4話 最恐の妻
4話
「いらっしゃい! お! 武器屋のオヤジじゃねーか! 今日は連れがいるのか?」
居酒屋のおっさんが出迎える。
「そうだぞ、今日は元騎士だ……」
オッチャンが何も考えずにペラペラと話そうとしてることに気付いたトールはオッチャンの口を両手で封じ、耳元でささやく。
「そんなこと言ったら、俺がマントで姿を隠している意味がなくなるだろ」
「あー、ごめんごめん忘れておったわ。げへっへっへっへっへっ」
「んで、そこの嬢ちゃんは?オヤジの娘はまだそんなに大きくなかったよな?」
居酒屋の陽気なケビンがクロエに指を指して聞く。
「て、え!? クロエ、お前ついて来てたのかよ!」
トールが驚いて上げた声に驚き、ビクッと動くクロエ。
「いいじゃない。別に人について行くか行かないかは私が決めることだもの」
「んなわけねーだろ!そんなこと言ったらストーカーはどうなるんだよ。お前ストーカーだぞ?」
そこに、オッチャンが割り切って入る。
「まぁまぁまぁ、今から飲むんだから人が多い方が良いだろ?」
「そうだぞ! 飲むんだったら沢山の人を連れて来ないといけないぞ兄ちゃん」
そんな、オッチャンの言うことに店主のケビンが同情する。そんな、ケビンにオッチャンは、
「あんたはただ金儲けがしたいだけだろケビン!」
「あーはっはっはっばれちまったかーー」
結局、トールはクロエとオッチャンとケビンの4人で飲むことになった。
※※※※※※※※※※
トール達は今、オッチャン達の永遠に続く武勇伝や黒歴史を聞かされ続ける地獄のような飲み会が終わり、バレッツから出て道を歩いて帰っている。
「もう夜か、月が綺麗だなー」
「げっぷっ」
顔を真っ赤にしたオッチャンがトールの肩につかまっている。
「言っただろオッチャン、飲みすぎんなって。あと俺の顔の近くでゲップすんな!」
「すまんなートール。久しぶりにケビンと飲んだから調子に乗ってしまってな、げへっへっへっへっへっ」
「本当に大丈夫なの?」
トール達の後ろを歩いているクロエが聞く。
「大丈夫じゃよ。いつも飲んだ時はこんな感じだからのー」
オッチャンは酔うと語尾に”のー”をつけがちになるのだ。
「それにしてもクロエちゃんが竜使いだなんて驚いたのー」
「そう?私の一家は東の氷結岬の村で代々竜使いをしているのよ」
誇らしげに言うクロエ。続けてオッチャンが聞く。
「確か氷結岬は伝説の勇者の出身地だったはずじゃのー?」
「そうよ、、、。けど私、ついこの前、伝説の勇者がいたってことを聞いたばっかりで今まで知らなかったの」
下を向き、ぼそっと言ったクロエ。そんなクロエの表情を覗いながら聞くトール。
「何で今まだ知らなかったんだ?あの村は小さいから流石に交流ぐらいはあっただろ?」
「そうなのよね。なのに全く覚えてないの。でも、、、」
その時、誰かの叫び声がした。しかもその叫び声は高速でトール達に近寄ってくる。
「おらぁぁーー!何時まで飲んでんじゃキール!!」
その声に怯え、オッチャンがトールの後ろにサッとすばやく身をひそめる。が、
「見つけたぞぉぉぉーーキィィーーーールゥゥーー」
殺気のこもった笑顔で寄ってくる。40代ぐらいでオッチャンより大きく、筋肉モリモリのおばさんだ。
「あ、あれ、あれははは、俺の妻だ」
いつもは堂々としているオッチャンの声だが、今は尋常じゃないほど震えている。
トールはそんな状態のオッチャンの重い腕を首からほどき、おばさんにさりげなく突き出した。
すると、おばさんはオッチャンの襟をつかみ、そのまま引きずって暗闇へと走って行った。
「うわぁぁぁぁーーーーああああああ!」
静まり返ったはずの街に、尻を引きずられたオッチャンの叫び声が響き、どんどん遠ざかっていった。
「へ?なにが起こったの?」
少し引き気味なクロエがトールに聞く。
「うん、まぁいつもこんな感じだ。飲みに行くと必ずこういう解散になるからなオッチャンは」
「へぇーー。そうなんだ」
そんなクロエの反応はトールにも理解できた。トールも最初のころクロエを同じらい引いていたから。
「んで、さっきの話の続きだけど、何でなにも覚えてないんだっけ?」
※※※※※※※※※※
次の朝
「アルタイル、私は先に大門に向かいますわよ」
聖女ユリカが馬車の中から道を歩いていたアルタイルに声をかけた。
「分かりましたユリカ様。俺達も後から援軍を出して向かいます」
「期待してるわよ。今回のダークドラゴン戦は騎士団
全員揃っていても厳しい戦いになりそうだから」
「はい!任せて下さいユリカ様。あなただけは絶対に守って見せます。ではまたあちらで」
「そうね、またあとでね」
ユリカとアルタイルの会話が終わり、馬車が再び動き始めた。
「ねぇ、カインドさん」
ユリカが馬車の中にある聖女の助手に話しかける。
「どうかしましたか?ユリカ様」
「今回の戦いにトールは来てくれるかしら」
「それは分かりませんね。来ていただけるとありがたいのですがね」
ユリカの真っ赤なリンゴの形をした馬車は太陽が登る方向にある大門へと真っ直ぐに進んで行った。
【つづく】