4章 やりがい詐欺にはご用心(1)
第17話 さらに向こうへ!
師匠のお墨付きを貰って、独り立ちを志してしばらく。
やっとパーティを組んでもらって、俺の日々は充実してきた。
初日はノライヌたちの討伐。
そのときに、俺が土の精霊魔法を使えることを明かすと「すげえ!」「素晴らしい!」「鍛えがいがあるぜ!」と褒めちぎられた。
ノライヌたちをたった1人で翻弄した。
魔法を駆使。「大地潜行の術」で神出鬼没の移動。そしてここぞのときに「大地爆裂の術」で一網打尽。
大地爆裂の術……土の精霊に働きかけ、地面の石を指定地点から半径2メートルくらいの空間で、爆発的に噴き上げさせる魔法。
人相手に使用すると、全身鎧を着ていない限り、深刻なダメージを負うほどの攻撃魔法だ。
そんな魔法を喰らったノライヌたちは、一発で戦闘不能になった。
……俺の仕事を、褒めてもらえて俺は嬉しかった。
自分の力を他人に認めて貰える。
これに勝る喜びって他にあるだろうか?
俺は前の世界では嫌われ者だったし。
俺が何か仕事をしても、誰も喜ばなかったよ。
世界が、俺を拒否していたんだ。
でも、この世界は違う。
この世界でなら俺は人並みの幸せを手に入れられる!
そのためにはもっともっと、強くなって使える男にならなきゃならない!
例えば、今俺は魔法を1日に4~5回使えるけど。
それをもっと増やす方法、無いものか?
もっと有用な大地潜行の術の使い方は無いか?
そんなことができれば、分かれば、もっと俺は感謝してもらえる! 褒めてもらえる!
「ウハルさん、こんにちは」
そんな充実した日々のある日。
ユズさんに話し掛けられた。
「やぁ、ユズさん」
俺はにこやかに応える。
「何を読んでらっしゃるんですか?」
俺がひとり、テーブルで読んでる本にユズさんは興味があるようだった。
「いや、魔法に関する本。俺、なりゆきで土の精霊魔法を使えるようになったからさ」
それを有効に使っていくには、どうすればいいか。
それを先人の活躍から学べないかと、それ系の本を貸本屋で借りて来た。
俺がそう答えると
「勉強熱心なんですね」
と、ユズさん。
……ちょっと尊敬されてる?
いや、そりゃ自意識過剰だろ。
「ホンの少しでも、上の俺になりたいからさ」
それは俺の正直な気持ちだ。
今の境遇にやりがいを感じているから、俺はいくらでも頑張れる。
「ジャージ・デビル……」
その日の仕事は、魔獣ジャージ・デビルの狩猟依頼だった。
ジャージ・デビルは馬と蝙蝠を合体させたような姿をしたモンスターで。
その風貌が不気味で、肉食であることと、その革が良質のジャージの素材になることから「ジャージ・デビル」と呼ばれる。
そういうモンスターだ。
「娘が筋トレに目覚めたから、最高級のジャージをプレゼントしてやりたい」
お貴族様の依頼だ。
ジャージ・デビルを1体狩猟して、引き渡せばこの依頼は完了。
ジャージ・デビルは縄張り意識が強いので、縄張りに踏み入れば遭遇はそれほど難しくは無いのだけど……
俺は1人、ジャージ・デビルの縄張りでキャンプを始めた。
枯れ木を削って火を起こし、枯飯をお湯で戻して食事。
……無論だけど、炊いたご飯より美味しくない。
でも、それが保存食ってもんだよな。
もそもそと食事をして、襲撃を待つ。
愛用の武器のハルバードを手の届く範囲内に置いて。
……俺は囮役なんだよ。
俺が最適だからね。
何故か?
それは……
バサバサバサッ!
ブヒヒーン!!
そんな思考は、馬の嘶きと、皮の翼の羽ばたきで打ち切られる。
来たッ!
ジャージ・デビル!
俺はハルバードを手に取り、横っ飛びに跳んだ。
一瞬後、俺が一瞬前まで居た場所にジャージ・デビルが舞い降りて来て、その馬面を、牙の生えた馬面を突き出して来て、ガチン!と顎を噛み合わせた。
……デビルの名を冠する理由が良く分かる、不気味さ。
草食の馬顔に、肉食の牙が付き、前足が蝙蝠の翼。後ろ足が馬。というか、下半身が馬。
その後ろ足2本だけで立っており、前足である蝙蝠の翼で飛んで移動する……
太い後ろ足と比較して、不釣り合いなほど細い前足の翼……そのアンバランスさが、言いようもない不気味さを醸し出している。
「うっわ、気味悪ィ……デビルって言われるだけあるよ……」
ブヒヒヒーン!!
こいつには意味が分かるとは思えないけど、言い方で侮辱しているのが伝わったのかもしれない。
俺の言葉に反応したように、ガチン! ガチン! と噛みつき攻撃が連続で繰り出される。
俺はそれを避けて、ハルバードによる突きを見舞う。
するとジャージ・デビルは、羽ばたき、地を蹴って、上空へと逃げた。
飛ばれる。
地を這う存在としては、無視できないほどの相手のアドバンテージ。
ここをどうするか。
それがこの仕事のキーポイントだ。
俺たちが考えたのは……
「土の精霊よ。俺を受け入れてくれ」
俺は呪文を唱えて「大地潜行の術」を発動させた。
俺の姿は、地面の中に飲み込まれる。
ブヒヒヒーン!?
いきなり俺が居なくなったものだから、ジャージ・デビルの奴は驚いているようだった。
まぁ、どう驚いているかは見えないから分からないのだけど。
音だけは良く聞こえるんだけどね。
視界は大地潜行するとゼロになるから……。
「こっちだ馬野郎! とっととジャージになりやがれ!」
顔だけヒョコっと出して、上空を舞っているジャージ・デビルに煽りを入れた。
まぁ、さっきも言ったけど、正確な意味が伝わってるとは思えないけども。
でも、俺が挑発している事は雰囲気で分かったのだろうか。
俺の頭めがけて、急降下してくるジャージ・デビル。
そのどてっぱらに。
ドスッ。
矢が生えた。
ブヒヒーン!?
大きく嘶き、墜落するジャージ・デビル。
あぶねっ。
俺は潰される前に、素早く地中に引っ込んだ。
俺に気を取られて、周囲への警戒が緩んでしまったジャージ・デビルを仲間が狙撃する。
そういう作戦。
無論、矢は毒矢だ。
毛皮が欲しいのだし、無駄に傷をつけるわけにはいかない。
理想的な形でカタがついた。
俺が地中から抜け出すと、仲間のモブリン3兄弟の皆さんが集まって来てて
「あ、ご苦労さん」
「今日も楽に済んだよ」
「取り分はいつも通り、4等分でいいよな」
落下時に首を折ったのか、すでに絶命しているジャージデビルを吊るして。
皮を剥ぐ準備を整えていた。
獲物の加工技術……
それもそのうち、俺もできるようにならないとな。
「またひとつ、優秀になったな」
「俺たちと組んで正解だったな!」
3兄弟の人たちが、口々にそう言った。
「今日は何の本を読んでらっしゃるんですか?」
「革加工の本。獲物の皮くらい剥げるようになりたいなと思って」
また読書中にユズさんが話しかけて来た。
最近よく会う気がするな。
「最近よく会うよね」
本から顔を上げて、そう彼女に言うと。
「まぁ、冒険者の店への配達担当ですからっ」
ちょっと慌てたように彼女。
「この店に卸してるお饅頭が、切れて無いか、配達の必要が無いか、近くを通ったときに確認してるんですよっ」
そーなのか。
「それより、ちょっと一生懸命過ぎなんじゃないですかウハルさん。疲れてるように見えますよ?」
強引に話題を変えられた気がしたが。
確かに、最近ちょっと無理してる気はする。
慢性的に睡眠時間足りてない気がするし。
睡眠時間を、勉強や修行の時間に充ててるから。
でも。
「俺、新人だからな。勉強しないといけないんだよ」
そう。
アイアさんに追いつくと。
いや、それ以上に強くなると言ったんだ。
多少は無理しないと、それは成し遂げられない。
だからこれくらい……当然だと思う。
だってアイアさんはとても強いんだから。
「このくらいは当然」
俺のそういう言葉に、ユズさんは心配そうにしていた。
「あまり無理をしないでくださいね。休むことも大切な事だと思いますから……」
ありがとう。
気持ちだけはもらっておくよ。
俺はそう礼を言い、再び本に目を戻した。