236 似た者同士
◆ その日、彼女達は出会った ◆
『異界人が大勢訪れている地域がある。彼らはまだか弱く、巣立ちに至れない者が多い。そこで多くの強者を育てた偉大なるマスターゼルヴァ、貴方達に彼らの巣立ちを手助けして欲しい。物資については心配ない、必要な物は全て提供しよう。ただ面倒なだけで何の得もない、か? それはどうだろうか? もしかしたら、目を見開き口が塞がらない程に驚愕するような異界人に出会えるかもしれないだろう? 何? それはない? まあそう言わず、どうか協力して頂きたい――――』
神の領域よりも遥か上、私が『上位存在』と勝手に呼んでいる相手から話しかけられたのは数日前のこと。上位存在はいつものように前兆や気配など一切なく、突然話しかけてきた。男の声とも女の声ともどっちともつかない中性的な声質の上位存在はだいたい面倒事を持ちかけてくる事が多いが、今回は面倒だと感じたのが9割9分で、残り1分の感情が興味を惹かれてしまった。
このことを弟子達に話すと、全員が目を輝かせて『会いたい』『行きたい』『手伝います』と大はしゃぎだった。この時『あ~やっぱり話さなければ良かった、行く流れになるに決まっているじゃないか』と、そもそも話したことが悪手であったことを後悔していた。そしてどこからともなく湧いて出てくる支援品の数々。毎度毎度これは不気味だ、しかし弟子達はこの支援品の山を見ると『師匠は神様よりも凄い存在の相手をしている』と喜び、何故か私を拝み始める。神様扱いは勘弁して欲しい。ただ神々が迂闊に手出し出来ない程に強くなっただけ、長生きし過ぎただけの女なだけだ。
「師匠~~!! 面白い相手が居るの~~!! リーリ、遊んできてもい~い!?」
「ああ、殺しても生き返るらしい。ただ、程々に――」
「わぁああああい!!! いってきま~~~す!!!」
「あ……あぁ……」
そして弟子達は元気だ、元気過ぎる……。もう少し落ち着きが出て来てから次の段階に進めないと、調子に乗って遥か格上の相手に挑んで命を落とすことになるだろう。今はまだ成長を楽しむ段階、そしてある日突然『壁』にぶち当たる。この時に落ち着きを見せ始めたのなら、次に進むべきだろうな……。
「……ぁ……の~……。うちの子、弟子さんと模擬戦して、大丈夫でした、か……?」
「あ? ああ、大丈――――」
――――ゾワリ、と。私の天幕に入ってきて声を掛けてきた相手から、異質なプレッシャーを感じた。私は慌てて立ち上がり、今弟子達が遊んでいるはずの相手を――――見た。見てしまった。そして私の隣で異質なプレッシャーの少女が謎の言語を口走りながら、慌て始めた。
「あのしゅみましぇんほどほどにしろっていってあったんですけどひーとあっぷしちゃって!!!」
「大丈夫じゃ、ないなぁ……」
「龍鱗破斬~~~!!!!」
『ガァアアア!!!!!』
「きゃああ~~~!!! え――――げぼっっっっ…………!?」
「――――コラァアアアア!!! どん太ァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
『キャゥゥゥゥウウン!!!???』
「うん、あれぐらいなら大丈夫だ。ちょっと骨が10か20ぐらい折れただけだろう」
「あ、え、大丈夫なら、えっと、大丈夫です……」
ああ、居たよ。出会ってしまったよ……。目を見開き口が塞がらない程に驚愕するような、異界人に。そしてその従者であろう者達に。
「し、しょ……げほ……げぼっ……ごへっ……!」
「リーリ!! 師匠~~!! リーリが死んじゃう~!!」
「慌てるな。リーリは丈夫だ、それぐらいでは死なん。挑む相手を間違えたなリーリ、ポーションでも使って暫く横になって休んでいろ」
「どん太、来な」
『キュゥゥ~~ン……ピィィ~~ピィ~~~……』
これはリーリにはいい経験になっただろう。今まで大怪我という大怪我をしたことがなかったからなぁ……。それにしても、ドンタと呼ばれているこの巨狼――――魔狼種か? あまりにも、デカい。そして恐ろしいことに、全く同じタイミングで別々の技を仕掛けているように見えた。恐らくは突進、左からの殴打、右からの殴打――更に畳み掛けて両前足からの袈裟斬りに逆袈裟と乱打攻撃を仕掛けようとしたところで、この少女に止められたようだ。最後まで攻撃を受けていたら、リーリも命に関わるダメージを受けていただろうな。
――――それで? この怪物に『キュゥ~ン』だの『ピィ~ピィ~』だの言わせるこの少女は何者だ? 恐らくドンタの後ろで困り顔をしている妖狐や、頭をかく仕草をしてやりすぎてしまった感を出している騎士、今の模擬戦を冷静に分析している少女と長身の美人、それを解説されて目を回す寸前になっている美少女も従者だろう。全員只者ではない、弟子が束になってかかって二人か……いや、一人行けるかどうか。
「こちらのリーリから仕掛けた模擬戦だ、それに応戦した貴方の従者は何も悪くはない。リーリも異界人との模擬戦で連戦連勝し、調子に乗っていたところだったから、いい経験になったよ。問題ないさ」
「あ、そ、の……。すみま、せん……。どん太、本気でやり過ぎ。殺してたらどうする気だったの、全くもう~……一週間おやつ半分!!」
『キャウゥゥゥウゥウ~~~~!!!』
一週間おやつ半分でそこまで悲しむのか、この巨体が……。一生懸命お願いお願いしているな……。それだけは、勘弁して欲しいのか…………。いたずらして怒られている時のナウダみたいだな。
「じゃあおやつ半分にされたくないんだったら、今度から歯磨き嫌がらずにやるよね? 出来るよね? あ~~んしてって言ったら、開いて待てるよね??」
『ガゥゥゥウウ~~~……』
「出来ないなら半分ね」
『ピィィ~~ピィィィ~~~~……』
「よし、いい子だね」
一週間おやつ半分は、回避したか……。しかし、代わりに歯磨き我慢の誓約を結んでしまったな……。一週間おやつ半分の代償としては、大きすぎる代償となったな――――なるほど、この少女……かなりの策士だ。そもそもの罰は『歯磨きを嫌がらずに受けさせる』ことで、それはすんなりと受け入れられないから別の罰を用意して、それを回避する本命の罰を提示して『これを受け入れればおやつは半分にならない』と得するような気分にさせて本命を受け入れさせたのか。今度、私も使おう。
「リーリの仇!! このナウダが相手です!!!」
「失礼だが、異界人殿。お名前は? 私は――知っているかもしれないけれども、ゼルヴァだ」
「ひぇぇ……!? リ、リリ、リンネで、す」
「リンネ殿か、よろしく頼む。早速で申し訳ないのだが、リンネ殿のお連れの方々に、私の弟子達の相手をして貰っても良いだろうか?」
「え、あっ、よろしく、お、おねがいしま……す……。えっと――」
『(*´∀`*)b』
「此方は問題御座いません」
「大丈夫ですよっ!!」
「急所は外すように気をつけよう」
「やりますっ!!」
「あ、だ、大丈夫みたい、です」
この反応。主従関係も大変良好に見える。さて、私以外の強者と戦ったことがない弟子達が、修羅のような面々を相手にどこまでやれるか……。楽しみではあるが、今回は戦闘を指摘するのではなく負けさせるのが目的だからな、見ていなくても良い。
「では、お世話になります。リンネ殿と、お連れの方々――お前達、この方々に全員で挑み、死力を尽くして戦いなさい」
「し、師匠……? わ、わかりました!!! みんな、行くよっ!!」
「リーリも、た、戦う……!!」
「どん太も行ってきな、程々に抑えて。ごめんね皆、ちょっと頑張ってて!!」
『わうぅ!!』
「それではリンネ殿、どうぞ奥へ。お茶でも飲みながら待ちましょうか」
「え、あ、あっ……は、はい……?」
――――それでは6対30、数だけなら5倍の差があるが……。実力の差は10倍以上あるだろう。大金星を勝ち取った子には、おやつを倍にでもしてあげようか……。
「いきなりの申し出、大変失礼致しました…………。それと、困った弟子達で……。申し訳ありません」
「い、いえ! わた、こっちも、あの、困ったワンコで……」
あれをワンコ扱い、か~。ふぅ……。なんだか、最近不機嫌だったのと妙にイライラしていたのが、す~っと軽くなった気がする。それにリンネ殿からは、似た者同士のオーラを感じるな……。試しにこれを、淹れてみるか。
「…………食欲ばっかり人一倍だったり、役に立たないオモチャを買っては溜め込む子だったり、熱中すると止まらない子だったり、いたずら好きだったり……。困った子達ばっかりで……はい、どうぞ。お口に合うかはわかりませんが」
「あ、ありがとうございます……。う、うちのと、そっくりですね……。困った子達、ばっかりで…………」
「似た者同士ですね、我々」
「……そ、そうです、ね。頂きます…………。あ! 美味しいです!」
「あら、味覚も似ていますね。殆どの弟子達は嫌いだと言うんですよ、このお茶」
「そうなん、ですか? これ、どこで――――」
やっぱり、この子と私は――――似ているな……!
「――――寝ろと言っても寝ないし、本当にあの子は……!!」
「あああ~~~わかります。限界に達してるのに全然寝なくって――――」
似ている…………!!!
「――――もうとにかく食べる食べる、路銀が尽きかけた時もある程で……」
「昨日買った大量の食材が、気がつくと無いんですよね……」
「そうっっっ!!!」
「オモチャを買っても片付けられなくって、爆――燃えやすいオモチャとかも混ぜて置いてて部屋が壊滅的なことになったこともありました……」
「あった……。あった……。うちも爆――火が出るオモチャが原因で、それで宿から全員追い出されて野宿したこともあったなぁ……」
「ああ、困りますよね……」
「本当に、困った子達だ……あ、おかわりは?」
「い、良いですか? 頂きます……」
似ている――――この子は、リンネさんは……私と、非常に良く……似ているッッ!!!