386 天敵
◆ 獄入り口前 ◆
おにーちゃん以外の全員にプレゼントでアバターを配った後、唐突にどん太が『獄に挑戦するの!』って言うから獄に来た。しかもせっかくだから最初から順番にやりたいってことで、まずは力の獄から挑戦することに。
「どん太~? なんで最初からやりたいの~?」
『あうあうあうっ (全部僕だけでやったって自慢するの!)』
「モッチリーヌちゃんに?」
『わんっ! (そう!)』
モッチリーヌちゃんに格好いいワンコだと思われたくて、武勇伝が欲しいのね。君は十分これまで格好いい活躍をして来たんだからそれを自慢すればいいのに。お喋りするためのデッキがたくさん欲しいのかな? 可愛い奴め……。
「じゃあ手伝わない方がいい?」
『わうっ! (うんっ! 僕だけでやるのっ!)』
「そっか、じゃあ邪魔にならないようにするからね」
『わふっ!!! (見てて!)』
前は私に叱られてばっかりだったような、アホの子で鈍くさくてもふもふが取り柄なワンコだったのになぁ~……逞しく、かつ凛々しく成長しちゃって……。まだ短い付き合いだけどちょっと感動してうるっと来ちゃう。
『へっ……へっ……』
「へ?」
『わぶしゅっ!!』
「…………」
『わふっ…… (わあ、くしゃみでちゃった。えへへ……)』
やっぱりどん太はまだまだどん太だわ。良かった安心した。いつまでもどん太でいてくれて良いんだよ。じゃあ、力の獄から挑戦しようっか!
『ようこそ、力の獄へ……。更なる獄の深みへ挑むには残りレベル140が必要だ。これまでの浅き獄へと挑戦するか?』
「えっ」
『わう?』
更なる獄の、深み……!? 浅き獄……!? そ、そっか、転生して2周目でもまた獄が存在してるんだ! いや、そうかメロウちゃんが上位の特殊能力とかあったし、こうやって伸ばしていくしかないんだ……。いやはや先は長い、むしろ特殊能力を得るのにこの獄を待っているようじゃダメだぞっていうことでもあるのでは? ここは最低保証、自分で何度も反復して極めたことで手に入れた能力こそ! みたいな? ユキノさんの指先に感じる世界とかもそうだよね、これは手に入れねばなりますまい。
「いや、うん。なんでもない。行こうっか!」
『わんっ!!』
『限界に挑戦せよ』
まずは力の獄から、出てくる敵をワンパンで倒す試練! どん太に手出し無用って言われてるから、私は見てるだけだね。シャドウウォーカーでも使って待機しておこう。じゃあどん太、頑張ってモッチリーヌちゃんに聞かせる武勇伝作りなっ!!
◆ 一方その頃…… ◆
「…………」
「わぁぁぁ……わぁああああ……!!」
『マスター、マスター! なんとかしてくれ!!』
『コイツ絶対やべえ、直感で分かるんだよ!!』
『ぎゅぇぇぇ~~ (捕食者の眼差し~~)』
燐音ちゃんと真弓お嬢様の学校に転校するために調べておいた、学園に通っている要注意人物の上位にいる盲目のお嬢様。目の前でつみれ達を撫で回してうっとりしているこのお嬢様こそが、その問題の雪村夢乃その人だ。間違いない、髪色が違うが他の特徴とピッタリ一致する。
おっとりしていて、世間知らずで、ザ・深窓の令嬢って感じのこの容姿、そして何より爬虫類愛好家にして、爬虫類愛食家。世界で最も爬虫類を愛し、世界で最も爬虫類――特にワニ――を食ってると言って過言でないお嬢様、それが雪村夢乃だ。
――――なんでここにいるんだ……?!
ユキムラミートで販売している合成肉や培養肉の品質を大幅に向上させた張本人こそが夢乃で、日本一……いや、世界一の食肉加工企業として王座に君臨している。肉を使わずに肉を再現し、肉を滅多に口に出来ない貧困層でも肉食に困らなくなったのは夢乃の舌のおかげだと聞いている。
夢乃は目が見えない。それ故に他の感覚が非常に鋭く、特に味覚や触覚に優れているという情報はわっちも持っていた。だから最初、スタスタと歩いている髪色の違う夢乃を見た時は人違いかと思った。だけど間違いない、このラージウスやガリャルドを見つめる瞳……つみれが本能的に恐怖を感じる捕食者の目。一度だけ夢乃がイグアナを溺愛して頬ずりしていたのをリアルで見たことがあるが、まさにこんな様子だった。まあリアルでは目が見えないからここまで激しいスキンシップではなかったが。
「あ、あの、わ、わっちの、従者が困ってる、から」
「……はっ!? ご、ごめんなさ~い……!! 格好良くて、魅力的で、つい自分を抑えられなくって」
「ドラゴン、好きなん、ですか……?」
「はい! それはもう、心の底から大好きで……はぁぁぁ~~可愛い~~♡ たべちゃいたい」
『マスター! この女はヤバい!』
『怖えよぉ!!』
『ぎゃううう~~』
「た、たべちゃいたいぐらい可愛いって、違うんです!」
「じょ、冗談でも、だだ、だめ……」
「ごめんなさい!」
『冗談でもよしてくれ、次からはナシだ!』
『マスター怖えよぉ!! 帰りてえ!!』
『ぎゅぁああ~~!』
揃いも揃ってデカい図体をして、わっちの後ろでぷるぷる震えて助けを求めるんじゃないよ全く……。まあ本能的にヤバいって感じるんだろうな……。しかし、バビオンやってるとは思わなかった。確かにバビオンは特殊な機体を使えばプレイ出来るし、金持ちお嬢様の夢乃ならプレイしててもおかしくはないか。
「と、ころで、どどど、どちら、様……」
「あ、申し遅れました! 私は、ユキノと申します! リンネさんにお世話になって、こちらで師匠である零姫様の下で剣の修行をしております!」
「そう、なんだ。わっちは、つくね。つくねが、名前……リンネちゃんと同じギルドで、結構一緒にあああ遊ぶ、仲かな……」
「わあ! そうなのですか、私も一緒に遊べるように頑張らないと。剣の腕を磨かないとですね」
リンネちゃんがぁぁぁ!! 既に手を付けてたぁぁぁ!! 真弓……ペルセウスが魔王の妃だとしたら、夢乃ことユキノは魔王の幹部か側室ってことかぁ……!? あ、いや待てよ? 妃はNPCの姫千代だから、ペルセウスは側室、ユキノは第二側室か。というかこっち来て剣の修行ってことは転職したて? もしかして特殊なクラスってことか? ちょっと、カマをかけて聞いてみるか……。
「あ、でも今は剣術よりも、獄に行くために古代語を学んでいたところでして……。ヴァルフリートさんが集中できないと仰って追い出されまして、それに丁度私もある程度自信が付いたので、一度獄に挑戦してみようかと思い出てきたのです!」
「そそそ、そう、なんだ……。じゃ、じゃあ、こっちには結構、長く……?」
「今日来ました! それに、今日始めたばっかりなんですっ!」
「今日……? 今日、きょきょ、今日、獄!?」
「はいっ!」
いけない、リンネちゃんの息がガッツリ掛かってるどころか、もうリンネちゃんに見込まれてガッツリパワーレベリングされてる……。これは、これはひどい……。じゃあレベル150超えてるってことじゃないか、しかも初日でかぁ……狂ってるよ。いや? そういえばレベル100のアナウンスで名前を見てないな?
「レベル、150なんだね……」
「ええっと、五段です!」
「ごだん……?」
「はい! このまま獄を卒業出来れば六段、その後の試練を二つ突破出来れば八段、最後の試練を突破して皆伝、一つの極致に辿り着ければ剣術無双と名乗ってよいと言われています!」
「特殊な、感じの、成長?」
「リンネさんも特殊だと言ってました。難しいお題を出されて、それを超えられないとどうやってもレベルが上がらない、モンスターを狩っても上がらないから大変だと仰っていましたね」
「ほ、ほ……う。そうなん、だ」
特殊な成長をする職業なのか。一段毎にレベル10一気にあがるってこと? 凄いよく聞こえるけど、それだけ難易度がべらぼうに高いんだろうな、そのお題。つまり一気にここまでレベルが上がったってことは、ユキノは戦闘センスがずば抜けてると思って間違いないはず。そうじゃなきゃリンネちゃんが見込むはずないし、零姫ちゃんが弟子にするはずもないか。
「つくねさんは、こちらにいらっしゃったってことは、獄ですか?」
「そ、そう。今日のレ、レ、レベリング終わったから、あああ空きじじ時間に、しゅしゅ宿題……。前クリア出来なかったかかかから、つつ、続き……」
「そうだったんですね……。確かに、かなり難しい設定のものが多いですよね。心の獄だけはいつも通りって感じだったので簡単でしたけども……」
「…………」
うん、決まりだ。いつも通りって言ったってことは目が見えないで決まりだ。やっぱりユキノは夢乃で間違いない。じゃあつみれ達が食われる前に、獄行くか……? あれ、ギルドまだ入ってないのか……?
「そう、いいい、いえば、ギルドは入らない、の……?」
「ぎるど、ですか?」
「そう。リンネちゃん、が、入ってるギルドに、入れて貰えば、もっとたた、楽しいと思う……」
「迷惑にならないでしょうか……」
「リンネちゃんと、ギ、ギルマスに、言っておく、よ。後で連絡入る……はず。多分リンネちゃん、忘れてるか、気がついてない、から……」
「わかりました、じゃあ獄に挑戦しながら連絡を待ってみようと思いますっ! ありがとうございました、つくねさん!」
「い、いえ……じゃあ、獄行く、から」
「私も行ってきます! 再挑戦、お互い頑張りましょうっ!」
「ユキノさんも、がが、頑張って」
『は、早く行くぞ』
『うう、怖え……! なんか嫌だ……!』
『ぴゅあ~~……』
とりあえず後で、リンネちゃんかお昼寝さんから連絡が行くように、話だけでもしておくか……。全く、リンネちゃんがちょっといないと何か凄いことが起きるかヤバいことになってるっていうのは本当だなぁ……。ちょっと、姫千代やペルセウスの苦悩っていうか、分かる気がしてきた……。苦労してるな、リンネちゃんの周りの、リンネちゃん大好き勢は……。わっちもか。わっちもだなぁ。