは面白すぎるでしょ」
『ガウッ!! (月に狂いし我が主の、凛々しき花の如き美麗なる笑顔こそ、この世の至高の宝であるぞ)』
「ぐっ……。ふふっ……」
どん太のこの口調面白すぎるでしょ。とんでもなく偉ぶってるのに、やってることが撫でられて嬉しくなって、仰向けでおなかなでなでの要求よ。その口調で何を言っても中身がどん太だからとにかく可愛いわ。いつものほうがもっと可愛いけどね。
『ワウッ!! (見よ、我らの黄金郷へと続く約束の地を)』
「ああ、到着しそうだって言ってたもんね。行こうか」
『ガルルル…… (いざ我らが黄金郷へ参らん。その前に、更に我が頭を撫でてみては如何か?)』
いやぁ……。なにをどうやっても威厳が出ないの面白いわ……。見た目も声も何もかも変わっても、中身がどん太だからどうやってもどん太なの、こんなの卑怯過ぎるわ。この幻覚、稀にどん太だけ起きてくれてもいいなぁ。
◆ ◆ ◆
『ガウウウ!! (彼の地が偉大なる戦士、アイギスの拾い子が一時君臨している地だ。そなたにも見えるであろう)』
『(ふっ……!)』
「リンネさん、笑う要素なにもない思います!」
どん太の発言が自動的に何かに変換されてこうなってるんだろうけど、いちいち発言が古いっていうか言い回しが面白くて耐えられない。ゼオちゃんの影の中に居ても聞こえてきて耐えられなくて、何回か吹き出してその都度ツボに入って笑っちゃう。
『あれが、リーリが居るキャラバン!?』
『ワオォォォーーン!! (我こそは紅き月の狼! 古き血を引く人狼の娘リーリよ! 居るであろう!!)』
『(ぐほっ……!!)』
「どんちゃっちゃ、挨拶しただけで笑うほどですか?!」
『――ワオォォーーン…… (師匠のお友達だ! 居るよ~~!)』
おお、リーリちゃんの遠吠えは正常に聞き取れた! これならクエスト進めるのにそこまで苦労しなさそう。あ、そういえばゼルヴァさんに会うのは天下一以来かな? 天下一で敗北して原点回帰するって言ってたけど、なにか特別なことをしてたりするのかな。ギルドメンバーさんからはそんな話は聞かないけど、次回の大会では凄く強くなってたら嬉しいし楽しみだなぁ~!!
『ワウッ! (では参ろうぞ! 彼の地へ辿り着いたならば、我は血湧き肉躍る食の時を要求する!)』
これ絶対『お腹減った! お肉食べたい!』って言ってるでしょ、だんだんわかってきた。わかりたくないけどわかって来たよ、どん太のことが……! じゃあ到着したらとりあえず、全員軽く食事をしてから次の場所を目指そうね!





