348 パンドラの箱
◆ 生命研究所・会議室 ◆
『そうか、そうするとあの状態のデロナを救うことは出来なかったか』
『これはやり直しに近いのかもしれんな』
『しかし、失敗した我々をどうして? 許されるのだろうか』
『許されたからここに居る、これから結果で応えるしかない、そう思うがね』
『神々に振り回されるのはもうたくさんだ。これからは自由に、平和のために研究を続けたい』
『しかしこの世界で自由を手にするためには力が要る。後ろ盾は必要だろう?』
『ドクの言う通りだ。後ろ盾は要る、幸いにも最上位神4柱の女神の属する魔神バビロンの陣営、その使徒とも言える方が今来ている。これは渡りに船だろう』
『出来すぎてはいないか? 我々が持つ情報はまだ少ない、あまりにも都合が良すぎる。私の娘たちに現状を把握させ、それからでも遅くあるまい』
『イガの意見に賛成だ。ここで結論を急ぐ必要性はない』
『俺もイガに賛成だ』
『僕もイガに賛成です』
『まず話をまとめよう。後ろ盾は必要だ、これは全員の総意で間違いないかね? 反対意見のあるものは聞かせてくれ』
――――いろんなモンスターと融合してる研究者さん達が、いっぱいだあ……。イガ・ミツヨシって研究者さんが忍者部隊のI7さん達を生み出した人で、ドクター・ベルルスがD67ちゃん、セイヴァー・デリラって人の子がS107っていう門番の戦闘員。ここで気がついたんだけど、それぞれの頭文字が娘さん達につけられてるみたい。他にも沢山居るんだけど……。
これだけ強そうな人たちを全員倒してしまったデロナちゃん、とんでもないレベルで強かったんだなぁ……。加賀利では弱体化してたのかなあ? どうやってこれだけの相手を倒したんだろ。
『そうだね、後ろ盾は必要だろう。では、その後ろ盾として傘下に入る先は魔神バビロン率いる軍勢、これは現状を偵察してからとする。バビロン様に繋いで貰うのは、こちらのバビロン様の使徒であるリンネさんにお願いする。これでどうかね?』
『異論ない』
『イガに同じく』
『最善で最良の案だ』
『メルティス教に真っ向から対立することになるな』
『それは元からだろう。魔族殺すべし、絶滅すべしと剣を振りかざしたのはあちらが先だぞ』
『今は違うかも知れない』
『だから現状を調べるのだ。つまりこの案で何も問題ない』
『過去との相違、過去の我々が今を知らずにノコノコ飛び出せば、それこそいいカモだ』
『それで行こう。これで全員賛成だ』
なんだろう、勢い任せに色々と決める私達と……違う……!! スラスラと冷静かつスムーズに問題解決に意見が飛び交ってすぐ決まっていく! す、凄いね……!
『よし、決まりだ。それではまずリンネさんと友好関係を築くべく、研究所内を見回って貰うべきだと思わないかい? 正体不明の相手を保護して欲しいとは、流石にバビロン様に言い出せないだろうからね』
『確かに。それは言えている』
『不審者です、保護してください。と言っているようなものか』
『まさにそれだな。何、恥じる研究はしていないつもりだ』
『すべて見せても批判されない自信があると?』
『…………一部は、理解し難いやもしれぬ』
『それを含めてだろう。そういった面も見せねば、我々は狡猾で卑怯な研究者に成り下がってしまう』
『異論ない、見せるべきだ。それを見て尚、リンネ殿から再度打診があるのであれば、だろう』
「ゼオちゃんとデロナちゃんを溺愛してる時点でそれは理解してるつもりですから、打診を引き下げることはしませんよ」
『…………そうだったな。だが、現場を見れば考えが変わる可能性もある。ゼロではないだろう?』
「確かに、失礼しました」
『いやいや、失礼な発言はこちらの方だ。先程からズカズカと申し訳ない。こういった生き方しか出来なかったのだ』
「お察しします」
『ありがとう』
ベルルスさんがふわっとしてるだけで、イガさん達は鋭いナイフみたいにスパスパとした喋りだから最初は慣れなかったけど、この閉鎖環境に何十年何百年って居ればこうなるのも、不思議ではないのかな。だからこそ、ゼオちゃんやデロナちゃんみたいな純粋な子達がそのまま育ったのは、奇跡と言えるよね。
『全て見せる、案内する……決まりでいいかね?』
『異論ない』
『イガに同じく』
『全てというのは、デロナの暴走の件も含まれるか? 映像が残っている』
『過去の我々の最期の瞬間、失敗のリスク。それも含めての全て、か?』
『そうなるだろう。失敗したことを含め、全てのつもりだよ。私の最大最悪の失敗を含めて』
『アレは、悲しいすれ違いだった。ドク、お前だけで背負うな』
『我々が甘く見た。我々が気づけなかった。お前のせいじゃない』
『アイナがデロナのように純粋であれば、暴走したのはアイナだったかもしれない。たまたまお前だった、デロナだったのだ。自分を責めるな』
『すまない……すまない……』
あ、すべてを見せるって……デロナちゃんの件も含めて全て、なんだ。残ってるんだ……。加賀利で復活したデロナちゃんは暴走前、この研究所は単純に復活・修復されただけ……だから、映像が残ってると。
『賛成だ。我々の失敗を見せよう。ドク、我々の失敗だ』
『そうだな、我々の失敗だ』
『僕たちは家族だと言いながら、心の底では繋がりきれていなかったのかもしれない。あの事件を今こうやって全員が悔いることが出来ているのは幸運なことだよ、ドクが悪いんじゃない。全員の問題だったんだ』
『ありがとう……すまない……』
『見せよう。リンネ殿には、見たくない映像かもしれないが。しかしデロナと今後も関わる、共に暮すのであれば知るべきだ』
『賛成だ。デロナはドクではなくリンネ殿と共に行くと言った。知るべきだと私も思う』
「むしろ、見せてくださってありがたいです。知るべきだと思っていたので」
『聡明な方だ、では――――極秘ファイル【バッドエンド】へのアクセス承認を求む』
『承認』
『承認』
極秘ファイル、バッドエンド……。心の準備が~と思ったけど、今この瞬間じゃないと見るのをためらうかもしれない。むしろ今一番これを見たくないって思ってるのは、生みの親のベルルスさん……それに、ここに居る他の研究者7人全員だよね。私がこの映像から逃げちゃ、それは違うよね。見よう。
『極秘ファイル【バッドエンド】を再生します――――』
◆ ◆ ◆
「――――聞いたもん!! デロナ達は戦争の道具で、ドク達に都合が良いように作られた存在なの!! ゼオばっかり、ゼオばっかり褒めるのは、デロナ達が使い捨てだからなの!!! 嘘つき!! 嘘つき!!! 嘘つき!!!!! デロナなんて最初っから道具だったんだあああああ!!!!!!!」
「違う、落ち着くのよデロナ」
映像にはデロナを宥めようとするアイナ達とエスイリーナの姿が映っている。デロナの体から悍ましいオーラが発せられ、暴走状態に入る。
「黙れ!!! お前達もオモチャのくせに!!!!!」
デロナが尾の一本でエスイリーナを一突きで殺害する。その瞬間、エスイリーナが吸収されてしまう。慌てて戦闘態勢に入るアイナ達だったが、狭い場所だったのが災いしてデロナの強烈な尾撃の乱打を受けて死亡する。
「あは、あはは……! いつもデロナのこと、子供扱いしてたくせに!!! デロナより弱っちいのに!!! 偉そうに、偉そうに、偉そうに、偉そうに!!!!! このっ!! このっ!! このっ!! あは、あは……! デロナはオモチャじゃない、デロナはドク達のオモチャじゃない、オモチャはオモチャで遊ばない……デロナがみんな、みんなオモチャにすればいいんだね……? あは、あはは!! アハハハハハ!!!!!!」
デロナが完全に発狂する。デロナが殺したアイナ達の死体を吸収し、それそっくりのデロナの兵隊がデロナの手から溢れる泥から発生する。
「皆死んじゃえ!!! みんな、みんなデロナのオモチャにしてやる!!! ゼオ、ゼオも、ゼオは特別なオモチャにしてやるんだ、アソンデ、アソンデ、デロナト、イッショニ、みんな、オモチャに……して……あ、ぐ、あ、ああああああああ!!!!」
デロナが変異し始める。尾が増え、髪色が濃くなり、浄化や癒やしの力が反転したかのような禍々しいオーラが溢れ出る。
「デロナを、幸せの国に、連れてって、連れてって、ふわふわ、ふわふわ」
デロナが人目を盗んで外へ飛び出し、秘密裏に会っていた相手のことと思われる。この相手からデロナは何かを吹き込まれ、洗脳されてしまったと思われる。様子がおかしかったのは三日前、たった三日の間にデロナが壊されてしまったのだろうか。
「デロナ! これは……ど、どうしてしまったんだ、デロ――――ぁ……?」
「ドク、ドク、ドクが悪いんだ、全部ドクのせい。ドクが私を、愛してくれないから!!!!!」
「そん、な、なん、で、デロ……ナ……」
「あ……あ……ドク……? 死んじゃやだ、どうして……? あ、あ、あっ……!!」
デロナがドクへ強烈な尾撃を与え、致命傷を与える。一瞬デロナが正気を取り戻したように振る舞う。この後デロナは完全に発狂し、研究所の全てを破壊し、全てを殺害し、吸収し、外部調査から戻ったゼオと対峙して致命傷を受け、研究所から逃亡した。
「…………」
ゼオが無言で破壊された研究所を彷徨う。その顔にはいつもの笑顔はなく、表情はない。今思えば、ゼオが涙を流した経験はなかったから、悲しいという感情の発露が出来ていないのかもしれない。
「博士……!!!」
「で……ろな……は、あの、ままで、は……危険、だ……あの子、を、必ず……どう、か……。無理、なら、ゼオの、手で…………――――」
「あ、あ、ああああ、あああああ!!! あああああ!!!!!!」
ゼオは自身に湧き上がる感情が理解出来ず、ただひたすらに叫び続ける。叫び疲れて、声が枯れ果て、蹲り、不意に立ち上がる。その後ゼオは『迷子探しレーダー』を所持して、デロナを追跡するために研究所を出た。
「デロナ……。私が、必ず……」
◆ ◆ ◆
「――――デロナ、こんなこと、したんだ。デ、デロナ、あ、あっ……」
「大丈夫、大丈夫だよデロナちゃん。今は皆こうして生きてる、皆元通り、これからやり直して、何が悪かったのかを探していけばいいの」
「うん……うん……っ」
『デロナ、私はデロナのことを間違いなく愛しているよ。道具だなんて、一度も思ったことはない。言葉では何とでも言える、嘘に聞こえてしまうかもしれないけれど……愛している。大事な大事な、私の子だよ』
『皆私達の大切な娘だ。当然戦争になんて行かせたくない。我々は戦争になった際、自分達だけでも守れる力を手に入れるべく、傷ついた魔族や理性ある魔物を癒やすべく、この活動をしているんだ』
いつの間にか、デロナちゃんもこの映像を一緒に見ていた。さっきは『辛いのは~』って誰これ言ったけど、一番辛いのはデロナちゃん自身だろう。なんせ記憶にない出来事。しかし自分が引き起こした終焉、破滅。自分に再度起こり得る可能性を目の当たりにして、今何を思っているんだろう。
『それでは、施設の案内に――』
「すみません、ゼオちゃんとデロナちゃんとだけ話が出来る場所、ありますか?」
『……プライベートルームがある。そこは監視カメラも何も設置されていない。そこで存分に会話をすると良い。我々はどん太君達と会話をしているよ』
「ありがとうございます。ね、ちょっとお話しよう?」
「はい、行きます。デロナと一緒です」
「んっ……!」
デロナちゃんの過去を知って、私の過去を教えないのもなんか不公平な気がするし……。これを話さないとなんだか、私がスッキリしないし。この機会にしっかり話しておこう。そうしないといけない気がするから、ね。
◆ ◆ ◆
「――――やれやれ、進行したイベントが1種だけじゃないとはね。急いで戻って来る羽目になったな」
「まあまあ、焼肉美味しかったからいいじゃないの~。あ、ごちそうさまね~」
「結局貴方と私の割り勘ですけどね。まさか0.0025%の選択とはね」
「0.5%でルテオラの先に行くと思ったんだけどねぇ~」
「飛空艇が出来上がるタイミングが想定より早くなったのが全て狂った、魔神兵や主要NPCも大勢乗り込んだ中で様々なフラグを無視して普通空中都市に行くか? どうしてなんだ?」
「イレギュラーだからねえ……で、イレギュラーちゃんは今何してるのかね~?」
飛空艇で空中都市に挑み、空中都市攻略イベントを発生させ、ついでに飛空艇開発イベントまで……この時点でイレギュラーもイレギュラーだと言うのに、まだイベントを発生させてるのか!? どうなってるんだイレギュラーの行動速度は! なんでメギドとアグニに遭遇してるんだぁ!!?? どうしてこんな奇跡的タイミングで遭遇してるんだよ、おかしい――――ドクも出てきてたのかあ!!!??? なんでだ、なんでなんだ……。なんで全部こう、重なるんだ……。
「ああ! 戻ったんです――うわ、焼肉臭が……!」
「美味しかったよ~美味しすぎたとも言うね」
「財布は素寒貧だがな。お前達もあそこ行くべきだ、いい経験になるぞ」
「マジっすか、昼夜交代したら全員で出し合って行こっか?」
「だね~行きたいよね~」
「で、イレギュラーの様子は?」
「あ、リンネちゃんッスか? 今さっき専用のチャンネル作っときましたよ、映像出ます」
はあ、急いで戻ってきたせいでさっき食べたのが出てきそうだ……。明日確認すればいいと言えばそうなんだが、どうもリアルタイムで監視しておきたい不安というかなんというか……。情報漏洩対策にここで見られる映像は外では確認できないからなあ。
『――NO SIGNAL――』
「あ、あれ? おかしいッスね……」
「貸してみろ」
『アクセス権限がありません』
「なんだと……?」
アクセス権限がない……? どういうことだ、俺達でアクセス権限がなければ、俺達以上の権限は……。
「…………専用チャンネルは解体しておいていい。監視するべきじゃなかった」
「え? え?」
「察し悪いねぇ~。これ以上踏み込むなってことさ~。なんか、ヤバいんだよ。管理AIが都合の悪い物を検知したってことさ」
「あ、あ! はい!」
これは、これ以上首を突っ込むと消されかねん。このリンネという少女はパンドラの箱だ、外側の美麗さを楽しんだり研究するのは無害だが、中身を開けることは許されていないらしい。
「来週、美味い焼肉が食いたいなら、今後は戦闘技術やら行動予測やら、そういうのに留めておくべきだねぇ」
「七瀬財閥の娘同様、パンドラの箱に指定しておいてくれ」
「は、はい! この業界パンドラの箱多すぎて怖いッス……!」
「しかも向こうから開く時があるからな。運悪く見た瞬間じゃなくてよかったと思うべきだな」
この業界はパンドラの箱が多すぎる……。まさか七瀬財閥の娘クラスの存在がまだ居たとは、恐ろしいな……。
「いやぁ~……なんかこう、忘れておきたいよねえ? ねえ?」
「…………一杯行くか」
「お、良いねえ~! 行こう行こう! 良いバーを知ってるんだよ~」
「そこで良い。じゃあ、パンドラの箱が生命研究所イベントを始動したということがわかったから、帰らせて貰う」
「あ、はい~おつかれッス~。むしろ来なかったらパンドラの箱に触れるとこだったッスよ~助かりました~」
「一応、世界の管理者から警告文を発しておいてくれ。AIが危険だと反応した話をしてたぞ、的なのを出来るだけオブラートに包んで」
「任しておいてくださいよ~!」
はあ……。忘れたい。忘れよう、とりあえず今日は飲んで……明日へ向けてリセットしておこう……。
リンネ「うわ、迂闊だった……。AIが危険だからミュートしたって書いてある……こ、この話は、絶対内緒だよ? いいね?」
ゼオ「絶対内緒、破ったら……大変です!」
デロナ「絶対内緒! デロナ、仲直り頑張ってみる!」
リンネ「んっ! えらい!」