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おんぶと彼女 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うっへえ、この数日で3キロくらい太ったかなあ? 

 はああ、身体も動かさないとかねえ。こう寒いとどうにもカチコチ固まっちゃって。仕事の同僚からも「太った?」なんて指摘される始末さ。その同僚はというと、仕事終わりに車走らせて、ジムに通っているらしいのだがね。


 太るのに比べて、やせることは難しい。生存率を高めるためには、いざという時のエネルギーを貯めておいた方がいいからな。

 古くは太っていることが富裕のステータスを示し、美意識に影響を及ぼしていたのは、お前も知っての通りだろう。いわば「有難い」ものであり、その希少価値に美しさがつながったんだろうな。

 だからこそ、飽食の時代と呼ばれ、誰でもまるまると肥えることが簡単になった現代。逆にやせていることの方が難しくなり、その珍しさ、難しさを感じ取れることから、魅力的に映るようになったのだと、私は思っている。

 あるのが難しいものほど、欲しくてたまらない。その気持ちは誰でも同じなのか、私が小さい頃に少し不思議な体験をしてね。そのときのこと、聞いてみないかい?

 

 

 当時は暖冬である年が珍しく、現在のような暖房機器もさほど数がなかったから、私たち子供はいかに身体を暖めるかに、考えをめぐらせていた。

 学校の暖房は先生の許可がなくては、つけることを許されない。校舎も木造であることも手伝って、授業中などはすきま風に震えながら席に座っていたよ。このときは、スーツという厚着で臨める先生を、少しうらやましく思うこともあったかなあ。


 そうすると、比較的自由が利く休み時間、私たちはどうにか身体を暖めようと、子供なりの対策を練った。

 おしくらまんじゅうに、幼稚園の先生から教わった乾布摩擦。それらの中でも人気を博したのが、「おんぶじゃんけん」だった。

 おんぶじゃんけん、たぶん君も知っているよな? 最初に二人組になってじゃんけんをする。そして負けた方が騎馬戦するときのように、馬になって……。


 む、どうした? 「二人組」と聞いたとたん、顔つきが神妙になったな。何か苦い思い出でもあるのかい?

 まあ、いいか。そうやって勝った子が負けた子におんぶをしてもらい、同じようにおんぶしているペアを探して、近づいたら上に乗っている子同士でじゃんけん。そうして負けたペアが、今度は勝ったペアのそれぞれをおんぶして……の繰り返しだ。

 こいつが妙に暖まった。恐らくは互いの体温に加え、馬側だと乗っかる人の重みに、背中がうずく。なんとしても支えようとして、力が入るのだろうな。


 そうして面子をそろえて、おんぶじゃんけんをする時。決まって私と最初にじゃんけんをしたがる女の子がいる。

 冬だというのに、半袖シャツに半ズボンという元気な男子を思わせる女の子。そのくせ、夏場だと長袖長ズボンと、見ているこちらが汗をかきそうな格好を披露し、明らかに周りから浮いている。

 女子の方が、男子より成長期が早くくるとはいえ、私より10センチ近くのっぽ。その短い袖やすそから、白い手足をすらっと伸ばし、ぽんぽんと手を手に打ち付ける仕草をしながら、私へ迫ってくるのさ。

 彼女との勝負は、ほとんどあいこがない。一発で勝敗が決まり、6:4くらいの割合で、私が馬になる。

「はああ〜」と、こたつや温泉に入ったかのような安堵の声を出し、私におぶさってくる彼女。

 背丈が高けりゃ、手足も長い。手はマフラー、足はベルトのようにそれぞれ首と腰にしっかり巻き付けてきて、これがまた息苦しくならない絶妙な締め具合。そのうえ、ひんやり冷えるあごをつむじに乗っけてきて、いかにも「ごくらく、ごくらく〜」と言い出しかねないくつろぎっぷりで……。

 

 て、なにかね? その「爆発しろ」とでも言いたげな目は?

 小学生だぞ、小学生。ぜーんぜん、意識をしていないぞ。少なくとも私は。だが考えてみると、めちゃくちゃ役得ではあるな。彼女も周りの女子に比べると、カワイ子ちゃんサイドに入るからな。ワハハ。

 

 当然、じゃんけんの結果によっては、私が彼女の上に乗っかる。

 細い手足と背中からは、考えもつかない膂力りょりょくがあってね。私の足を抱えるや、ひょいと立ち上がって、たったったと音を立てながら走り出す。

 その足をおさえる腕も、股から胸にかけて押しつけられる背中も、当初こそひんやりとして鳥肌が立ちそうなんだが、すぐにポカポカしてきてね。私もついつい、彼女の背中に寄りかかってしまい……うむ、中指立てたい気持ちはわかるぞ。

 

 ただ、彼女には少し妙なところがあった。

 私を軽く持ち上げるのはいいんだが、駆けていくとそのうち、足元がじょじょにぬかるんでいくのさ。乾ききったグラウンドでも、彼女の行く先は雨上がりの土の上を行くがごとし。

 汗にしては妙だ。あんな足跡に水がたまるほどならば、私を負ぶっている背中、そしてその長い髪にも、その湿り気が目立つはず。それが一切なく、彼女の足が沈んだ跡には、水たまりができるほどになっている。

 私が背中からその指摘をしても、彼女は「たいしたことじゃない」の一点張り。でも、そのありようさえも、おんぶじゃんけんからかけ離れていく。彼女は相手へ真っすぐ突っ込んでいくのではなく、いったん大回りをして距離をとり、それから改めて突っ込んでいくんだ。

 獲物を見定めている鳥のような仕草。けれども、その間の顔は真剣そのもので、他のみんなに見えるような軽さ、明るさはわずかにも見せない。もちろん、相手へ近づく前にその顔は引っ込めてしまうが。

 そして気のせいでなければ、私を負ぶう時でないと、彼女はあの動きも表情も見せないんだ。



 やがて私たちも、卒業のときを迎える。

 すでにおんぶじゃんけんをしなくなって久しく、私の背は彼女と並ぶようになっていたよ。だが、にわかには考えづらい。

 私はおんぶじゃんけんを始めた時期から今までで、ほとんど背が伸びていなかったのだからね。彼女の方の背が縮んだとしか、思えなかったんだ。あの足下に溜まる、不自然な水たちのことが頭をよぎる。

 私はその疑問を彼女へぶつけたが、当人は寂しそうな顔をして、かぶりを振った。


「わたし、もうすぐ消えるから。だから残しておきたくなったんだ。ごめん」


 何に謝ったのかを含め、当時の私には意味が分からなかった。

 それ以上の追及を避けるように、彼女は背を向けると、また足早に駆け去っていく。その一足ごとに、アスファルトの上へ水のあとを残しながら。


 それ以降、彼女に会うことはなかった。いや、たぶん会っていないのだと思う。

 社会人になって間もなく、街中で一度だけ。当時の彼女とうり二つの女の子とすれ違った。あまりにそっくりだったから、つい足を止めちゃって、彼女の顔をまじまじと見てしまう。

 彼女もまた、私の顏を見るやわずかながらに歩みを緩める。その目が一瞬、大きく見開かれたけど、すぐにそっぽを向いて私の横を通り過ぎていった。

 その際、久しく感じていなかった、彼女に触れたときの冷たさも、かすかによぎった気がしてね。見ると、彼女が通り過ぎていった側のスーツの袖が、ひんやりと湿っていたのさ。


 やがて私は今の妻とつき合い、結婚した。けれど、お互い子供を望みながらも、実際に恵まれたのはつい最近。数十年が経ってからさ。

 不妊治療をして知ったんだが、どうも私は乏精子病だと判断されたんだよ。


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