379 順逆一視
◆ 加賀利城・修練場 ◆
ユキノさんがゲームシステムでわからないことが出て来たら教える役として暫く付き合ってたけど、ユキノさんが就いた【修行の剣士】って本当に特殊なタイプの職業だった。
まずレベルって概念がない。これはレベルに相当するものは存在してるんだけど、いくらモンスターを倒しても経験値すら貰えず、零姫おばあちゃまに出されたお題をクリアしない限り絶対に強くなれないっていうかなり特殊な成長形式の職業。レベルの代わりに【八級】って用意されてて、お題をクリアして昇級していく感じ。つまり『出されたお題を次々にクリア出来る人は成長が途轍もなく早い』ってこと。
『近くのフレンド:ユキノが【暴れ虎を一撃で退治せよ】を達成しました』
『近くのフレンド:ユキノが【一級】に昇級しました! お祝いしましょう!』
「お~凄い、やった!」
「あ、ありがとうございます……! はぁ~……」
『うむ、うむ! 恐ろしいほど飲み込みが早いのう!』
最初お題を聞いた時はこれぐらいなら出来るか~って内容が多かった。なんせ『抜刀と納刀をスムーズに行う』とか『切り返しを学ぶ』とか、そんなので八級、七級って上がってくから結構余裕なんだな~って見てた。でも段々と『指定した体勢から抜刀しカカシを撃退せよ』『3秒以内にカカシ6体を撃退せよ』『抜刀せずに攻撃を回避・防御せよ』『後の先で零姫の幻影を撃破せよ』って難易度が上がって行って、今に至っては【暴れ虎を一撃で退治せよ】だからね。防御の薄い口を開いた時に居合い切りでバッサリ真っ二つっていう回答に至るとは思わなかった。目から牙突で脳狙いかなーって思ってたわ私。
『では次のお題じゃ! 高速で飛び回り攻撃を避ける標的を斬れ。手段は問わぬぞ! ただし一撃で、じゃ!』
『近くのフレンド:ユキノが【【高速飛行する 攻撃を躱す 頑丈なカカシ】を一撃で撃破せよ】を受注しました』
「うわ、あれって金属じゃないんですか?」
『その通りじゃリンネ! 鋼鉄のカカシじゃ!』
「鋼鉄、ですか……!?」
『リンネの従者には鋼鉄など可愛い程の強度を持つ鎧の騎士がおるのじゃぞ。これが斬れぬようではこの先はないと思うのじゃ』
「こ、こんなに素早いのに、鋼鉄……」
「これ、私も挑戦出来ます?」
『む? まあ、何度でも出せるがの。やってみるかえ?』
今回のお題はユキノさんが渋ってるっていうか『え、本当に出来るのこれ?』って感じだから、可能だっていうところを見せないと。他職の、それも魔術職ベースの支援職に達成されたら、やってやるーーっ!! ってなるでしょ~。
「…………」
なんか、こっちをおちょくって来る感じに迫ってきては遠ざかって、攻撃モーションを見せるとガンガン逃げる感じなのね。ちょっと腹立たしい行動をして来るけど、ヒットアンドアウェイ型の攻撃スタイルならこんな感じの行動をしてくるやつは居るだろうね。
「穿て」
『【カーススピア】を発動、高速飛行する 攻撃を躱す 頑丈なカカシ(Lv,150)に12,200Mダメージを与え、破壊しました』
でも動き続けて方向を変えなきゃいけない時ってのはどうしても減速するから、そこを狙えばいいだけのこと。もう一体出てきたのは近接攻撃で追い込むように殴れば……。
『【魔狼斬滅】を発動、高速飛行する 攻撃を躱す 頑丈なカカシ(Lv,150)に10,550Mダメージを与え、破壊しました』
「動きの隙を見て、減速したり詰まったりした時にそこに差し込むように攻撃すれば当たるよ。後は直撃させられるかどうかだね。回避しようとする動きを追いかけて狙った一撃を叩き込めれば、十分斬れると思う」
「は、はい!」
『いとも簡単に倒しおってからに……』
見た目の激しさと硬そうだなっていう潜在意識を取っ払えば、さっき倒した暴れ虎よりは簡単に達成出来るお題だと思う。ユキノさんなら何回か失敗したら達成出来るんじゃないかなーって、抜刀から斬撃を与えるまでのスピードは凄まじいものがあるし。
「……ッ……ッ」
『ふぅむ……ちと離れて見ておるか』
「そうですね」
ユキノさんが集中出来るように、私達はちょっと離れたところで。うんうん、零姫おばあちゃまもなんとなく気になってる部分があるよね? 多分それを言いたくて離れたんだと思うんだけど……。
『違和感を感じるのじゃ』
「わかります。なんでしょうね、正体不明の引っ掛かり」
『うむ……。悪い訳では無い、ただこう、なんじゃろうな』
「最初は緊張なのかなって思ってたんですけど」
『違う、違うのう……』
「ですよね……なんでしょう……」
そう、ユキノさんに感じる正体不明の引っかかり、謎の違和感。緊張で挙動不審っていうか、慣れないから動きにくそうにしてるだけなのかと思ったんだけど、色々と基礎を教え込んで練習を重ねて、いざ抜刀して斬撃、そして納刀っていう一連の流れも全く乱れがないし零姫おばあちゃまも『一連の流れが美しい』と褒めるぐらいだった。体を動かすことに関しては何も問題がないはずなんだよね。
『斬れそうなものじゃが、何故抜けぬのじゃ?』
「…………あ~……? 目で追うのが、ちょっと遅いですよね」
『確かに、言われてみれば遅い気がするのう』
今じっくり観察してなんとな~く思ったのは『目で追いかける動作が遅い』ってこと。ユキノさんが抜刀出来ない原因は、多分目で追うっていう動作が不得意だからなのかな。そうでなければ既に抜刀してあのカカシを真っ二つにしてるはずだし。
『飛来する矢を弾くのも、暫く掛かったのう』
「素早い動きをする相手が苦手なんですかね?」
『むぅ~……しかし、暴れ虎の連撃を完璧に躱しておったからのう~……』
「はっ!!!」
「お?」
『空振りじゃ』
ん~空振った。何テンポか遅いんだよね、もうちょっと早く行動してれば当たったと思うんだけど……。
「やっ!!!」
「ん~……」
『むぅ~』
「えいっ!!!」
「んん~~……」
『むうぅ~……』
これは暫く掛かるかも……。素早く動く相手が苦手なのかな、もしかして攻撃は直感で避けてて素早い攻撃自体は見えてない? うーん、進展がないし一言声をかけるのにちょっと石ころ投げて気を引こう……あ、おばあちゃまが投げたいって手を出してきたわ。じゃあ、はい。
『うむ、儂が投げてみよう』
「あ、じゃあお願いします」
『リンネではユキノの脳天に風穴を空けそうじゃからな』
「そこまで加減できないことはないと思うんですけど!」
なんて助言すればいいかな~。こればっかりはなんというか、感性というか……ん?
「なまじ目に頼っているから、いつまでも倒せないんですよね…………」
「ん……?」
『……ほ?』
『近くのフレンド:ユキノが自分に10Kのダメージを与えました。失明しました』
は、え、えっ、えっ、待って待って、怖いんだけど、急に刀で自分の目、目だよね……?! 斬っちゃったよ……!? し、失明って……!!!
『な、何をしておるのじゃ!?』
「お師匠様、見ていてくださいね。ユキノは今、お題を達成してご覧に入れます」
自棄になってるわけじゃ、ないんだよね……? パターンを掴んで目で追うとタイミングがずれるからとか、そういう理由で潰したんだよね……!?
「…………はっ!!!!!」
『近くのフレンド:ユキノが【零姫式抜刀術・三日月一閃】を発動、高速飛行する 攻撃を躱す 頑丈なカカシ(Lv,150)に39Mダメージを与え、破壊しました』
「は……!!??」
『当、てた、じゃと……!?』
いや、タイミングとか全然関係ないわ! 突進して迫って一撃、まるで見えているみたいに迷いなく行ったわ!! 失明状態、なんだよね……!!? あ、ああ、ユキノさんの可愛いお顔が血まみれになってるぅ!!!
『近くのフレンド:ユキノが【【高速飛行する 攻撃を躱す 頑丈なカカシ】を一撃で撃破せよ】を達成しました』
『近くのフレンド:ユキノが【初段】に昇段しました! お祝いしましょう!』
「やりました! やりましたよ! やっぱり慣れている普段通りが一番です!」
普段、通……り……? 慣れ、て……いる…………?
「あれ? お師匠様~? リンネさ~ん?」
『どういう、ことなのじゃ……』
「あ、そちらにいらっしゃったんですね。今、参ります!」
コツ、コツ、コツ、コツ――――。
刀の鞘を、杖みたいに使って……。零姫おばあちゃまの声がした方に、真っ直ぐ来てる……。まさか、まさか……!!! ユキノさんに感じてた、違和感の正体って……!!!
「お二人の呼吸が聞こえます……こちらで見ていらっしゃったんですね! やりました、倒せました! 次のお題はなんですか?」
「ユキノさん、目を治療しないと……」
「私は元々見えないので、このままでも大丈夫ですが……」
『元々、見えぬというのは……?』
ああ、ああ……。だから、そっか……カジノが綺羅びやかだとか、草原も山も沼も海も、みんな新鮮だとか、そっか、そうだったんだ……。
「ユキノさん、リアルではその、あの……」
「はい! 生まれた時から全盲でして、最近VRダイブ出来るようになって、VRの世界なら私も皆みたいに見えるようになったんです! やっぱり目を使うのに慣れなくって、慣れないものに頼るのは難しかったです」
…………ユキノさんはVRの世界で初めて、視力を手に入れた人だったんだ。違和感の正体は、これだったんだ。
書籍化することになりました。詳細は出版社様で発表があり次第、追って発表致します