6章 亡国の竜王(10)
第38話 諦めろ!
★★★(ウハル)
「馬鹿な! 700年に渡る王位簒奪! それを正すのを阻むというのか!」
ユピタはユズさんの言葉を受け入れられず、喚き散らしている。
邪竜ユピタの復権。
そんなもの、誰も望んじゃいないんだ。
「もう、諦めろ!」
俺は言った。
「ユピタの治世は150年しか続かなかったが、ゴール王国は700年続いている! それが答えだろう!」
演劇で仕入れた知識ではあるけれど。
ユピタの治めていた奴隷王朝は、150年で潰れた。
対して、ゴール王国はその後ずっと続いている。
ユピタの国は潰れるべくして潰れたんだ。
それが運命だったんだ。
だが、ユピタは受け入れられないようだった。
「俺は王だ! 生まれながらの! 俺が王位に就くべきなんだ!」
まるで子供の駄々だ。
こんな奴に、王になる資格があるとは俺には到底思えなかった。
だから俺は、こう言った。
★★★(ユピタ)
「お前は王になって、どうしたいんだ?」
人間が俺に問うてきた。
王になって何がしたいか、だと……?
問われて、俺は……
「君臨する!」
思うままにそう答えた。
すると。
人間は、ため息交じりにこう言って来た。
「こうしたい、という理想は無いのか?」
理想……?
何を言っているのだ?
君臨することが一番の重要事では無いのか?
「理想は俺が君臨することだ!」
「ずいぶん安い理想だな」
人間の声には嘲りが混じっていた。
安い理想……だと?
怒りに震える。
人間如きが、俺を嘲るだと……?
「君臨するというのは結果であって目的じゃない」
人間……人間……人間!
「理想も持たず、ただ君臨したいからという理由で王位を目指す……どんだけお前は安いんだ」
許さぬ……許さぬ……許さぬ!
「お前の夢は迷惑だ。もう諦めろ」
……黙れ!
許さない。お前だけは殺してやる!
俺は呪文を小さく唱え『操鉄の術』を発動させた。
術に呼応し、身に帯びていた短剣が一斉に宙を舞う。
前と同じ術で殺してやる!
ユズを攫ったときにお前に浴びせた術と同じ術で!
そして俺が、短剣をヤツの死角になる位置に配置するべく、操作を開始したときだった。
「土の精霊よ。俺を受け入れてくれ」
……ヤツが呪文を唱え、地面の中に吸い込まれていった。
★★★(ウハル)
『操鉄の術』
ユピタの術の中で、最も警戒していたのがこの術だった。
一度は見事にしてやられ、完敗してしまった術……。
もう二度と、同じ失敗をするわけにはいかない。
俺が対策として考えていたのは『大地潜行の術』を用いて地面に潜ることだった。
それが、間に合った。
俺との会話で激高したのか、ユピタが術を秘密裏に使用しなかった事が幸いした。
こっそり使われていたら、危なかったかもしれない。
大地潜行の術を発動させた俺は、地面の中に逃げ込んだ。
ギリギリで、地面に短剣が突き刺さる音が聞こえる。
「ちぃぃっ!」
ユピタの声が聞こえる。
俺を仕留め損なって悔しがるユピタの声が。
音しか判断材料が無いけれど、今の俺にはそれで十分だった。
しかし、早くケリをつけないと。
地中に居る間は安全かもしれないが、視界が利かないから長引くと不利になる。
俺は地中を泳いでユピタへと接近する。
「どこだッ! どこだッッ!」
ユピタの声と地面に短剣が突き刺さる音。
それらがタイミングとユピタの位置を教えてくれる。
ここだ……
俺は位置を定め、浮上した。
ハルバードを振り上げながら。
……目の前にユピタの背中があった。
ここで決める!
俺は力いっぱい、ユピタの背中にハルバードの刃を振り下ろした。
★★★(ユピタ)
突如、背中から衝撃を受けた。
重い、鈍器のようなものでの一撃。
馬鹿なッ! この俺がまた人間にやられるだとッ!?
背後からの奇襲を喰らい、意識が薄れていく……。
俺は竜王だッ! 人間よりはるかに上位の存在なんだッ! こんな事はおかしいッ!
やり直しを! やり直しを要求するッ!
しかし、そんな俺の心の叫びはどこにも届かず。
俺の意識は闇に落ちた……。