3話 元騎士団トール
3話
「お母さん、あんなに細い人が助けれるのかな?」
「あれ、大丈夫か? やばいんじゃね?」
トールが前に出ると周りの人達の不安の声が街全体を包む。空気が曇り、ざわつきはじめる。
「何者だお前は。このちびっ子達の親か?」
片手にナイフを持ち少年を人質にしている男が目を細めてトールに聞く。
その質問にトールは背負った黒剣のグリップを右手で掴みながら、
「ただの通りすがりだ。大きな悲鳴が聞こえて見に来たんだ」
と言うと、ナイフの男は言い慣れたように、
「じゃあ、さっさと黙って金を出しやがれ、1人銀貨10枚だ。合計銀貨500枚たまったらこの坊主を離してやる」
あまりの金額に騒然とする街の人々。さらに不安の空気が高まる。
「ほら、早く出せ!」
ナイフの男の怒鳴り声で、時間が止まったかのように怯え、静かになる街。周りの人達は眉を心配そうによせている。
その中トールだけが動じないで言った。
「黙れ愚か者が。今すぐその子、カリスから手を離せ。さもないと腕を切り落とすぞ」
トールは半分抜いた黒剣の腹を見せ、脅しているが、
「ふんっ! そう簡単に俺の腕を切り落とせるとでも思ってんのか?」
ナイフの男が、そう自信満々に言うと、カリスの胸を突き出させ、男はカリスの背中の後ろに隠れた。あまりにも卑劣なことをするナイフの男。
トールは覚悟を決めたのか、黒光りする黒剣を抜いて剣技の構えをとった。
左足を前に出して右手に剣を持ち膝を曲げ、その剣先を左手で支える。
このような剣を地面と平行にして持つ構えはトールだけが使う月下光斬流で、それを見た周りの人達は一目で騎士団エースのトールだと気付いた。
いつもなら歓声で埋もれるが今はトールが出している集中力のオーラに圧倒され誰もはしゃいで声をあげることが出来ない。
そして、
トールは目を瞑り一つの大きな深呼吸をした。
「…………」
数秒後にトールはハッと目を開き、ぐっと腕の血管をむき出しにすると真っ直ぐ男の方に向かって走り、距離を縮める。軽やかな足取りで。
ナイフの男から距離が5メートル程になったところで、トールは右足で思いっき石畳の地面を踏み込み、
そして
「おりゃぁぁぁーーー!」
青空に高く飛んだ。地面に低く舞っている砂埃を抜け、周りの人達の顔が上から一望出来るくらいに。
そのままカリスと男を飛び越え、前回転した勢いで空中から剣を振りかぶった。
「ドサッ」
地面に着地すると同時にカリスの首に巻きついていた男の左腕が地面に落ちる。
「ぐっぐぁぁぁぁぁーーー!」
肘下をおさえて寝転び、もがき苦しむ男。斬られた部分から血が噴水のように溢れてていた。
「き、きさまぁーー!よくも!」
自分の赤い水溜りの中で死に物狂いで声をだす男。
このまま血が止まらず男が死んでしまっては自分が犯罪者になりかねないと思ったトールは回復魔術を唱えた。
「ヒール」
剣先は緑の光りを発して、男の腕を再生していく。それに合わせているかのように苦しむ様子が消えるのが分かる。
それから腕が完治した男はトールを睨みつけながら
「覚えとけよ騎士団野郎! 必ずやり返しに来てやるからな!」
と言ってそのまま走って去っていった。
トールは黒剣を鞘にしまってカリスの方に顔を向けしゃがんで声をかける。
「大丈夫か、カリス?」
カリスは下を向いて涙を流している。トールはそんなカリスの頭を優しく撫でる。
「怖かったよ騎士様、、」
「そうか。怖かったか。もう大丈夫だ、お前もお前の姉ちゃんも無事だからな」
トールがカリスの頭を撫でているとカリスの姉ちゃんが2人を包むかのように抱きついた。
「良かった良かったよカリス。カリスが生きてて良かったよーー!」
兄弟揃って大声で泣き出した。
その時、
「私も怖かったよー」
桃色の短い髪をしたアホ毛が目立つ知らない女が兄弟とトールに抱きついてきて、号泣し始めた。
その女をトールは「え?」とでもいいそうな顔で見て、
「なぁカリス、この人は知り合いか?……」
カリスは泣いた表情をゆっくり怖気ついた表情に変えてトールに聞き返す。
「だ、誰ですかこの人?」
「お前も知らないのか?」
「はい」
兄弟揃って首を縦に振る。
それからトールの顔が徐々に怖気ついた表情になっていく。
トールは一瞬で兄弟を両脇に抱いて立ち上がり、その知らない女から距離をとって叫ぶ。
「誰だよあんたは!!」
女に向かって道の真ん中で叫んだトール。
通りすがりの人達から変な目で見られているが、これが普通の反応なのだ。決してトールは変人でも変態でもない。むしろピンクのアホ毛女の方が変態だ。
女は涙を拭いてスンと立ち、赤紫色のマントをなびかせながら言う。
「私はクロエ•バランディーヌよ。いつもは竜使いをしているの」
その口調からトールが、元騎士団エースだということに気付いていないようだ。
「あ、そう。で、何の用があって俺たちに抱きついてきたんだ?」
ピンクの短い髪やピンクの装備など、
もともと赤系の色が多いクロエは更に顔を赤くして言った。
「そ、それは、その、私もあなたに助けられた身だからいいのかなって思って」
「は?俺、お前のこと助けてないよな?俺が助けたのはこいつらだけだぞ?」
「助けられたわよ! さっき私がナイフを持った男に怒鳴られた時に近づいてきて『助けてやるよ、こっからは俺に任せろ♡』って言ってくれたじゃない」
クロエの声真似がかなりのイケボに変換していることにかなり引いているトールと兄弟2人。兄弟2人に関しては表情にも出ているほどだった。
「いや、言ったかもしんねーけど、この兄弟に言っただけであってお前には言ってないからな」
「え!? そうだったの?」
すると、後ろからおじさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「あんた! うちの子供に何してんだ!」
その声にトールは恐る恐る振り返る。するとそこには武器屋のオッチャンがいた。トールの表情がパッと明るくなる。
「あれ?トールじゃねーか。うちの子達に何か用があったのか?」
「あ、いや、別に」
オッチャンに子供がいたことを初めて知り、驚いたトールはオッチャンの言ってることが一切頭に入って来なかったため、取り敢えず誤魔化した。
「別にって何だよ」
「お父さん! あのね、このお兄ちゃんがね、変な男の人から助けてくれたのー」
右腕に抱えたカリスが言う。
「変な男の人?何だ変な男って」
頭の整理が追いついたトールはいつも通り喋りだす。
「俺が武器屋から出て食べ歩きをしていたらこの子達がナイフを持った男に人質にされていたんだ。街の人から金を巻き上げるためにな」
「それで助けたところにオッチャンが来たんだ」
「そうなのか。本当にありがとなトール。トールに何かお礼をしないとだな」
「いや、いらねーよ。いつも世話になってるし」
「そんなこと言わずにー、これから一杯行こうぜ?頼まれたと思ってな?」
オッチャンが重い腕をトールの肩に乗せた。さっきの武器屋で励まされた時は安心感を与えてくれたが、今はただ重くてウザいとしか思えないような顔をしているトール。
「しかたねーな」
結局トールはオッチャンの奢りでバレッツという居酒屋に行くことになった。
【つづく】