6章 亡国の竜王(12)
最終話 まだ続いていく
★★★(アイア)
とうとうこのときが来てしまった……。
ウハル君と約束したとき、いつかはこういう日が来る事を覚悟していたはずだけど。
いざその日が来てみると、複雑な感情が入り乱れてしまう。
私が負ければ、それを切っ掛けで私はウハル君と恋人として付き合う。
私が勝てば、現状維持。
だって私は、別にウハル君が嫌いなわけじゃないから。
私が勝ったらウハル君とは二度と会わないとか、そういう事は無い。
私にとって負担だけある勝負だけど、私は気にしていなかった。
それどころか。
……私は別に恋を諦めていただけで、嫌悪しているわけじゃない。
だから、思ってしまう。
ここで私が負けたら、どうなってしまうんだろう? って。
私が男の子と付き合う……。
想像したことも無かった事態。
もしそうなったら、私はどうなってしまうんだろう?
★★★(ウハル)
俺と対面する形で。
アイアさんが両手用の木斧を構えて立っている。
その表情は真剣で、構えにも油断は見えなかった。
対する俺は、木のハルバードを構える。
アイアさんに勝つために、師匠に選んでもらったこの武器……!
師匠も今日の立ち合いには立ち会ってくれている。
師匠にも恥ずかしい戦いをするわけにはいかない……!
師匠だけじゃない。
ユズさんも、オネシさんも見ているんだ。
呆れられるような戦いは絶対に出来ない。
「双方、準備は良いでござるか?」
立会人になってくれた師匠が、俺とアイアさんにそう確認をする。
その言葉に、俺とアイアさんが頷いた。
「では、はじめ!」
師匠の合図。
俺の挑戦が始まった。
俺はアイアさんの周りをすり足で回り込むように動く。
アイアさんは俺の動きに合わせて、身体の向きを変えてくる。
迂闊には動けない。
そんなことをしたら、一瞬で終わってしまう。
その予感があった。
そうしたことを幾度繰り返しただろうか。
幾度めかのすり足。
それが終わった瞬間。
アイアさんが動いた。
俺に向かって踏み込んできた。
大上段からの斧の一撃。
不意を突かれはしたけれど、俺はギリギリでそれを半身になって躱した。
躱しつつ、ハルバードで突いた。
2撃目を繰りだそうとしてきたアイアさんは、その突きを攻撃を中断して回避する。
再び間合いが離れる。
……危なかった。
こちらから攻めなくても、アイアさんから仕掛けてくる。
当たり前だけど、それが俺を焦らせた。
……受け身だと、ジリ貧だ!
かといって、我武者羅に攻めるわけにもいかない。
ならば……
俺の取りうる選択肢。
それは……
「土の精霊よ。俺を受け入れてくれ」
魔法だ。
精霊魔法を組み合わせた複合攻撃。
これしかない。
俺は呪文を唱え、地面の中に吸い込まれていった。
★★★(アイア)
ウハル君が魔法を使った。
予想はしていた攻撃。
ウハル君の『大地潜行の術』
土の中に潜まれたら、どこに居るのか分からなくなる。
厄介な攻撃。
土の中から出て来たところを察知するしかない。
私は耳が良い、出来ない事はないかもしれない。
けれど……
ここで、意識の集中を怠れば、自分は負けてしまうかもしれない。
そうなれば、私はどうなってしまうんだろう?
そんなもしもが、私の心をかき乱して来る……。
何処から来る?何処から来る?
姿を消したウハル君の気配を探る。
大地潜行の術は音が頼りだそうだ。
不用意に動くのは良くないかもしれない。
私は足を止めてじっと耳を澄ませた。
……
………
僅かな音を捉えた。
ウハル君の気配!?
ここで、私の中で葛藤が生じた。
これを見逃すのか、見逃さないのか。
見逃して負けることになってしまえば、私はウハル君と付き合うことになっている。
そうなってしまう事……
恐れはあるけど、別に嫌じゃ無かった。
だったら。
わざと負ける。
そういう選択肢もあるんじゃないの?
そんな思いが、私の中で沸き上がる。
好奇心だと思う。
誰かと恋人になっている自分……恋人を作った自分……。
それがどんな自分なのか。
それに対する好奇心。
だけど……。
私は、気配を追った。
気配を見据えた。
土の中から現れるウハル君。
私は木斧で、それを打ち据える。
………わざと負けるのは、私の取るべき道じゃない。
私は最強を目指しているんだから。
★★★(ウハル)
負けた。
完膚なきまでに見事に負けた。
俺は大地潜行の術を見破られ、振り向きざまに袈裟で打ち据えられた身体をそのままに、地面に身体を投げ出していた。
「負けました」
ポツリ、俺は独り言のようにそう言った。
その瞬間だ。
俺の中に負けの事実が雪崩を打ったように染み込んできた。
……負けてしまった。
負けてしまったんだ。
ポロッポロポロッ。
気が付くと、涙が零れて来ていた。
……やっぱり俺は思い上がっていたんだろうか。
アイアさんに勝てるかもしれないと夢を見てしまうなんて。
みっともない戦いをしないとか、呆れられないとか。
そんな外面ばかりを気にしていたけど、後悔しか無かった。
負けた場合どうなるのかは決めてない。
決めて無いけど、また挑戦を受け入れて貰えると思うのは甘過ぎだろう。
俺の恋はここで終わったんだ。
「あああ! ウハルさん!」
恋の終わりを悟って泣く俺を、ユズさんが駆け寄って手を握ってくれた。
「私が付いています! 気を落とさないで下さい」
彼女の優しさが、俺の心に染み入る……
断ったのに、変わらない気持ちを向けてくれるユズさん。
★★★(アイア)
私は、キュンとしていた。
恋の終わりと感じたのか、私に敗北したことを涙を流して悲しむウハル君が。
男の子が、衆目も気にせず涙を流すなんて……
そこまで、私の事を恋人にしたいって思っていてくれたってことだよね?
ゴメンネ。わざと負けるのはどうしても嫌だったから……
でも再戦はいつでもいいから!
いつでも受け付けるよ!
それを伝えてあげようと思ったとき。
「あああ! ウハルさん!」
私の鼻先を掠めて、ウハル君を慰める影があった。
……あの子。ユズだ。
このとき、少しイラっときた。
「私が付いています! 気を落とさないで下さい」
ハイエナ……ハイエナなのね?
そんなハイエナ行為を、私は許さない!
「再戦はいつでも受け付けるよ! だから気を落とさないで」
ウハル君の空いたもう一方の手を握り込んで、私はそうユズを牽制するように言い放つ。
★★★(ウハル)
え?
えええ?
俺の手を、ユズさんと……アイアさんが握り込んでくれている。
アイアさんは俺の手を握りながら「再戦はいつでも受け付ける」って言ってくれた。
嬉しい。
俺の恋はまだ終わりじゃ無かったんだ。
って、そうじゃなく。
俺の手を握るアイアさんはユズさんに刺々しいものを向けている気がした。
敵意、と言ってもいい。
まさか、嫉妬……?
ユズさんの振る舞いから、俺を取られると思って、そういうこと……?
……いや、まさかね。
俺は自分の想像を一笑に伏す。
己惚れるのも大概にしないとな。
<俺、彼女に勝ったら付き合ってもらうんだ~恩人の姪の女戦士に惚れてしまった少年の話~・完>