神様、その正体
——昨晩、雪が降ったようだ。
とても静かな夜で、俺は疲れていたこともあり深い眠りに落ちていた。
やがて、漂った夢の淵で、顔の見えぬ誰かが大切なことを言った気がしたけれど、何を言われたのか、目覚めたときにはすでに淡雪のように消えていた。
朝の六時。
季節柄、夜明けにはまだ遠い刻限。
出来る限りの防寒を済ませて、俺は外に出る。
全身を容赦なく突き刺さす冷気に震えるが、見上げた空は澄んでいて、大気に透けた星々の輝きが新雪の大地に降り注いでいる。何億光年先の、遥か太古の瞬きだ。その美しい景色に、俺はしばし見惚れた。
ひゅう、と一陣の風が吹いて、新雪が花びらのように舞い踊る。どれだけ防寒をしても寒いものは寒い。堪えるように呼吸をしながら歩き出す。
向かっているのは、屋敷の東側にあるという、天藤家が奉る神社だ。
『神様がすべてを教えてくれる。槻眞手という土地の成り立ちも、守り人が戦うための術も、オレは神様からすべて教えてもらった』
守り人になるという決意をかためた俺に、親父は「神様に会え」とだけ、アドバイスをくれた。
……神様って会えるもんなのか?
信じ難い話ではある。
でも、それも今更だと飲みこむ。
俺は前に進むと決めた。自分の意志で凛胡のそばにいると決めたんだから。
がちがちと歯の根を鳴らしながら歩いていると、頭上を、明けの鳴きガラスが甲高い声をあげながら飛んでいく。夜明けの合図だ。辺りに広がる闇が少しずつ淡くなっていく。
やがて雪をかぶった小さな鳥居が見えてきた。親父によると、ここに神様はいるという。
凛胡は「天藤家は先祖を祀って力を得ていた」と言っていたが、それが神様……なんだろうか。
鳥居をくぐったところで、俺は異変を感じた。
音がない。
それに風もぴたりと止んだ。
かわりに、寒さとは違うざわつきが皮膚の表面を這いあがってくる。
よく鳥居の向こうは神域になっていると言うけれど、ここは厳かな雰囲気というより、まるで心霊スポット。ものすごく不気味だ。
それでも空から落ちてくる星明かりだけは変らなくて、励ますように俺の行手を照らしている。
鳥居から直線に進んだ先に「社」はあった。鈴のついた緒も、賽銭箱もない、観音開きの扉がついただけの小屋のような佇まい。
ふと視線を落とし、そこでギョッとする。
足元に黒くうねる影が走っていた。
どうやらソレはお社から伸びていて、うにょうにょと触手のように蠢きながら、俺のほうに向かってくる。恐怖が一気にふきだした。
「く、くるなっ」
後退しようとしたところで足がもつれ、柔らかな雪の上に尻もちをついてしまう。ずるりと枝分かれした黒い影のひとつが俺の爪先に触れた。——影じゃない。実体がある!
足首にねっとりと絡みつき、ついで腕や胴体にも巻きつかれ、ズルズルと社のほうに身体を引き摺られる。
「——か、神様がいるんじゃないのかよっ!」
どう考えたって「良いもの」には思えない。神様じゃかくて化け物の間違いではないだろうか。
うわああっと声をあげ、とにかく必死でふり解こうと抵抗してみるが駄目だった。さらに強い力で縛られて苦しくなる。
軋んだ音を立てながら、社の扉が開いた。
その向こう……。
闇の中から這い出す、漆黒の何か……。それはスライムのように、ぶよぶよと波打ちながら膨張していく。粘着質な音が響いた。表層にうっすらと一文字に亀裂が入ったかと思えば上下にぱっくりと割れた。
——ひいっ、と俺は喉奥で悲鳴をあげる。
ギョロリと大きな目玉だ。錯乱したように、ぐるぐると回転したあと俺に焦点を当てた。
『天藤家の者か。そろそろ来る頃合いだと思っていた』
目玉から声が聞こえた。
『おまえの名は?』
天藤丁。と、声になっていたかどうかは分からないけれど答えた。
——守り人になりにきたんだ、と。
『我は何百年と言う昔に祀られた怨霊だ』
「お、——怨霊!?」
『祟り神じゃ』
どういうことだ。
衝撃すぎて、理解しようとする余裕もない。
ねちゃりと音を立てて、目玉は瞬きをした。
お読み頂き、有難うございます!