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理想の男性(ヒト)は、お祖父さま  作者: たつみ
第1章 暗い闇と蒼い薔薇
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悩み解消のツボ 3

 なぜ彼女にこんなことを話しているのだろう。

 と、感じては、いる。

 女々しい気もしたし、みっともないとも思っていた。

 ただ、レティシアは「愛」について一家言(いっかげん)もっている。

 聞いていると、なるほどと納得してしまいそうになるのだ。

 

 けれど、素直に納得しきれないこともある。

 父のことについて、どうしても引っかかってしまう。

 今さら父に、愛してくれと泣きつくつもりは、まったくない。

 過ぎた時間は取り戻せないのだし。

 さりとて、父を思うと、どうにもレティシアの言う「愛」を否定したくなる。

 彼女を好きだと感じているユージーンとしても、認めたい気持ちはあるのだけれども。

 

「父は側室の寝室には通っていないそうだが、母の寝室には毎夜のごとく通っているらしい。つまり、母のことは愛しているのだろう。だが、子として父が愛しているのは弟のザカリーだ」

「やっぱり不自然だね。なんか矛盾してるよ」

「俺は1度、死にかけている。その時すでに死んだ子として見捨てられたのかもしれん」

 

 ユージーンは、まだ彼女の腕を掴んでいる。

 その腕を振りはらうことなく、彼女が体を起こした。

 天蓋から視線を外し、顔をそちらに向ける。

 レティシアは、少し怒ったような表情を浮かべていた。

 

「あなたのお父さん……お父さまって、よくわかんない人だね。子供が何人いたって、普通は分け(へだ)てしないように頑張るもんだと思うよ? そりゃ、親だって人間なんだから、どっちかに気持ちが(かたよ)ることってあるだろうけどさ」

 

 レティシアの顔を、じっと見つめる。

 なにか、ほんのささやかではあるが、腑に落ちていた。

 

 親も人間なのだから。

 

 確かに、それはそうだ。

 すべてを公平にできるほど、人は立派な生き物ではない。

 ぜんまい仕掛けの時計ですら狂いは生じる。

 不完全でないほうが、おかしいのだ。

 彼女の手を左手でつかみ直しながら、ユージーンは体を横に向けた。

 右手で頭を支え、体を起こしているレティシアを少し見上げる。

 

「俺に同情するか?」

「しない」

 

 即答に、小さく笑った。

 彼女はそう答えるだろう、と思っていたからだ。

 

「だって、あなたはあなたじゃん。父親がどうあれ、あなたが女性を道具みたいに思うのは、あなたの考えでしょ? 性格に問題アリだね」

「そうか」

「そうだよ」

 

 彼女と話すのは楽しい。

 言いたいことを言うレティシアと話していると、わからなかったことが明確になっていく。

 正しいかどうかはともかく、「そうか」と思える。

 それが、すぐさまユージーンの考えになるわけではなくても、ほんのわずか納得できさえすればよかったのだ。

 それに、彼女だって言っていた。

 

 『それは私の考えだから、粘着王子に合わせろとは言わないよ?』

 

 お互いに、それでいいと思えるのが、なんだか心地いい。

 ユージーンの言葉に、彼女が怒ることは多々あるのだろう。

 それでもレティシアは、ユージーンを無視せず、会話を続ける。

 怒ったり、怒ったり、怒ったり、ムっとしたり、しょんぼりしたりするのに。

 時には泣きそうになってでさえ、言葉を封じようとはしないのだ。

 

「そういえば、さっき散々な悪態をついていたな? あれはどういう意味だ?」

「なんで、今っ?! すんごい唐突なんですケド……でもって、面倒くさいんですケド……」

 

 呆れたように言われる。

 面倒くさいと、また言われてもいた。

 とはいえ、ユージーンにもユージーンなりの都合がある。

 彼女の言葉は知らないことが多くて困るのだ。

 たとえ悪態であろうと、できるだけ知っておきたかった。

 でなければ、会話に支障をきたす。

 

「どすけべ、えろ、ひひ、はれんち、あくだいかん……確か、どすけべは、2回も言ったな」

「……よく覚えてるね……私のほうが忘れてたよ……」

「お前が言ったのだろ。忘れるとは無責任だぞ」

 

 もう…と、小さくため息をついてから、レティシアが表情を変えた。

 その顔に、ハッとする。

 

 彼女は笑っていた。

 

 自分に笑いかけることなどないだろうと思っていたので、驚いている。

 同時に、胸が熱くなった。

 やはり押し倒してしまおうか、と考えてしまうほどだ。

 さりとて、泣かれては困るので、やめておく。

 

「何も面白いことは言っておらんのだがな」

「いや、もう、ここまで徹底してると面白くなってきたよ。面倒くさいのも、まぁ、個性だと思うことにする」

 

 笑いながら言う彼女を見て、確信した。

 自分はレティシアに嫌われてはいない。

 好きではないのだろうが、それは「嫌い」と同義ではないのだ。

 ならば、状況はずいぶんマシなのではなかろうか。

 この先、彼女が自分を好きになる可能性もゼロではないと思える。

 

「さっきの悪態は、やらしいっていうのと、だいたい同じ意味だよ」

「服を脱がせたり、裸を……」

「復唱しなくていいから! ホント、困った人だね、王子様は」

 

 彼女につられて、口元に笑みを浮かべていたユージーンだが、あることに思い至り、表情を曇らせる。

 気づいたのだろう、レティシアが首をかしげた。

 

「困る……そうなのだ。俺も困っている」

「なんで?」

 

 レティシアに無理強いはしたくない。

 嫌われたくないからだ。

 むしろ、好きにさせるにはどうすればいいのか、考えなければならないと思っている。

 好きになってもらう、ではなく、好きにさせると考えてしまうのが、ユージーンの問題アリなところなのだが、それはともかく。

 

「お前は嫌っているようだが、俺にとってサイラスは命の恩人であり、育ての親だ。いつも苦労をかけている。今回も、俺のために手を尽くしてくれた」

「へえ……あの人、そんなふうに見えなかったけど、あなたには優しいんだね」

「そうだ。だから、困っている」

 

 彼女が欲しいとサイラスに頼んだのは自分だ。

 その願いを叶えようとサイラスは危険をおかして、この策を講じてくれた。

 レティシアを(さら)うというのは、大公と敵対するということに等しい。

 それが、どれだけ危ないことかを、ユージーンは身をもって知っている。

 

(俺が殺されたとしても、ザカリーが王位を継ぐだけのこと……俺とて死にたくはないが……)

 

 ひとまずレティシアの笑顔を見ることはできた。

 もちろん思い残しはたくさんある。

 彼女とキスをしていないこととか。

 

 しかし、これだけのことをしでかしたのだ。

 大公の怒りの直撃は免れ得ないだろう。

 だとしても、自分のためにサイラスにまで命をかけさせるのは心苦しい。

 サイラスの言う通りに動いた結果の失敗ならまだしも、ユージーンの勝手な行動で招いた失敗となれば、なおさらだった。

 だから、困っている。

 

「既成事実を作るのはやめても良い……だが、それではサイラスを裏切ることになる」

「それで、困ってるんだ」

 

 レティシアが、なぜだか、にっこりした。

 自分の身の危険についての話だというのに、なぜ笑えるのかわからない。

 困惑しているユージーンに、彼女はちょっぴり嬉しそうに言う。

 

「あなたにも、ちゃんと大事な人いるじゃん」

 

 意識したことはないが、大事だと言えば大事なのだろう。

 自分の役に立つから、という理由ではなく、サイラスを(そば)に置いている。

 ずっと自分と一緒にいてくれて、側にいるのがあたり前に感じていたからだ。

 

「でも、そっか……それは困ったね」

他人事(ひとごと)のように言うな。お前のことだろうが」

「だよね……既成事実っていうのは無理だし」

「……わかっている。いちいち言わずともよい」

 

 ユージーンの気持ちをレティシアは知らない。

 そのせいで、事あるごとにユージーンの心を(えぐ)ってくる。

 が、伝えていないのだから、しかたがなかった。

 

「いいこと考えた。私が悩みを解消してあげるよ」

「どうするつもりだ?」

「いいから、目を閉じてくれる? 手も放して」

 

 手を離した隙に逃げようというのか。

 思いつつ、先に手を離した。

 が、彼女は逃げようとしない。

 逆に両手を伸ばし、ユージーンのほうへ体を寄せてくる。

 心臓が鼓動を速めた。

 

 ウサギの時もこんなふうに。

 

 できれば、されるより、したいのだが、ここは譲ることにする。

 言われた通り、ユージーンは目を閉じた。

 彼女が悩みを解消すると言ったことなど、完全に忘れている。

 だから、すっかりしっかりキス待ち顔。

 が、しかし。

 

 ガシャーン!!

 

 耳元で大きな音がした。

 と、思う間もなく、ユージーンは意識を失う。


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