3章 許してはいけないことがある(3)
第16話 譲れない想い
★★★(ウハル)
昨日は飲み過ぎた。
吐きはしなかったものの、翌朝起きてきたとき。
身体が麻痺したような感覚がまだ残っていた。
これが、酒が残るって奴なのか。
簡易寝台で一晩を明かした俺は、冒険者の店のマスターに一晩分の料金を払い、店を後にした。
身体が重い……
「ただいま帰りました」
「おお、いきなりなんだ、心配したぞ」
下宿先のガンダさんに、いきなり帰ってこないのは心配するから止めろとのお叱りを受けた。
うう、スンマセン。
「……酒を飲んだのか」
「……ちょっと挑発に乗ってしまいまして」
臭いで気づかれたらしい。
隠してもしょうがないので、正直に白状する。
まぁ、理由については不愉快にさせるだけだから黙ってたけど。
昼ぐらいまで休んだら、身体の重さも無くなったのでまた俺は冒険者の店に顔を出した。
今日こそ誘われるかな、と思いながら。
ふう。
昨日は散々だったな。
しばらく酒は飲むまい。
そう思って1人待っていたら
「こんにちは。昨日、大丈夫でしたか?」
……ちょっと気まずい相手。
ユズさんだった。
昨日、あんなみっともないところを見せてしまって。
気まずかった。
「昨日はありがとうございました」
とはいえ。
礼は言わなきゃな。
簡易寝台を借りる手続きしてくれたの、彼女だし。
今日も仕事なんだろうか?
「今日も仕事ですか?」
「ええ、まあ」
彼女はニコニコしていた。
しばらく、そのままだったんだけど。
「何を言われたのか分かりませんけど、あんな人たちの言葉は無視しなきゃ、ですよ」
ちょっと耳の痛い話題を持ち出された。
「昨日飲んでいた酒はテキイラ、でしたっけ」
ユズさんの親父さんは、酒の行商もしてたらしく。
酒の由来なんかも詳しかったらしい。
で、娘のユズさんも横で聞いてて覚えたそうだ。
「テキイラはダッキの我儘で滅ぼされた一族が醸していた酒……それは知ってますか?」
その話は……
「知ってる」
あいつらが言ってたからな。
「ですか」
話が早い、と言った感じで彼女は続けた。
「じゃあ、どういう我儘で滅ぼされたかは知ってますか?」
「……いや」
そこまでは知らないけど……
そしたら、教えてくれたよ。
「酒池肉林。知ってますよね?」
えーと、ハーレムの事?
俺の貧相な知識ではそれしか出てこなかったけど。
「それは転じての意味です。本来の意味はですね……」
狂王オウンの時代に、オウンがダッキの我儘で、酒で満たした池を作り、その酒のアテになる様々な獣の肉を、燻製にして林のように吊るした、って故事から来てるんですよ。
テキイラはですね、その酒の池を作るために酒を醸すことを命じられたのに、拒否したせいで滅ぼされた一族が醸していた酒なんですよ。
そうだったのか。
前の世界ではどうなのかしらないけど、こっちではそういう意味だったんだな。
「どうして拒否したの?」
「……テキイラが一族にとって神に捧げる酒だったから、という話です」
……なるほど。
狂王オウンっていうのは、今から700年近く前に、このゴール王国の4代目の国王になった人の名前で。
それまでの王様は名君揃いだったのに、この人だけダッキという悪い女の色香に迷い、民を苦しめる方向に国を治めた。
最期は息子であるデンカムイっていう王太子に討ち取られて果ててしまった暴君だそうだ。
テキイラは、そんな暴君の悪い治世にまつわる酒で。
その悲劇はそういう理由だったのだ。
俺は、その話を聞いて、納得した。
神に捧げる酒を、ダッキという女の我儘で玩具にされるのが我慢ならなかった。
だから拒否した。
そして、滅ぼされた。
……誇り高い一族だったんだな。
そう、思った。
思ったんだけど……
「私ね、その選択は間違いだったと思うんです」
ユズさんから出て来た言葉は違ってて。
彼女はこう続けたよ。
「ダッキがまともな人間ではない事くらい、分かってたはずなのに。拒否したらどうなるかぐらい……」
真面目な口調だった。
「それなのに、一族の命を引き換えにしてでも守らないといけなかったものなんですか? 本来酒を捧げるはずの神様は、許してくれないとでも言うんですか?」
苦渋の決断で、テキイラを醸して差し出しておけば良かったと思うんですよ。
そりゃ辛くて、悔しいだろうって気持ちは理解はできるつもりです。
でも、一族の命を引き換えにしてまで守らなければいけなかったものだとは私には思えないんです。
そんな、ユズさんの言葉。
何が言いたいのかは分かっていた。
いちいち取り合わず、黙っていれば良かったんだと。
そう、言いたいんだよな?
だけど……
★★★(ユズ)
「悪い。ユズさん。俺、そこまで人間出来て無いんだ」
私の話を聞き終わったとき。
ウハルさんはそう、私に返してきた。
……別に苛立っては居なかったけど。
譲れないものを、感じた。
彼は続ける。
「さっきのテキイラの話の例になると、神様を蔑ろにすることを是とする自分が許せない。そんな気持ちだよ」
「でも、そのために一族を滅ぼされるような事……」
私の言った事を受け入れてもらえていない。
そう思ったから、食い下がるように言う私。
それに対して
「分かってる。酒だって飲み過ぎたら死ぬもんな。でも、俺には耐えられない事だったんだ」
「あんな人たちに馬鹿にされることが、ですか?」
納得いかなかったから、つい詰問口調になる私。
そんな私に、ウハルさんは言ったんだ。
「……俺のことだったら、そうだけどね」
「え?」
ここで、私は自分の勘違いに気づいた。
ウハルさんは、自分が馬鹿にされたからあんな無茶な飲み比べの勝負に挑んだんじゃ無かったんだ。
それが、続く言葉で分かってしまった。
「あいつらは、俺が大切に思ってる人を侮辱したんだよ。……さすがにそれは、耐えられない」
……そっか。
それが誰なのか、分からないけど。
ウハルさんにとって大切な人を、あの人たちは侮辱して、だからウハルさんは怒ったんだね。
そうだったのか……
自分だって、ウハルさんを侮辱されたとき、あんな荒くれ男たちに真正面から言葉を叩きつけた。
あれだって、見ようによっては危ないはずだ。
それと、同じ事だったのか……。
だから、私は
「……ゴメンナサイ。言い過ぎました」
素直に詫びた。
挑発に乗るのは愚かな振る舞いって認識されがちだけど。
やっぱり、限度はあると思う。
少なくとも、私はウハルさんが昨日怒った事は、正しい事だったと言いたかった。
大切に思ってる人……誰なんだろう? ……羨ましい。
ガンダさんかな……?
「いや、いいよ……傍目に見たらみっともなかったのは事実だし……」
だけど……
「それでも、私はウハルさんに無茶なことはして欲しくありません。そこは正直な気持ちなんです」
言ってしまってから、ハッとした。
★★★(ウハル)
「えっと……」
いきなり、真剣な目で「無茶なことをして欲しくない」と言われて、俺は戸惑った。
女の子にそんな事を言われた経験が、今まで無かったから。
経験の少ない俺は、勘違いしそうになってしまう。
そっちに振れまいと、俺は自分で自分に言い聞かせた。
理由もなくそんな事になるはずが無い。
勝手に勘違いして盛り上がったら、恥をかくのは自分だぞ、と。
「あ、命の恩人ですから、そう思うのは当然って事です!」
ウハルさんは私のヒーローですから。
慌てたように顔の前で手を振ってユズさんがそう付け加える。
……だよね。
偶然命を救う形になっただけなんだから、それだけを根拠に思い上がったらいけないよな。
「ああ、アリガト。そう思ってもらえて嬉しいよ」
……と、答える俺。
キモくないよね?
そしてユズさんが店の用事を済ませて、冒険者の店から立ち去った後の事だ。
「よぉ! お若いの! パーティ参加希望だそうだな!?」
「俺たちと組まないか!?」
いよいよ、俺に声が掛かった。
俺に声を掛けたのは……
乱杭歯で、鷲鼻がきつい禿げ頭の3人の男たちで、顔が似通っていた。
「俺たちはモブリン3兄弟ってんだ」
右から、モブオ、モブゾウ、モブスケ。
全員戦士で、剣と斧と槍を使うらしい。
待ちに待ったお誘い。
俺は期待に胸を膨らませながら
「はい、お願いします」
と、答えたのだった。
~3章(了)~