1章 俺の初恋の相手は最強の女戦士(5)
第5話 玉砕覚悟の告白
スタートの街・アスレチック広場。
巨大滑り台や、ネット渡り、ロープぶら下がり、飛び石渡りなど。
身体を使った遊具を楽しめる広場。
濡れるからか、ジャージの貸し出しまでしてくれるありがたさ。
(つーかこの世界、ジャージあるんだな)
「これは面白そう」
アイアさんは楽しそうにしてくれている。
嬉しい。
好きな人が喜ぶと、こんなに嬉しい気持ちになるんだな。
これも、はじめての経験だった。
そして、2人で楽しんだ。
ネット渡り。
ロープにぶら下がって隣のロープに飛び移る。
池の中に突き立てられた杭の上を、ぴょんぴょんと飛び渡って行く。
アイアさんは全部危なげなく、平気で、楽しそうにこなしていた。
そして……
ドーン ドーン
屈強な男たちに左右からバレーボールが投げ込まれ、向かいの壁に激しく打ち付けられている。
バレーボールが飛び交っているのは、一本の平均台みたいな鉄骨? のようなものの上。
長さは20メートルくらいか。
そこを渡れ、ってアトラクションだ。
屈強な男たちがバレーボールを投げつけてくるのを避けながら。
足を踏み外しても、左右に布団みたいなものを並べてあるので、怪我はしなさそう。
このアトラクション、入場料以外の挑戦料が要求され、1000円。
1000円払って、端まで渡り切れれば1万円。
賞金付きアトラクションなのだ。
「これ、やってみたい」
ジャージ姿のアイアさん、目をキラキラさせている。
……アイアさんならやれそうな気がするな。
アイアさんの異能の内容を聞いた日、四天王という仕事の内容も聞いたから。
……四天王とは、この国の最重要宗教施設の最高位に居るエライ人・法王を守るための最強護衛集団の呼称らしいのだ。
アイアさんはそこに居たんだ。辞表出して辞めて来たけど。
……何で辞めたんだろうな?
最強の戦士という夢に一番近い職業だと思うのに。
「じゃあ、一緒にやりましょうか」
……アイアさんがやりたいって言ってるのに、ひとりで勝手にやってください、はありえないだろう。
当然、俺も付き合う。
挑戦者の列に2人で並んだ。
並びながら、他の挑戦者が無残に鉄骨から叩き落とされているのを見る。
見たところ、成功した人はひとりも居ない。
難しいんだ。
鉄骨、足1本分の広さしか無いみたいだし。
……そりゃ難しいよなぁ。
そんな事を思っていたら。
前に並んでる人たちが、こそこそ話を開始した。
内容が耳に入ってくる。
「なぁなぁ、知ってるか?」
「何が?」
「あの屈強な男たち、挑戦者を叩き落とせないと、賞金自分らの給料から差っ引かれるらしい」
「そりゃ必死になるわなー」
……なるほど。
道理で女の挑戦者にも容赦なくバレーボールを投げつけているわけだ。
金には替えられないってことなのか。
アイアさんを見ると、闘志が搔き立てられたのか、より楽しそうな顔になっていた。
手加減抜きで、全力で落としに来ると知ったから、余計に燃えちゃうのか……。
戦士っぽいな……。
正直、ますますカワイイと思った。
アイアさん、20代に見えるから、17の俺よりまず間違いなく年上なんだけどね……。
この人、外見は大人の女性、って感じだけど、ところどころ、少年っぽいところがある。
女性で戦士を志すから、そのあたりが出てるのかもしれないな。
……そういう事が分かってくると、ますます好きになってしまう。
ホント、どうしよう……。
振られる予感があるけど、そうなったら俺はどうなるんだろうか?
……初恋は実らないって言うものな。
でも……精一杯俺は彼女をもてなそうと思った。
俺のために時間を作って、今日会ってくれた。
そのことに対する礼儀だろ。その辺は。
そして。
俺たちの番がやってきた。
先頭にアイアさん。その後ろに俺が続く。
スッ、スッ、スッ。
アイアさん、危なげなく鉄骨を渡って行く。
俺はおっかなびっくりなのに。
なんとか追いつこうと頑張る俺。
するとますます不安定になってきて……
そこに、びゅんっとバレーボールが投げつけられた。
俺は足を狙って来たそれを、足を上げてなんとか躱す。
あ、危ねぇ……。
アイアさんは……
バシッ、バシッ!
飛んでくるバレーボールを、空中で握り拳を縦に打ちおろす……鉄槌? で片っ端から撃墜していた。
しかも、ノールックだ。
……すごいな……さすが元四天王……。
そのまま、俺たちは終盤にまで差し掛かる。
この頃になると、男たちはアイアさんを倒すのを諦め、俺に集中攻撃するようになってきた。
このまま2人ゴールさせて、2万円奪われてなるものか!
そういうことか。
俺としては、賞金はどうでもいいけど、ここまで見事なアイアさんを前にして、俺だけ無様に撃墜されるのは嫌だったから。
必死で避けた。
アイアさんは戦士。自分の足元にも及ばないような身体能力の男に惹かれるだろうか……?
否だろ。どう考えても。
……人間、必死になればなんとかなるもんなのかね。
自分でも驚くほど避けられた。
このまま、ダブルで賞金ゲットだ!
そう思った。
思ったことが……油断になったのか。
バシッ!
まともに腿に、バレーボールを喰らってしまった。
あ……!
俺の重心が、ずれた。
落ちる……後、少しなのに……。
そのときだ。
はしっ、と。
俺の手が握られたのだ。アイアさんに。
俺は、アイアさんに救われた。
アイアさん、俺を片手で支えながら、ピクリとも重心がズレてない。
なんたる体幹の強さ……!
空いた手で、ここぞとばかりに襲ってくるバレーボールを片っ端から鉄槌で叩き落としている。
「あと少し。頑張りましょう」
アイアさん、太陽のように笑いながら、俺を鉄骨に戻してくれた。
「は、ハイッ!」
そう言うしか、無かった。
やばい……俺……
振られたら、死ぬんじゃなかろうか?
そのぐらい、俺は彼女にイカれてしまったのだった。
「コングラチュレーション。賞金です」
2人とも渡り切ったので。
アイアさんと俺は、1万円ずつ。計2万円の賞金を手にした。
賞金を渡してくれた係員の人の背後で
バレーボール投げの屈強な男たちが、シクシク泣いている。
そんなに惜しいか。2万円。
……まあ、20人分の挑戦者を叩き落とさないと取り返せないから、辛いのは分からんでも無いけど。
「やった!」
アイアさん、中を確認して喜んでくれてる。
……悪いな。
彼女を喜ばせるためなんだ。許してくれ。
この賞金……どうしよう?
自分の懐に入れるのは違う気がするし。
アイアさんにあげるのも、何か変だ。
そういう関係じゃ、無いもんな。
……ガンダさんに何かお土産を買うかな? 結果はどうなろうと。
こんな素晴らしい女性とデートする機会を作ってくれたわけだし。
そう、思っていた時だった。
「ウハルさん、このお金で美味しいものを食べに行きましょう!」
アイアさんの提案があった。
……それもありか。ガンダさんへのお土産は自腹で買う事にしよう。
俺たちは、2人で牛鍋屋に入った。
牛鍋はわりに高いから、ちょうどいい。
同じ席に通され、鍋を待つ間、俺たちは向き合って座る。
アイアさんは……綺麗だ。
口元には気品が感じられるし、意志の強そうな眼の光が特にいい。
今日のデートで、ますます俺は彼女が好きになってしまった。
……言ってしまうか。
俺は、覚悟を決めた。
玉砕する覚悟を。
俺は、正面から彼女を見つめる。
何かを感じ取ったのか、彼女はそれを受け止めてくれた。
俺は言ったよ。
こういうとき、俺はやる男でありたいから。
「俺、あなたの事が大好きです」
そう言ったとき。
少しだけ、ぴくっ、と動いたのが見えたけど。
返って来た言葉は。
「……気持ちは嬉しいけど……ゴメンナサイ」
それだった。
頭を下げて、彼女はそう言った。
「分かりました……」
俺はそう返した。けど……
このままだと、今日の席を作ってくれたガンダさんに顔向けできない気がしたんだ。
何も聞かなかったのか? 拙僧が場を与えた意味がまるで無かったではないか、って。
何でダメなのか? この悪人ヅラが生理的に駄目なのか? それとも、過去の「嫌な事」が原因なのか?
そのくらいの情報が欲しかった。
諦めるにしても、それぐらい……。
「……すみません。恨み言言ったり、しつこくする気は無いんですが……」
理由、聞かせて下さいますか?
別に恨んだりしませんから……。
でないと、俺も気持ちの整理がつかないんです……
この言葉を発したとき。それが一番ドキドキした。
何故なら、これで彼女に軽蔑されるか、嫌われる可能性がある、って自覚していたから。