記憶、哀しみの理由
記憶の糸をたぐってみるが、やはり「当主様」という人物に心当たりは無かった。
村長や班長なら分かるけど、そういうのとはなんか違う気がする。
それに、わざわざ俺を連れて行くってことは、そこに何らかの意味があるはずだ。
改めて親父に質そうと視線を移したところで、俺はギョッとする。
ついさっきまで普通だった親父が、今にも泣き出しそうな、哀しみを湛えた表情をしていたからだ。
「親父どうした……大丈夫、か?」
張り詰めた横顔に向かって問う。
すぐに「問題ない」と返ってきたけど、どう考えても問題大アリだ。一体何があったんだ?
親父の目には涙が浮かんでいた。それに、あふれる感情を堪えようとしているみたいに、キツく歯を食い縛り、そのせいで頰が痙攣している。
そういえば、過去に一度だけ、こんな風に哀しんでる親父の姿を目にしたことがある。あれは確か……。
「……先代の当主、須々上杜輔様が、先月のはじめにお亡くなりになられた」
「え?」
絞るような親父の声には、明らかに悲哀の色が滲んでいた。同時に、哀しみの原因はこれだったのかと、俺は理解する。
スズガミ、モリスケ?
初めて聞く名前だ。親父の口ぶりから想像するに、とても大事な存在だったんだろう。
この狭い田舎村じゃ、みんなが知人みたいなものだ。都会じゃ考えられないほど人と人との距離が近くて、時には、家族のような絆がうまれたりする。
身近な人との別離は、心に大きな喪失と、哀しみと、あの時こうしておけば良かった、というような後悔に苛まれることだってある。
「杜輔様の亡きあと、一人娘の凛胡様が、当主の座を継がれた」
「……凛胡、様?」
不思議だ。名前を口にしただけなのに、懐かしさが胸のなかに広がっていく。
「先祖代々、天藤家の長男は、須々上家の当主にお仕えするという習わしがある」
「そんな習わし初めて聞いた。……じゃあ親父も?」
「そうだ。オレは杜輔様にずっとお仕えしてきたんだ。オレの父もな」
「じいちゃんも……」
「父が仕えたのは須々上家の先々代の当主様だ。父は当主様が亡くなると、後を追うように衰弱していった……おまえも覚えているだろう?」
じいちゃんの事は覚えている。大好きだった。
俺が物心ついた時には身体が弱く、寝たきりの暮らしをしていた。物静かで、孫の俺にとても優しくて、天気の良い日は座椅子に腰かけて、縁側からそよぐ緑を眺めていて……。
そうしてある日、眠りにつくように、とても穏やかにその「生」を閉じた。
ああ。そうだ……。
俺はなんで忘れていたんだろう。
親父はその時も泣いていた。じいちゃんと永遠の別れをした日のことだ。
……まだ小さなガキだった俺は、いくら話しかけても動かないじいちゃんを見て、なんだか恐ろしくて、わんわん泣いていた。そんな俺の横で親父も項垂れていたけれど、気遣う余裕なんてなかった。初めて味わう、とてつもなく大きな感情に、息をするのも必死だった。
気付けば、目の前に背の高い男の人と、小さな女の子がいて、俺は奇妙な光景を目にした。
女の子はずっと何もない場所を見ては、時折り、誰かと会話をするようにクチビルを動かしていた。その後、親父のそばにかけ寄り、まるで内緒話でもするように、耳元にこしょこしょと何かを囁いたのだ。
親父の顔がくしゃりと歪んだあと、ぼたぼたと大粒の涙を流し、終いには子供の俺みたいに声をあげて泣いて……、それから……。
『ありがとう、りんこちゃん』
女の子に向かって、そう呟いたんだ。
そうか。
あの時のキミが、凛胡……。
「丁、これからおまえにはオレの後を継いでもらう」
「わかってる。習わし……なんだろ?」
「そうだ。おまえはそのために此処にいる。天藤家の御役を果たせ。当主様の「守り人」として、生きるんだ ——」
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