結界、剛鬼の悲しみ
——守り人になる。
そう宣言した俺を連れて、凛胡は山を登った。
念のため、神様から渡された武器を携えていく。
数十分ほど歩いたところで景色が変わった。
望遠鏡で月面をのぞいた時に見えたクレーターのような、大きく抉れた大地が目の前に広がっている。
しかも、そこだけ、真冬なのに雪が積もってない……。荒漠とした地表のところどころから、狼煙のような水蒸気が噴きでている。この近くに温泉がわいていることも関係してるんだろう。
忽然と現れた巨大なクレーター。
槻眞手ではじめて目にする景色を前に、俺は立ち尽くした。
「ここは……?」
「ここは終焉の場所。……そして、戦いに敗れた武将の怨霊を封じるため、ご先祖様が命懸けで結界をはった場所でもあるんだよ」
「じゃあ、怨霊はここにいるのか」
「そう……」
クレーターの周囲には、縁取るように等間隔で杭が据えられ、繋ぐように注連縄が括られている。縄から垂れ下がる紙垂が、吹く風に煽られて揺れている。これが「結界」なんだろう……。
「丁くん、あれが見えるかい?」
つい、と、細い指先が示した方向に目を凝らす。
クレーターの中心部分だ。
「埋もれているから分かりづらいと思うけど、あそこに怨霊の依代があるの」
「……依代?」
確かにクレーターの一番底に、小さな出っ張りのようなものが見える。あれはまるで……。
「刀……みたいに見えるけど?」
「そう。名刀「眞天丸」。剛鬼と呼ばれた武将は、怨霊と化した今もなお愛刀にしがみつき、憎い敵を斬り殺さんとしている」
「剛鬼は……そんなに戦に負けたのが悔しかったのか」
悔恨。志半ば。未練。痛みに恨み……。
なんにせよ後世までとどまろうとするくらい、強い想いが生まれたということだ。
「剛鬼の身に、一体何があったんだろうな……」
「言い伝えでは、剛鬼には、契りを交わした女性がいたらしいんだよ」
「結婚してたのか」
「たぶん。剛鬼にとってはとても大切な女性だったんだけど、敵に拐われてしまった……。女性は、自分の身が剛鬼の足枷になることを怖れて、躊躇いなく自害したらしい」
「そんな……」
「歴史を紐解けば、結構よくある話だよ……」
遣る瀬無い結末じゃないか。
だって大切な人を喪って、戦いにも敗れて、果ては怨霊にまでなって……そんなのって、あまりにも……。
「同調したら駄目だよ、丁くん」
「!」
「哀しまないで? ここで丁くんが感情を揺らせば、それにつられて良くない想念が一気に吸い寄せられるから」
「あ、ああ……ごめん……」
落ち着けと自分に言い聞かせながら、俺は深呼吸をする。冷たい空気が身体のなかを満たしていくと、胸の詰まりが解け、頭もすっきりしてくる。
うん、もう、大丈夫そうだ。
「……ところで、どうやって終わらせるんだ?」
凛胡は言っていた。
——長きに渡る戦いも終わりがくる……と。
そして、その宿命を背負っているとも言っていた。なんでそんな事が分かるのかは疑問だけど。
「近いうち、結界は破綻するよ」
「そうなのか?」
「うん。間違いなくもうすぐね。結界が破綻したら、剛鬼の依代である眞天丸を壊す。……刀身を折ればいい。そこは丁くんにまかせるよ」
「わかった」
神様から授かった武器は、剣と筆だ。この二つでどうにかできるか、後で神様に聞いてみたほうが良いかもしれない。
「壊したあとは、どうするんだ?」
「剛鬼の怨霊を祓うよ」
「それは、凛胡がするのか?」
「わたしがする。——わたしにしか出来ないことだから。だって……」
凛胡の決意にみちた眼差しが、晴れの空を仰ぐ。迷いのない瞳は、どこか遠くのものを見つめているように思えた。
「——わたしはこの為だけに生まれてきたから。須々上家が命を繋いできたのも、力を持つわたしを産み落とすため。わたしの代で須々上家はお終いなんだ……」
それが宿命……だとして、俺には凛胡の言葉が理解できても、納得することは出来なかった。
だって、全部終わったとして。
その先の未来で、凛胡はどうするつもりなんだ?
生まれてきた意味も、生きる意味も、お役目のためだけなんて、そんなの……それこそ悲しすぎるだろ。
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