333 ぶっちぎりでイカれた女・17
◆ 崩壊する辺境の隔離天界 ◆
なんだろう。誰かに似ているようで、誰にも似ていない。癇癪を起こすのもわかる。そう思わなければ心の弱いこの子は壊れてしまうから、自己暗示の癇癪。今ここで起きたことを否定し、自分が正しいことを証明するための悪足掻き。
『この場さえ乗り切れば、メルティス様がきっと我らを作り直してくださる! 戦うのだ!!』
『炎の天使・ルミエル(Lv,????)が【バーニングスラッシャー】を発動』
『氷の天使・セルエル(Lv,????)が【ブリザードスラッシャー】を発動』
『姫千代が【乱華閃舞】を発動、相殺!』
冷静になってみれば、もはや怒る気さえ起きない。今あるのは――同情。ああ、思ってもみなかった……二代目メルティスことスペアがどのように教育され、どのように扱われて来て、今何を思っているのかを想像するなどとは。
メルティスの嫉妬と私利私欲によって奪われ、本当の母親を殺され、妹たちと離れ離れになり、本当の母親を殺した女に生み直され、何もかもを捻じ曲げられて育てられた。天魔大戦で深く傷つき必要となった途端に偽の愛情を注がれ、正しいことは何一つ教えられず、欲望のままに……ただ、育っただけ。大きくなっただけ。
『私は予備なんかじゃない、私は予備じゃない!!!!!』
「貴方は棄てられたの。不要になった体と共に。何もかもを奪われて」
『そんなはずないの!!!!!』
「だから貴方の過ごしたこの場所はメルティスに破壊され」
『違う違う違う違う違う!!!!!』
『姉さん……』
『やめて!!!!!』
『女神のスペア(Lv,????)が【聖光剣・裂波】を発動』
『魔神バビロン(Lv,????)が【魔神障壁盾】を発動、貴方を庇います。完全防御!』
「不都合となった貴方という存在ごと、抹消しようとしているの」
『お前なんかに私の何がわかる!!!!!』
それでもきっと、心のどこかで理解していたはず。だからどんどん弱くなって来ている。さっきから防げる攻撃しかして来ない。それを認めたら狂ってしまう、これまでの自分の全てを否定されることになるから。
『冥神ティスティス(Lv,????)が【術式解析】を完了しました。【聖光大障壁】の弱点箇所を看破しました』
『バビロンちゃん! 大障壁を破壊するわよ~!! カレンちゃん、撃ったところに続いて~!!』
『んっ!!』
『冥神ティスティス(Lv,????)が【空間崩壊砲】を発動』
『死神カレン(Lv,????)が【空間崩壊拳】を発動』
『【聖光大障壁】が攻撃の無効化に失敗。合計994,889,478Kダメージを受け、崩壊しました』
でも認めて欲しいからこうして、私達をこの大障壁の中に閉じ込めている。葛藤、ジレンマ。
『ゼオが【魔拳滅殺・マッハパンチ】を発動、Weak!!! 特効! クリティカル! 地の天使・ジョルエル(Lv,????)に1,966,333Kダメージを与えました。大きく吹き飛ばしました』
『ティアラが貴方のMPを消費して【カオスジャベリン】を発動、Weak!!! 特効! クリティカル! 風の天使・ナルエル(Lv,????)に1,265,122Kダメージを与えました。【失血死】させ撃破しました』
『地の天使・ジョルエル(Lv,????)に炎の天使・ルミエル(Lv,????)と氷の天使・セルエル(Lv,????)が巻き込まれました』
バビロン様は『殺す』と言った。でもその瞳には涙が浮かんでいた。助け出したかった相手がこんな状態でも、憎い相手の姿をしていても、それでもバビロン様にとって彼女はどうしようもなく姉妹なんだ。何度も殺せるチャンスはあった、でも出来なかった。出来れば殺したくない、最後まで説得したい、でも私達やカレン様、ティスティス様を巻き込めない。葛藤、ジレンマ。
『あっ……!!』
『姉さん、もうこれ以上は危険。戻れなくなる』
『バビロンちゃん~!!! 悔しいけど、悲しいけど……!!!』
『わかってる、わかろうとしてるのよ、でもっ……!』
『嫌だ、逃げないで! 逃げないでよ、誰か……誰か助けて……!』
――――お父様、誰か、誰でもいいからわたくしを助けて…………。
「ああ…………」
あの子そっくりなんだ。どうしようもなくワガママで、何でも自分が一番じゃないと嫌で、世界は自分を中心に回ってると思ってて、欲しいと言えば何でも与えて貰えるのに、本当に欲しいものは手に入れられなくて泣いてた…………あの子に。
「――――貴方が本当に欲しいものは、誰にも与えて貰えない。本当に欲しいなら、自分の力で手に入れなきゃ手に入らない。それを口に出さない限り、貴方はこの虚無の中で永遠にもがき苦しみ続ける。貴方が欲しいものは、何?」
『私は全部持ってる、全部ある、全部……あるんだから……』
『リンネ、もう……! もう、本当に……!』
「お願いバビロン様、お願いします……信じてください。そして、信じてあげてください」
『…………ッ』
この子は真弓そっくりなんだ。あの頃の真弓に、ワガママで、いつも怒ってて、常に自分が中心で輝き続けてないと気がすまない……あの頃の真弓に。
「……私は貴方が嫌い。私の大切な子達は貴方のせいで苦しんだから。その気になればこの天界から出て外側を覗き見ることだって出来たはず。見ようとしなかっただけ。知りたくなかっただけ。そんな貴方が私は大嫌い」
『うるさい……! 違う、違う……! 嫌わないで……!』
『魔神バビロン(Lv,????)が神力を解放し、空間崩壊に抵抗し始めました』
自分を理解して欲しい、認めて欲しいのに、相手のことは認めない。理解しようとしない。自分から歩み寄らなければ相手には近づけないのに。近づいてくるのを待つだけ。
「全部メルティスの言いなり。言うことを聞けば褒めてくれるから、言うことを聞くだけなのは楽だから。本当はわかっていたんでしょう? 何か良くないことが起きている、起こそうとしている、何かがおかしい。本当は天罰だって使えたんでしょう? 何度も私の行動に干渉してきたぐらいだもの。でもしなかった、それは違和感を感じたから」
『お母様が、言うことを聞かないと、怒るから……! て、天罰は、だって、あんなに強いの、こ、怖くって……!!!』
「だから天罰を与えているフリをして、見えていないメルティスに褒めてもらった。そうでしょう? 私は知ってるの。ドミルデルテの雷という本にね、意味不明なポエムが書いてあった。晴れ渡る青空、突如として雷が落ち~なんて……もしかしたらこの雷こそが一度だけ、たった一度だけの天罰だったんじゃないかなって思った」
『ち、違う、違うの、あれは事故だったの、違うの……!!! たまたま、たまたま見えた悪い人間に、ちょっと脅かしてやろうって……他は、当ててない、当ててないから……!!!』
『死神カレン(Lv,????)が神力を解放し、空間崩壊に抵抗し始めました』
『冥神ティスティス(Lv,????)が神力を解放し、空間崩壊に抵抗し始めました』
後方ではまだ、千代ちゃん達が戦ってる。バビロン様達は私を、私とこの子を信じてくれてる。私もこの子を、この子の奥底にあるものを信じたい。だって生み直されて体は変異したかもしれないけれど、魂までは変わっていないはず。バビロン様達と同じ、優しくて温かいものが眠ってるはず。
「貴方は罪のない人間を沢山殺した。見殺しにした。救う力を持っていたはずなのに、その気になればメルティスを蹴落とし、自分の奥底にある正しいと思っていたはずの行動を実行出来たはずだったのに。私の大切な子達は殆ど貴方が原因で死んだ。直接的にも間接的にも、貴方に殺され貴方に見殺しにされた。私は貴方を許さないし、途轍もなく憎い…………それでも、理解しようとしてる。知ろうとしてる。本当は邪悪な存在じゃなくて、善良な存在なのかもしれないって! でも貴方は何も知ろうとしない!!!」
『…………もうどうしようもない! もうどうにも出来ない! 今更気がついても何もかも遅いの!!! 今更、今更どうすればいいの!!!!!』
「それを知りたいなら、どうしていつまでもこんなところに居るの!!! 答えはここにはない!!! ここには何もないんだよ!!! 私の親友でも越えられた一歩、人間でも越えられる一歩!!! 女神に越えられないはずがないでしょうが!!!」
越えて来てよ、真弓が越えたように。あの雪山の真弓のように! 人間でも越えられる壁を超越してみせてよ!!!!!
『もう……限界……』
『リンネちゃん~~~~~……!!!!!』
『リンネ、もう、もうっ……!!!』
『…………うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!! 私がっ、私に……出来ることを、教えてぇえええええええ!!!!!!』
『女神のスペア(Lv,????)の体が崩壊し始めました…………』
最初からそういえば良いの――――
『――――この命に変えても、それを外に出してなるものか!!!』
『炎の天使ルミエル(Lv,????)が自らの命と引き換えに【ファイナルフレイム】を発動、終焉の炎が女神のスペアに襲いかかります』
――――ッ!!!!
『Weak!!! クリティカル! 13,200Kダメージを受けました。【終焉の炎】効果により、一時的に解除不能な【回復不可】状態になりました。一時的に解除不能な【死体安置所・インベントリ使用不可】状態になりました』
『ああっ……!!? あああああ!!! ああああああ!!!!!』
「ほ、ら。掴まってて、行く、よ……」
『で、でも!! でも!!!!』
「いいから、黙って背負われてて……」
せっかく、やっと心の奥底に眠ってた本物を目覚めさせたのに、最後の最後まで邪魔してくる屑共め……!!! それにしても、ははっ……まさか、私が……女神を庇うなんて……。
『リンネ、リンネ!!!!!』
「大丈夫、です、歩ける……」
「リンネ、殿……ッ!!」
「不覚、かなり、手強かった……つくね、やられた」
「リンネ様~……!」
なんだ、結構千代ちゃん達も、ボロボロじゃん……。千代ちゃんが刀を杖代わりにするなんて、よっぽど、だわ……。ここまでダメージを負ったままなの、初めてかも……。瀕死ペナルティはなくても、マナ枯渇状態がずーっと続くとフラフラする感覚が、あるのね……。
『崩れるの、早い、かも……』
『カレンちゃん、頑張ってぇ~~!!! お姉ちゃんも頑張るから~~っ!!』
「(リンネ!!! 天界の扉が不安定だ、我の作った装置でギリギリ維持してるだけだ!!! 雑魚は既に殲滅した!!! 急げーーー!!!!)」
急げったって、全員ギリギリなんだよ……っ! 重っ……この子、重いわ~……。足から崩れてるんだもん、全く……バビロン様があんなに悲しそうな顔をしなかったら、とっくに投げ捨ててるのに……。
『――――逃さ、ん……!』
「邪魔だ、木偶人形……!!!」
『神技【サドンバビロン】発動! 魔界の恐怖が巨大な魔神バビロンとなり、全てを滅ぼす!!!』
『 邪 魔 よ ぉ ~ ! ! !』
『Weak!!! 特効! クリティカル! 腐敗した地の天使・ジョルエル(Lv,????)に37,444,666Kダメージを与え、撃破しました』
バビロン様にあんな顔されたら、絶対殺せないよ。
『あと、すこし、もうちょっと』
『も、もう駄目かもぉぉ……!!!』
『んっ、かなり、ヤバいぃ……』
頑張って、カレン様……ティスティス様……!
「せめて、リンネ殿だけでも……」
「最後の力で、投げ飛ばす、届く、思います……!」
「リンネ様達、だけでも!!!」
「みんなで、帰るよ。必ず……!」
崩壊のほうが、早いか……これは……。どれだけ急いでも…………。
『――――後は頼みましたぞ、カーミラ殿』
『ええ…………さようなら。最後の法皇』
何を…………ッ!?
『ミザリ・アブラミ(Lv,????)が【天界の鍵】を解放。自らの全てと引き換えに【天界作成】を発動しました』
『エリアメッセージ:????によって小規模な天界が作り出されました』
『崩壊、とま……った……?』
『止まったわ~!! カレンちゃん、バビロンちゃん、リンネちゃん達を!!』
『ええ!!!』
「ティアは、まだ飛べますっ!」
「此方も、あれぐらいならば……!」
「死神様~~~」
『んっ! 古い死神、あまえんぼっ!』
崩壊が、止まった……? 違う、法皇が新しく小規模な天界を作ったから、崩壊しなくなったんだ! でも、扉が……! あっ!!
『しっかり掴まっているのよ、リンネ! それとこれを持ってて!! しっかりと!』
「あっ!」
『ふっ!!!』
バババババババ、バビロン様の、お姫様抱っこぉぉおおおお!!!! え、この宝石は何ですか?! あれ、私の背中にあの子がいたはず……………あっ…………。
『ワールドメッセージ:聖メルティシア法国内で発生した天界への扉が閉じました』
『はぁ……はぁ……!! ギリギリ、ギリギリ間に合ったわ!!!』
『んもう~~私は誰も抱っこ出来なかったの~~』
『ゼオ、重い。ダイエットするべきかも』
「え゛」
「リンネ殿!! リンネ、リンネ!!! あ、ああっ……無事に戻れて、本当に……っ!!」
「リンネ様~~~!!!!!」
『おかえりなさい……。しかし、申し訳ありませんが、私は――――』
『満月の女王カーミラ(Lv,999)が【マナ枯渇】により昏睡状態になりました』
ああっ……!!! カーミラさんが……! 限界まで、この扉を開くのに力を……ありがとう、ございました……!!!
『)ヽ´ω`(』
「お姉ちゃん!!!」
「リンネ、ああ酷い怪我じゃないか……!!」
「リンネ様、治せない怪我……? 痛そう……!」
「大丈夫、大丈夫よ。それより、あの子は…………」
法皇の犠牲以外全員無事、全員無事なはず。違うと思いたい……。でも、でも……。
『リンネ…………その子を、渡してくれるかしら……』
「…………はい」
ああ……。やっぱり、この大きな宝石が、心臓ぐらいの大きさの宝石が……。
『ありがとう……本当に、本当に、本当に……。本当に……っ』
「バビロン様が、悲しそうだったから……」
『~~~っ……!!』
ううん、大丈夫。きっとなんとかなる。だって、自分に出来ることが知りたいって言ってたもん。知らないまま消えちゃったりしないよ。自分のしたこと、目を瞑ったこと、これから全てを知って、どうするべきか……これからだもんね。
「あ~~~ちゃぁぁぁぁ~~~~ん!!!!!」
「…………ふっ」
「あ! 笑った? 笑いましたわ? 良い終わり方になりましたのね?!」
「ううん、終わってないよ。真弓と一緒で、これからだよ」
「…………はえ?」
これからが大変なんだから。ここが終わりじゃない、ここが始まり。これからずっと、ずーーっと…………私に恨まれ続けてもらうんだから。
「ねえ、真弓」
「な、なあに? あ~ちゃん……?」
「………………ぐるぐる、ほどけてるよ」
「あら! 本当ですわ! まあまあ大変…………!」
――――私は誰の子なんだろうね、真弓。





