いくらでも残酷に 2
「遅くなって、すまなかったね、レティ」
耳元で声がする。
幻聴かと思った。
が、頭にある、ふわりとした感触には、覚えがある。
優しくて、大きな手。
レティシアを安心させてくれる手だ。
声のほうに顔を向ける。
見上げた先に、理想の男性の姿があった。
「おじ……おじ……」
じわわ…と、目が潤んでくる。
言葉が言葉にならなかった。
視界もぼやけているし、唇も震えている。
(お祖父さま……来てくれた……来てくれたんだ……)
明確に意識したとたん、気持ちの糸が切れた。
グレイとサリーを助けなければと必死で、けれど、いっぱいいっぱいだったのだ。
縄がわずかに首に食い込んだ時、死を予感した。
自分は死ぬのだと、生まれて初めて実感している。
もちろん、レティシアには絶対防御がかかっているのだから、絞め殺されることはなかったのだけれど、本人はそれを知らずにいた。
だからこそ、早い段階で魔術が発動したとも言える。
「う……う……うわーん……っ……!」
安心したら、本当にそんな漫画みたいな声が出てしまった。
涙が、ぼたぼたと、こぼれ落ちる。
「レティ、レティ、泣かないでおくれ。お前が泣くと、私はどうすればいいのかわからなくなるのだよ。本当に、遅くなって、すまなかった」
「ちが……っ……ち……おじ……っ……」
ぼたぼたバタバタと落ちる涙を、胸ポケットからハンカチを取り出した祖父が拭ってくれる。
祖父が悪いのではないと言いたくても、やはり言葉にならなかった。
怖い思いをしたが、それは祖父のせいではない。
悪いのは、1人で勝手に出歩いていた自分。
そして、あの「ド変態じじい」だ。
「な……なわ……っ……」
グレイとサリーを助けたかったが、縄があって動けなかったと言いたい。
なのに、うまく言えない。
喉がひっきりなしに、しゃくりあげている。
「そうだ。その嗟縄は……」
老人が言いかけた。
その言葉に、祖父が指を、ぱちん、と鳴らす音が重なる。
「縄? そんなもの、どこにあるのかね?」
「…………へ……?」
視線を下に落としてみた。
今しがたまであった縄が、どこかに消えている。
びっくりして涙が、すうっと引っ込んだ。
「な……何をしたっ?!」
老人は叫んでいたが、祖父は完全に無視を決め込んでいる。
そちらを見もしない。
代わりに、抱きしめてくれた。
レティシアにとっても、ひどく居心地のいい場所だ。
その胸に顔をうずめる。
「心配かけて……ごめんなさい……」
「いいんだよ。私の愛しい孫娘」
ぎゅっと祖父に抱き着いたのだけれど。
すぐにハッとなる。
顔を上げて、祖父の顔を見た。
「グ、グレイとサリーが……っ……」
「ああ、わかっているよ」
ピンピンと、今度は2度の音がする。
グレイとサリーが薄青く光っていた。
「グレイ、魔力は戻した。早く、起きたまえ」
体の傷は治っているようだけれども。
(お、お祖父さま……鬼だ……グレイ、瀕死だったのに……)
サリーも怪我は治っている。
けれど、服までは元に戻らないらしい。
祖父が、片手をレティシアから離し、空気を軽く撫でるような仕草をした。
その手の中に、シーツのような白い布が現れている。
「きみは有能執事なのではないのかね」
「申し訳ございません!」
しゃきーんと、グレイは立ち上がって祖父の元に駆けよってきた。
祖父が手にしていた布を素早く受け取り、サリーの元に走る。
サリーは、なぜかちょっと嫌そうな顔をした。
「私にではなく、サリーに詫びと礼を言うべきだろう、グレイ」
グレイも色々と頑張ったのではないか、おそらく、たぶん。
瀕死になるほどだったのだし、ボサっと見ていたとは考えられないのだけれど。
(うは~、グレイは元部下だからな~、お祖父さま、容赦ないな~)
魔術騎士の隊では、こんなふうだったのかもしれないと想像する。
グレイには大変に申し訳ないのだが、辛辣な祖父も素敵だと思ってしまった。
きっと、そんなことは起こり得ないと予測がつくものの、ちょっぴり「叱られてみたい」との考えが、頭をよぎる。
(いやいや……私、そーいう趣味ないし……てゆーか、そんな場合じゃない!)
レティシアは、ぎゅうっと祖父に抱き着いていた。
祖父も、あたり前のようにレティシアの体に腕を回している。
が、祖父に甘えている場合ではなかったのだ。
体を少し離すと、祖父が頭をゆるく撫でてくれた。
「お前は2人と一緒に、城の外で待っていておくれ」
「お祖父さまは?」
祖父の強さは知っている。
傍にいるだけで、大きな安心感も得られていた。
とはいえ、あの老人は常人とは違う。
怪しげな魔術も使うので、心配になった。
いつもの日常が唐突に姿を変え、非日常になることもあるからだ。
「心配してくれるのかい?」
にっこりしてから、祖父がレティシアの額に小さなキスを落とす。
そんな場合ではないとわかっていても、ふんにゃりしそうになった。
「そっちの女は儂のものだぞ! 儂が……」
「黙れ、このド変態じじいッ!! サリーのこと見ないでよッ!!」
老人の言葉に、ふんにゃりどころか、ぶっつり神経がキれる。
そのせいで、反射的に怒鳴っていた。
慌てて、サリーの元に走り寄る。
そして、自分の体で、老人の目からサリーを庇った。
「グレイ、2人を頼んだよ。くれぐれも、ね」
「かしこまりました!」
グレイがサリーを支え、反対側にレティシアが立つ。
顔色はあまり良くないが、体の傷は癒えているようだ。
グレイにしても服は血塗れになっているものの、新しい血は流れていない。
(お祖父さまって、やっぱり凄いんだな。あんな大怪我を簡単に治しちゃうなんて、びっくりだよ)
部屋から出つつ、チラッと中を振り返る。
祖父も、レティシアのほうを見ていた。
いつものように、やわらかく微笑んでいる。
「女性の服を剥ぐなどという悪趣味が過ぎる彼は、少しばかり懲らしめてやらなければね」
レティシアは、こくっと、うなずいた。
祖父の言った「少しばかり」が、どの程度「少し」なのか。
どんなふうに「懲らしめる」のか。
わからないが、任せてしまうことにする。
それが酷いことだったとしても、祖父は自分を助けに来てくれたのだ。
だから、その行動を否定する気はない。
「じゃあ、外で待ってる」
「すぐに行くよ」
手を振るレティシアに、祖父も手を振り返してきた。
3人で寄り添い、静かな石の廊下を歩く。
グレイには出口がわかっているようだ。
迷いなく歩く方角を見定めていた。
廊下の角を曲がる際、来た道を振り返る。
細い光が、さらに細くなっていた。
そして、レティシアが入ってきた時とは違い、扉が静かに、閉じる。




