武器、一人より二人
怨霊を祀ったことで祟り神になった……ということだろうか。どうやらご先祖様は力を得るために、とんでもない神様を作り上げてしまったようだ。
遠くなりそうな意識をなんとか繋ぎ止めて、俺は祟り神の目玉を見据える。
「力が欲しいんだ」
絞り出すように、噛み締めるように言った。
俺がここまで来たのは怨霊と戦う力を得るためだ。「ひとりで良いから」と、俺を自由にしてくれようとした凛胡の隣に立つためだ。
もしかしたら、親父も同じだったのかもしれない。
先代当主が亡くなったことを親父はひどく哀しんでいた。
きっと、とても大切な人だったんだ。祟り神に請い願うくらい、大切で守りたい人だったんだ。
今の俺も、多分、同じだ……。
「戦うための力を俺にください」
祟り神の目玉がギョロリと回転すると、触手がひとつ伸びてくる。その先端が、びちゃりと俺の頰にはりついた。チクリと痛みが走る。
『ほお、おまえは面白い血をしておるな』
目玉が笑っているように見えた。
『今代の守り人、おまえに怨霊を断ち切る武器を与えよう。我は須々上に力をかすのではない。すべては我の悲願を果たすため天藤に力をかすのじゃーー』
朝日が昇ってくると、星の瞬きが薄れるように、俺を拘束している影も淡くなっていく。
『死してなお、真実を見ようとしない、愚かな怨霊を断ち切れーー』
ようやく解放され膝をついた俺の前に、影が何かを置いていく。そして朝日に溶けるように消えていった。
「これは、剣と、筆?」
『霊的な力を宿す武器だ。須々上凛胡がこれまでの当主に比べて遥かに強い守護を受けているように、その守り人のおまえも、どうやら特殊な才があるようだ』
神様の声は社のなかから聞こえてくる。
俺は二つの武器を手に取る。右手には黒い鞘に収まる剣を。鍔が錆びついている。かなり年季のある代物のようだ。
そして左手には筆を。驚くほど手にしっくりと馴染む。湾曲した筆管の表面には、何か文字が刻印されているが薄れていて見えない。先端の命毛も穂もボロボロ。果たしてこれが本当に武器といえるのか。
訝る俺のことを神様はお見通しだったらしい。お社の中からまた声がした。
『滅するのは怨霊であり、この地に引き寄せられる怨念だ。丁よ、描け。おまえが凛胡のそばで描いたものは、怨霊にとって刃となる』
「描く……、絵を描けばいいってことか?」
『熊でも、虎でも、描けば良い』
「なるほど」
俄には信じ難いが、神様が言うなら間違いないんだろう。
『良いか、凛胡ととともに、おまえ達の代で、長きに渡る戦いを終わらせるのだ。そのために我の祟り神としての力を使うが良い』
「わかりました」
頷くと、お社の扉が勝手に閉じていく。
『我の声も、力も、天藤の者しか受け取れぬ。凛胡は我が祟り神だとは知らぬ』
「なら、俺からは何も言いません」
もしも天藤家が、須々上家の当主を守るために祟り神から力を受け取っていたと知ったら、きっと凛胡は哀しむだろうし、苦しむだろう。俺の自由を望んでくれた優しい女の子だから。
神様はそれ以上なにも答えてくれなくなった。ただ最後に戦いの時はそばに行くと言ってくれた。
まだまだ聞きたいことはたくさんある。
神様の悲願とは……。神様と天藤家の間に何があったのか。天藤家と須々上家の関係とは。この槻眞手の地で本当は何があったのか……とか。
次に話すときは聞いてみよう。
武器を手に入れたはいいが、疲労感が半端ない。
帰ったら寝ようと決めて道を引き返した。
屋敷の玄関口を開くと、そこには狼狽した様子の凛胡がいた。ボーダー柄のパジャマ姿のまま、帰ってきた俺の姿を見つめたまま言葉を失っている。
「どうしたんだ? 何かあったのか」
「丁くんが、どこにもいないから……」
「あ、俺のこと?」
「出て行ったのかと思ったら、荷物はあるし……」
「心配してくれたのか」
こんな寒空の下、出かけて行ったら誰でも心配するだろう。
「俺は、神様のところに行ってきたんだ。ほら、武器をくれた」
両手に持っていた剣と筆を見せる。すると凛胡はくしゃりと顔を歪めた。
「……っ、本当に、守り人になるつもりなの?」
「ああ。一緒に頑張ろうな」
「危険だし、……ひとりでいいって言ったのに」
「一人より二人だ。確実に俺達で終わらせるんだ。そして二人で自由になろう」
「あ、……ありがとう……っ……」
「うん。最初は足手纏いになるかもしれないけど、これからよろしくな」
ぼろぼろと泣く凛胡。
その涙を拭ってやりたかったけど、俺の手はめちゃくちゃ汚れていて、触れることはかなわなかった。
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