179 ぶっちぎりでイカれた女・8
◆ ルナリエット聖王国・女神殿最奥 ◆
「――――はぁ……! はぁ……っ!!」
女神メルティスが降臨するための触媒とされている神器を祀る【女神の間】で、恐怖と絶望で呼吸を荒くする女性が蹲り震えていた。彼女こそがこの戦争とすら呼べないほどの蹂躙のキッカケを作り出した張本人、セントミィナのギルドマスターのアリス・ミィナである。
既に何度も、あの手この手を使ってログアウト出来ないか試したが、その回答は最終的にすべて『現在出来ない操作です』と言う非情な回答だった。企業が圧倒的な権力を持つ現代において、ユーザーの利用規約違反には非常に重大なペナルティが課せられる。今すぐ命に別状がない、違反行為に対する処罰に関して問題がないと確認された場合、ログアウトロックが掛けられることさえある。今回彼女が行ったのは、相手プレイヤーに対し自らの力を誇示し無理強いをする行為、これに対して拒否されたために相手の人生を破壊しかねない脅迫行為。特に後者に関しては外部サイトにて虚偽の発言をする配信を行い、誹謗中傷と私刑誘導をしてしまった。もはや立派な犯罪行為である。
「くそっ!! くそ……! なんでうちがこんな目に……!!! 根暗女が断ったのが全部悪いんじゃん!!! どうせフォロワー1人もいないような雑魚根暗女のくせに、うちは10万人もいるんだっつーの!!! っざっけんな!!!」
『この場所は厳重な守護が掛けられているから、中にいれば安全だ』と、サブマスターやギルドメンバー達に言われるがままこの場所に隠れた。暫くすればギルドメンバーやNPC、教官達が侵略者を迎え撃って倒してくれる。そうすればここから出られる、自由の身だ。そう考えていたのはつい10分前までのこと。彼女が絶望したのは『女神殿陥落』という、緊急強制クエスト2件目の失敗ログを見たからだ。今残されているのは『御神体の死守』、彼女の目の前にある神器を守る緊急強制クエストしか存在していない。彼女は絶望している…………もはや、キャラクターを作り直してレベル1、初期状態からやり直すしかない、と……。
――――問題は、それどころではないというのに。
『――――ますか――――聞こえ――――すか――――? 聞こえますか?』
「あ……!? だ、だれだっ!? どっから……」
そんな愚かな彼女に、一筋の希望の光が差し込む。
『私は女神メルティス……。貴方の目の前にある神器に宿り、貴方に語りかけています……』
「そ、装備が、しゃべ……った……?! め、メルティス様ぁ……!?」
『そうです……。この地は下賤なる魔の者達の手に堕ち、もはやこの地は手放さなくてはなりません……。貴方だけが頼りです。さあ、この神器を身に纏い、包囲を突破するのです……! そのための力と、何度でも立ち上がれる力を貴方に授けましょう……』
女神メルティスの降臨。御神体である神器を身に纏い、ここから逃げ出せと語りかけてきたのだ。それは彼女にとって、願ってもない出来事。
「(逃げ出せる……?! 力も与えられる……?! や、やった、うちはまだ、終わってない! やっぱメルティスオンラインに愛されてる!! 女神からも姫プされるとか、最高じゃん!!)」
彼女は神器を手に取り身に纏った。ここから逃げ出すことが出来る力を得るために、そしてあわよくば――――。
「(あの根暗女ァ……!! 調子こきやがって……。アイツだけは絶対、絶対絶対絶対ぶっ殺してやる!!)」
自分をこんな目に遭わせた加害者を始末してやろう、と。
『貴方に、力を…………』
『女神メルティス(Lv,????)が【インスタントゴッズパワー】を発動、アリス・ミィナ(Lv,74)が女神メルティスより力を授かり、【ゴッズパワーモード】になりました』
『アリス・ミィナ(Lv,74)が【★★★超神兵】クラスに変更されました』
『アリス・ミィナ(Lv,74)のレベルが上昇しました』
『アリス・ミィナ(Lv,335)が複数のスキルを獲得しました』
『アリス・ミィナ(Lv,335)が【◆◆女神の武具フルセット】を装備しました』
『これで負けることはないでしょう。そう、それからこれは出来ればの話ですが、勇者の武具も回収して頂けると非常に助かります……。あれはとても貴重な装備、失うわけにはいきません。もし回収出来れば、ご褒美に貴方のレベルは今後、今の半分以下にはなってしまいますが……それでもレベル150まで上昇させ、相応しい武具も与えましょう。さあ、東に逃げなさい。そこには私の本殿がある【聖メルティシア法国】が存在します。行きなさい……』
「は、はいっ!!! あ、あの、メルティス様は……一緒に……」
『私は力を使い過ぎました、少し休みます……。では、頼みましたよ――――』
「あ……は……はははっ……!! あっはははははは!!!!!!」
アリス・ミィナはメルティスの気配が消えた途端、ステータスを確認する。見たこともない高HPに高MP。職ポイントはGP、なんと99ポイントも存在している。スキルには【アルティメット】や【ゴッズ】と名の付いたスキルが並び、ステータスも軒並み3桁後半から4桁に届きそうな数値もある。
左手に女神の盾を、右手に女神の剣を。その身に女神の鎧を纏い、女神の装飾具を着ければ――――もはやどのプレイヤーにも負けるはずがない、最強のステータスにスキル、最強の装備を所持した状態となった。
「――――ふ、は、あは……!! バカ女が、お前に頼らなくてもレベル100なんてあーーーっと言う間に超えたわぁ!!! あっは!! あっはははははは!!!!!!」
絶望から一転、もはや光明しか見えない。負けるはずがない。負けるほうが難しい。そう確信に至り…………彼女が取った行動は――――。
「根暗女とその仲間の解体ショーだぁあ!!! あっは!!! 配信、配信しよ、最強最強!! 一撃でみーーーんなぶっ殺せんじゃん、うちが!! 一番、愛されて!!!! 最強なんだよォ!!!!! 雑魚どもにそれを、見せつけてやるんだ!!!!!」
――――常人ならば絶対にしないであろう、奇行であった…………。
◆ リンネ視点 ◆
「御神体の破壊は、絶対にヤバイのが出てくると思う。お昼寝さん達と合流してからにしよう」
「賛成ですわ! 確認ですけれど、誰も覚醒スキルは使っていませんわね?」
「私は使ってない。つくねちゃんは?」
「使ってない、です!」
『きゅぁぁぁ~~』
「ん、わかった! みんなは?」
「使ってないですっ!!」
『わうっ!! (使ってないよ!)』
「そんなスキルが存在するのか。我はないな」
「此方も。その境地に至っていない、まだまだということでしょう」
私、ペルちゃん、リアちゃん、つくねちゃんペア、どん太は覚醒を切っていない。マリちゃんと千代ちゃんはそもそもない。よし、これは……万全の状態かな。
「つくねさん! 渡しそびれたのですけれど、これを!」
「これ、は? え、2本ずつ……?」
「ヘルスアッパーとマナアッパー、つみれちゃんにも使って差し上げて!」
「貴重なものなんじゃ……。あ、はい。ありがとうございます……!」
「理解が早くてとても嬉しいですわ!」
つくねちゃん、ペルちゃんが差し出した物は受け取るまで絶対に引かないのを理解してしまったか~……! そうだよね、あの圧には勝てないよね。ずいずいっと来るもんねぇペルちゃんは……。
「うわ、HPとMPが10Kも、増えるんですか……これ……」
『ぎゅぁぁぁ~~♡』
「地獄パーティで出ましたのよ。まだありますけれど、これは服用すれば2回目以降は全回復ですから、そういう用途で使うつもりですの」
「全回復……。それはまた、凄い効果……」
さて、ちょっと前に使ったNPも返ってきたし、全員ネクロフォースも残り4分ぐらい。まだプレイヤーが潜んでる可能性はあるし、気を抜かないで待機していよう。
「御神体の守護者、降臨とかして来ないですね……」
「して来ませんわね。もう諦めたのかしら?」
「油断しちゃ駄目だよ。アサシン系かもしれないし」
「なるほど、何も派手に守護騎士ー! みたいな相手では無いかもしれませんわね!」
「確かに……」
さっきだってまだプレイヤーがしぶとく生き残ってたし。ああ、そういえば最初に頭を撃ち抜いたはずのゲル…………ゲリ? なんだっけ、気障な奴が復活してて『よぉくも私の顔に傷を作』ってところでマリちゃんにまた頭撃ち抜かれてたね。今度こそ完璧に死んだよ。リアちゃんが念入りに火葬して灰も残ってない。
「……リンネ、あの女神殿を爆破してみないか?」
「え? ああ! いい考えかも」
「そうだ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだ。我はね、生前に女神に捧げる天使像を作れとか教会に強いられて、その時はもう芸術は作りきった、完成してもう作る気がなかったんだが……」
「ふ~ん? で、天使像、作ったの?」
「作ったさ」
ふぅ~ん…………。マリちゃん、天使像なんて作ったんだ。ふぅ~ん…………で?
「だがあまりにも教会の連中が気に入らなくってね。もう思い残すこともないと思っていたし、そうだここは盛大に一つやってやろうと思い立ってさ。夢中で天使像を作ったんだ」
「ふんふん……」
そんな天使像なんか夢中で作んなくていいじゃん。テキトーに木彫りの熊でも彫ってぶん投げればいいんだよ。
「で、そいつを教会に納める日が来てね。かなりの大きさになってとても重たかったんだが、遂に我の作った天使像の設置が終わったんだよ」
「ん~……」
「だが我はね、そこで言ったんだ。この天使像はまだ完成していない、最期に仕上げをしようと思うとね!」
「ん~~…………」
で? どうしよう、天使の話だからちょっと面白くない。そんな自慢するような話じゃなくない? よりによって私に。まあでもマリちゃんの話だし、聞いておこ。
「――――我は天使像から伸びる1本の線に、火をつけたんだ。これからとても美しい芸術が見られると言ってね」
「うんうん……」
ん……? なんか、え、うん……?
「そしてその線の火が天使像の中に入った瞬間――――」
…………まさか!!!!! その線って!!
「その大教会と、大教会に集まっていた神官全て、木端微塵に吹っ飛んだよ!! そう、我はね! 天使像の中に強力な爆薬をありったけ詰め込んで、大勢が集まる大教会で盛大に発破してやったのさ! それが、我の最期だよ!」
「――あっはははははは!!!!! マリちゃんなにそれ、すっごいぶっ飛んでる! 最高最高!! もう絶対マリちゃん以上の芸術家が現れることはないよ、最高傑作だわそれ!!」
「……ひょえええ~ですわぁ~~……!」
「最高にアーティスティックな最期ですね……!」
「す、凄い最期です……っ!」
『わ、わうぅ~~! (皆吹っ飛んじゃったの!?)』
『ぎゅぁぁぁ~~~!!』
あっはははは!!! 天使像型の大爆弾!!! マリちゃん、なんて死に方してんのよ! そりゃあ爆発は芸術だ! とか書いてあるわけだわ~~! いやぁ、あの時ボロクソ言ったけど、マリちゃんを超えるアーティストは居ないわ!
「――――でね、今回は前世の反省をしようと思ってね」
…………ん?
「あの時は我も一緒にぶっ飛んだが、我も死んでしまっては世界中に芸術を届けられなくなってしまうだろう? だからね、思ったんだ。次もしも教会や、女神メルティスを祀る何かをふっとばす時は…………我は安全な所に避難してからにしよう、とね?」
ま、さ……か……!? マリちゃんの腰に巻いてあるポーチって…………。もし、かし……て?
「ほら、言っただろう? あれ、言ったかな? 今度あの大穴に行くときは、いっぱい鉱石を持って帰りたいからマジックバッグのようなものが欲しいと思ってね。そこで閃いた、大容量の収納箱に繋がる小型テレポーターを作れば、擬似的にマジックバッグの真似が出来るのでは? とね。マグナに聞いてみれば、テレポーターは仕組みが割りと単純だった。これがその試作品さ。ボックステレポーターだよ」
「…………ね、ねえ。その、あのね? その収納箱って~~……何、入れてあった?」
小型の、テレポーター……?! じゃあ、それは収納箱に繋がってるってことは、何かを収納箱に入れてあるってこと……だよね? 何を、入れてたのかなぁ~~???
「――――耳を、塞いでいた方がいいよ」
「全員耳を塞いで!! 伏せて!!」
「え? え?!」
「あ――――」
『ぴゅぁ?』
『わう? わふっ!? (なあに? わ、リアちゃんお耳に乗っからないでよう!?)』
「どんどんも塞ぎました!!」
「…………なるほど」
――――ヤバイッッッッ!!!!!
「入れていたのは…………」
あああああ!!! マリちゃんが何か持ってるぅううう!!!!!
「これさッ――――!!!!!」
【ほ♡】
や♡
【そ!】
ば!
【く~♡】
い~♡