宿命、ひとりで良いから
ブクマくださった方、有難うございます(;o;)
薄く微笑む凛胡の頬が、わずかに赤く染まる。
真っ白な着物をまとい、さっきまで淡雪のようにぼんやりとしていた彼女の存在が、俺のなかで徐々にくっきりとした輪郭を持ちはじめた。
受け止めなければいけないと、思った。
彼女の存在を。そして俺のやるべきことを。
疑う心も、動揺も、いったん隅に置いて、景色を遠くから眺めるように、あるがままを見つめていかなければ。
須々上家と天藤家は、運命共同体だと凛胡は言った。ならば俺は、これから彼女のそばで生きていくことになるんだろう。
「ここが丁くんの部屋だよ。必要なものがあったら遠慮なく言ってほしい」
案内されたのは、温泉旅館にあるみたいな広めの和室だ。テレビもあるし、机はないけどテーブルはある。埃っぽさもなく、ちゃんと掃除してくれたことが窺える。
「今日は温泉にでも入って、ゆっくり休むといいよ。夕飯の時間になったら声を掛けるから」
「はい」
「それから……」
何かを訴えるような強い眼差しを向けられる。
「大丈夫だから」
「え?」
「わたし、ひとりで大丈夫だから。きみに手伝ってもらおうとは思わない」
「それって……怨霊退治云々の?」
凛胡が首を縦に振る。
「そうだよ。今代に「守り人」は必要ない」
「何故、ですか?」
そう聞くと、とても驚いた顔をされてしまった。
おかしい事を言ったつもりはない。だって理由を知る権利が俺にはあるだろう? 俺は守り人になるために槻眞手に帰ってきたんだから。
「……きみは戦うことに躊躇いがないのか?」
「戦う? 怨霊退治は、戦うっていうことになるのか」
なるほど。怨霊退治って、浄霊、いわゆるお祓いのイメージが強かったけど戦うのか。戦う。
「そうだよ。普通に生きてきた者なら、まず恐ろしく感じるだろうね。命にだってかかわる」
「俺に、戦うのは無理ですかね?」
「無理とかそういう問題じゃないんだよ。そもそも、守り人に頼るつもりはない。わたしは強い——」
「俺は必要ないってことですか?」
「そういうこと。だけど気にしなくてもいいよ。もうじき、この長きに渡る戦いにも終わりがくるからね」
「……終わる?」
「すべて、わたし達の代で終わる。そういう宿命なんだよ」
宿命? そんなのどうやったら分かるんだ?
槻眞手でかつて大きな戦があったことや、怨霊が跋扈している呪われた土地であることは事実として受け止めるとして。今までご先祖様が必死で続けてきた習わしが急に無くなるっていうのは……? あとで親父にきいてみるか。
「だから丁くんは、のんびりしていたら良い。東京に戻りないなら、そうすれば良い。此処にいたって何もすることがなくて時間の無駄になってしまうからね」
「あー……、何もすることが無いっていうなら、俺は……見届けさせてもらいます」
「っ!? 出ていくんじゃないのかい!?」
「はい。います」
「なんで! せっかく自由になれるのにっ……!」
怒らせてしまっただろうか。
凛胡は「好きにすればいいよ」と吐き捨てるように言って、去っていってしまう。
静まりかえった部屋で、俺は深く溜め息をつく。
「自由になれるって、言われてもな……」
凛胡と会ってから感じていたことがある。そして、さっきの台詞で間違いないと思った。
「ずっと、自由になりたかったのかな?」
俺よりもずっと凛胡は窮屈な生き方をしてきたはずだ。当主になる役目を背負い、戦うことを宿命だと飲みこんできたんだろう。
だからこそ、なにも知らず連れてこられた俺を憐れに思ったのかもしれない。
「でも……俺だけ自由になってもな……」
目を背けてしまったら、一生、後悔してしまいそうだ。
近いうちに終わりがくるというのなら、その瞬間をそばで一緒に迎えるのも良いんじゃないかと思ったんだ。