382 親睦を深める
◆ 腹が減っては戦も修練も出来ぬ修練場前 ◆
剛烈さんの悩みを聞いたんだけど、申し訳ないけど『それは自業自得だし無理な話だわ』としか言えなかった。だってその悩みの内容っていうのが……。
『む、むぅ……やはり無理があるか……』
「そりゃ無理でしょ。信用ないもん」
「父上は過去に何をしたかお忘れのようですね」
『ぐっ……』
ハッゲさんが狩りの準備で忙しいながらも、一瞬できた時間を使って剛烈さんに会いに来てくれたんだって。そしたら『俺にどれだけ成長したか見せたいって発想に至るってことは、それだけ自信がついたってことだし、周りからの評判もかなりいいのは耳に入ってる。それに俺は美味い料理に良し悪しをつけるのは嫌いだ。これ以上成長したいなら島を出て見聞を広めることだな』って言われちゃったんだって。
そう、剛烈さんは過去に貿易船に乗って島を出た時に事故で鬼ヶ島に漂着し、そこで出会った鬼人族の女性と子供を――不倫した過去があるんだよね。特に千代ちゃんは『それだけ父上が魅力的だったのでしょう』と諦め半分拗ね半分、八百ちゃんは大ブーイング、百姫お義母さんは殺意の化身になったらしい。なので相談相手に千代ちゃん、そして私が選ばれたってことなんだけど……。
冷静に考えて行けるわけないよね。絶対行った先でいい関係になる相手に出会う気しかしないもん。第一絶対に百姫お義母さんが許すと思えないし。
『そこを、こう、なんとか理由をつけて……』
「無理なものは無理ですね」
「無理に御座いますね」
『ぐう……』
「おひふ、ほへへふ!」
「ゼオお姉ちゃん食べながら喋るのダメなんだよ~!」
「でもお肉さんこげちゃいます!」
「ほふっ、へふっ」
『うおおお、す、すまねえ!』
手元の料理のことすら忘れちゃうぐらい思い詰めてる辺り本気なんだろうし、その件については深く反省してるんだろうけどね~……。一人で行くのはね~……。
「一人で行くのは無理ですね。一人は」
「リア、リア、お肉いっぱい取りすぎです! 私も食べたいです!」
「どんどんのところに持って行ってあげる分!」
『あ、そっちはこれを持って行ってくれ。デカいのを焼いておいたんだ』
『俺が持っていこう。結構な量だ、リア殿には重いだろう』
「ん、お願いしますっ!」
「私も食べたい! でも譲ります、どんちゃは食いしん坊さんですから」
「一番の食いしん坊がなにか言ってる……」
『そこをなんとか……』
「一人で行かなきゃいいじゃないですか」
「む? おお、そうで御座いますね。一人で行かなければよろしいのでは?」
『…………んん??』
いや、そもそもなんでこの人一人で行くことに拘ってるの?? まずそこだよね。
「お義母さんと一緒に行けばいいじゃないですか」
「左様でございますね」
『いや、だが、迷惑だろうと思って……』
「その程度のことで迷惑だと思ったら剛烈さんと結婚してないと思うんですけど」
「もうどちらも執政者ではないのですし、八百はああ見えて酒以外には厳しく正しい判断が出来る子です。定期的に此方達が様子を見に来られる程気楽な距離になりましたし、二人で旅行がてら世界を旅して回っては?」
「メルティス領には近寄らないようにね」
『…………そ、それなら、行ける、か……?』
「それとも一人で行かなきゃダメなの? 最初から不倫目的みたいじゃないですか」
「此方にもそう聞こえまする」
『いやいやいやいや!!! あの恐ろしい思いは二度と遠慮したい! それだけはない、しない!』
この反応よ。半殺しでは済まないレベルだったんだろうなあ~……。
『――美味しそうな匂いがするのじゃ~!! もう始めておるではないか~~!! 沢山動いたからお腹が減ったのじゃ~~!!! あ、酒はいらんぞ。頭が痛うなる』
「リンネさん、おまたせしました~~」
「あ、ユキノさん達も来た。じゃあ剛烈さんこの話は終わりね。後は頑張って一緒に行こうって言うんだよ?」
『あ、ああ、わかった! ありがとう、本当に……』
わ~ユキノさん来た。零姫おばあちゃまはぴょこっぴょこって感じの効果音が鳴りそうな歩みなのに、ユキノさんはなんだろう……たぽんたぽんとか、ぽいんぽいんって効果音鳴りそう。これは一般プレイヤーにもNPCにも目に毒だと思う……。ユキノさん、今まで目が見えなかったから自分の容姿に対して特に何も思ってなさそうなんだよねえ。体2のアバターにさらしとかないのかな、ちょっと探してあげよう……。
『ほれ、はようはよう!』
「はい、ユキノさんの取っておいたよ」
「わあ~ありがとうございます~! 焼けたお肉の匂いですね、こんな見た目だったんですね~」
「???」
「りんねーさま、この人はお肉みたことないの?」
「それは追々ね、まず自己紹介しようね。この人がユキノさん、私がキューブを設置したら当たりを引いちゃって、新人狩りっていう悪い連中に襲われちゃって迷惑を掛けちゃって~……あれこれお話してたらお友達になったんだ~」
「ユキノです。よろしくお願い致します」
「私は、ゼオです!」
「デロナは、デロナだよ!」
「ティアラです~! ティアって呼んでくださいっ!」
「わっ、わっ……」
こらこら、一斉に名前を言ったら誰が誰だか覚えられないでしょうが。
「――オーレリア・ステラヴェルチェ、ステラヴェルチェ王国の末姫で、現バビロニクスの女王です! 形だけですが!」
「姫千代に御座います」
「わ、えっと、えっと……」
リアちゃんは完全に困らせる目的で滑り込むように自己紹介して来てるし。千代ちゃんは、う~ん多分天然。ティアちゃん達も悪気があってじゃないと思うんだけど……リアちゃんだけは完全に悪意をもって名乗ったね!?
「おっとりした声の方がティアさん、大人びた落ち着きのある声の方がゼオさん、明るく愛らしい声の方がデロナさん、鈴を転がすような声の方がオーレリア・ステラヴェルチェ様、凛々しい声のお方が姫千代さんですね……覚えましたっ!」
「あ、リアでいいです。様もいらないです。ごめんなさい」
「リアさん、ですね!」
「お~……人の声と名前を結びつけて覚えるんだ」
「そうですね、基本的には声で判別出来るように訓練していたので。少し一緒にお話していれば、声真似をされてもわかると思います!」
あ~そういうことか~。目が見えないってことは、顔で相手の名前を覚えるんじゃなくて声とか雰囲気とかで覚えるしかないもんね。それも自然と出来るようになったわけじゃなくって、努力して身につけた能力なのね。凄いなぁ~……。
「すごぉ~い……リアちゃん、初対面の人に意地悪しないの」
「ごめんなさ~い」
「ちゃんと謝らないと全部お野菜にするよ」
「意地悪してごめんなさい! 許してくださいっ!!」
「あ、頭を上げてください! 女王様に頭を下げられるなんて、そんな」
「大丈夫、本当に形だけだから。王族なのと現バビロニクスの女王なのは本当だけど、ほぼ権力ないから」
「ないんですっ!」
「そう、なのですか? 大丈夫ですよ、意地悪されたなんて思ってませんから!」
「…………許してもらいました! ふふ~ん、これでお野菜は――」
「全部は許してあげるからちょっと食べようか」
「ええええ~~~~!!!!」
『ほら、食ってみてくれ。嫌いでも食えるようにペースト状にして味と匂いを誤魔化してみたんだ。肉料理に合うようにちょっと工夫はしたつもりだが』
「ゔぇええ……い、頂きます……」
お、剛烈さんがお野菜嫌いなリアちゃんのために、野菜ベースのソースを作ってくれてる。グリーンソースみたいな感じなのかな? リアちゃんのお野菜嫌いのために皆あの手この手で頑張ってるなぁ~……。リアちゃんも、自分のために頑張って作ったって言われたら弱いか。頑張って食べるんだよ。
「…………」
『どうだ……?』
「おいしいです…………悔しいですけど…………」
『おお、そうか!』
『剛烈、儂にもそれ、ちっと食べさせい!』
『そこそこ作ってあるぞ、まだあるから安心してくれ!』
お~~極度の野菜嫌いのリアちゃんからおいしいの声が出るとは。剛烈さん、やるね~。本当にこれなら色んな国や街で料理の腕を磨いたら、リアちゃんが何も気にせず食べれる野菜料理が出せるようになりそうだわ……ちょっと落ち着いたし、そろそろ問題の奴を呼ぶかな。
「あ、そうだ。ユキノさん、実は私の従者って後2人と1匹と……仮でもう1人居て、そのうちの1匹がね……」
「い、いっぴき……?」
「ユキノさんって、動物苦手?」
「いえ! 盲導犬を飼っていてお世話になっていますから、全く!」
「ああ、なら良かった。ちょっと大きいから脅かさないように離れたところにいるんだ。今呼ぶね」
「はいっ!」
どん太を初見で見せてビックリされたらどうしようって思って、どん太は離れたところに待機させてたんだ。そっかそっか、盲導犬と暮らしてるなら多分大丈夫……だよね? ちょっと大きいだけだし。
「どん太~!! いいよ~~!!」
「どん、た……?」
『――――ワゥゥゥーーーーン!!!!!! (今行く~~~!!!!)』
「走らないで~~!! 食事中だから~!!」
『――――ワウゥゥーーーン!!! (わかった~~~!!!!)』
「リンネさんは優しいですね、苦手だったら~と思って、わざわざ離しておいてくださったんですね! あ、見えてきました…………? え…………?」
よしよし、走るか走らないかギリギリで土埃が舞い上がらないスピードでとことこ来てるね。偉いぞ~どん太~! おいでってスキルで呼んでも良かったけど、ヴァルフリートさんも一緒にいるしね。まあドラゴンはローレイの外で見てるから大丈夫だろうけど、どん太ぐらい大きめのワンコは初見だろうからね~……あれ、冷静に考えたらケルちゃんとオルトロスくん見てるし、大丈夫だったか。
『わう~~!!! (きたよ!)』
「これがね、どん太。鈍くさくて太っちょだったからどん太って名前にしたんだけど、今ではかなり賢くってちょっとシュッとしちゃって~」
「ちょ、ちょっと、大きい……? 格好いいワンちゃんですね! どん太くん、よろしくお願いしますね。ユキノって言います」
『わううっ! (ユキノ! 聞き取れた!)』
「お、凄い。ユキノさんの名前聞き取ったよ」
「え、本当ですか??」
『わふっ! (他はなんて言ってるの! なんて言ったの!)』
「格好いいってさ」
『ワウウーーーン!!! (やった~~!!! 撫でていいよ!)』
どん太、ある程度言葉が聞き取れるようになったか……! そして速攻でヘソ天してお腹撫でてのポーズのためにごろ~ん。格好いいって言われたばっかりなのにこれよ。
「撫でていいよって言ってますね」
「わ、じゃ、じゃあ……わあ~~ふわふわ……! 可愛い~~……!!!」
『くぅ~ん…… (今のはわかった~……かわいいって言ってるの~……)』
「ふっ……」
可愛いって言われるとちょっと凹むの、可愛いなぁどん太ぁ……。格好いいって言われたいのね、男の子だねえ~……。でもお前、可愛い行動してるんだから可愛いって言われるのは自業自得だよ。
『そちらのお方が、リンネ殿の見込んだユキノ嬢か。お初お目にかかる、ヴァルフリートと申す。よろしく頼む』
「…………」
「ん…………?」
『む……?』
あれ? あれ、ユキノさん? どうしたのかな……?
「あの、あの、ユキノです……! よろしく、お願いします……!」
『ああ。よろしく……?』
「握手して、いいですかっ?!」
『あ、ああ』
うん……うん? うん……??
「ありがとうございますっ!! ふぁあ~…………。硬いのに、すべすべ……。ゴツゴツしてて、ふぁあ~~…………♡」
『お、おお……っ……?!』
ま、まさかユキノさん……!? ひょっとしてなんだけど、ひょっとしなくてもなんだけど……!?
「ありがとうございましたぁ……♡」
『あ、ああ……』
「リンネさんリンネさん! どうしましょう、か、格好いいです……。胸が、ドキドキします……!」
ヴァルフリートさんみたいな、龍人系の異種族が好きなのかぁ~……!!! そっか、そっかぁ……!!! い、意外だな~~……。
「あのですね? イグアナを飼ってるんです。初めて触った時からとっても不思議な感じが好きで、なんとなく触った感触から形は理解していたのですが、ずーーっっと姿を見てみたいと思っていて! それであの、賢い! 賢いんです! 私の声にもちゃーんと反応して、トコトコって近寄ってきて撫でてあげると大人しく撫でられてて、そのですね!?」
「そう、そう、なんだ。なるほどね……?」
――――しまった、爬虫類フェチ族だ!!! よし、今度つくねちゃんを犠牲にしよう。そうしよう。
「――――それに、食べると美味しいんです!!!」
「食べるの!?」
「はいっ! 食べるのも愛でるのも大好きで……!!」
『待て、リンネ殿。俺はちょっとユキノ嬢が少し怖くなってきた。距離を取ってもいいだろうか?』
「そんな! 隣にいてください!!!」
ヴァルフリートさんが狼狽えてるの初めて見た。いやうん、うーん。きっと親睦を深めたら良い子だから、もうちょっと頑張って歩み寄ってみて? ね、お願~い……。ね???