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理想の男性(ヒト)は、お祖父さま  作者: たつみ
第1章 暗い闇と蒼い薔薇
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お屋敷事情 1

 馬車に揺られること数十分。

 おそらく1時間は経っていないと思うのだが、車や電車とは違い馬車となると時間感覚がイマイチはっきりしない。

 だいたい夢の中というのは時間の流れもおかしなものだ。

 ものすごく時間が経過しているはずなのに起きたら1時間くらいしか経っていないなんてことがザラにある。

 だから、本気では気にしていなかった。

 馬車の乗り心地があまり良くないとわかったため、止まってくれたのが嬉しい。

 ドアが開かれたので、頭を下げつつ、外に出る。

 

(うっわ! すんごい豪邸……お屋敷? いかにもお貴族様風味……)

 

 馬車は、いわゆる日本で言うところの「玄関」にあたる場所の前につけられていた。

 が、結奈の記憶にある「玄関」とは、まったく違う。

 これを「玄関」と称していいものなのか。

 さりとて、ほかにどう表現したらいいのかもわからない。

 とにかく大きい、なにもかもが大きい。

 もちろん結奈の住んでいたマンションも大きいと言えば大きいけれど。

 そういった雰囲気とは決定的に違うのだ。

 まさに「お城」というにふさわしい。

 その「玄関」扉の前に男性と女性が1人ずつ立っている。

 お出迎えされているのだろうとの予測くらいはついた。

 設定上の父親はどうやら「偉い人」だったらしい。

 

(たぶん貴族っていってもピンキリだよね。贅沢したいって思ったことないはずだけど金持ち願望とかあったのかなぁ)

 

 貧乏貴族ではなくゴージャス貴族な設定になっているということは、内心、そんなふうに思っていたのかもしれないと思う。

 少し自分にがっかりだ。

 母親は専業主婦で、父親はしがない町工場の工場長。

 中流家庭ではあったけれど、けして裕福とは言えなかった。

 それでも結奈は両親を尊敬していたし、恥ずかしいなんて思っていなかったのだ。

 携帯電話の新機種が出るたびに買い替えている同級生をうらやましく思ったことがないとは言えない。

 だからといって、当時の生活に不満はなかったはずなのに。

 小さくため息をつき、自分へのがっかり感を振りはらう。

 ともあれ目覚めるまでは夢の中の設定上の人物でいなければならないのだ。

 結奈は、とぼとぼと2人の元に向かった。

 

「お帰りなさいませ、姫さま」

 

 2人に頭を下げられたことよりも。

 

(ひ、姫さま…ッ?! ひ、ひひ、ひ……)

 

 カチーンと固まる。

 当然だが、生まれてこのかた、そんな呼ばれかたをしたことはない。

 呼ばれたいとも思わない。

 いや、逆に呼ばれたくない。

 そんな柄ではないというか、そぐわないというか。

 

「あ……はは……た、ただいまぁ……」

 

 笑顔が引きつるどころか完全なる半笑い。

 2人が顔を上げ、結奈に視線がそそがれる。

 とたん、ザッと血の気が引いた。

 結奈は真面目な性格をしている。

 誰もいない深夜ですら赤信号を守り、どうしてもという時以外は嘘をつくことも好まない。

 周囲から「お堅い」なんぞと言われても性格なのだからしかたがなかった。

 

(どうしよ……私、この人たちの名前わかんないよ! あっちは私のこと知ってるよね。そりゃ知ってるよ。ここンちの子設定だもん、私!)

 

 街中で「久しぶり」と声をかけてきた相手の名前が思い出せない。

 それに似た焦りと罪悪感が襲ってくる。

 元々、知り合いだったのなら、記憶の端っこから引っ張り出せる可能性もあるだろうが、今回に限っては絶望的だ。

 夢設定のバックグラウンドなんて知る由もない。

 名前を呼ばずに、しのぎきることはできるだろうか。

 考える結奈に男性側が声をかけてきた。

 

「姫さま、どうぞ中にお入りください」

 

 結奈は、あれ?と思う。

 黒いスーツ、というより背広というほうが似合う服装。

 銀色を濃くしたような髪の色、瞳は髪色を暗くした色に見えるが黒縁眼鏡の奥にあるせいで、そう見えるだけかもしれない。

 身長162センチの結奈より20センチは背が高い。

 おそらく執事という役どころ。

 洋画などで見たことのある執事的な雰囲気を醸し出している。

 しかし、結奈が「あれ?」と思ったのは、そんなことではない。

 

(な、なんか冷たい……口調が冷たい……視線もトゲトゲしてる気が……)

 

 王宮でのアウェイ感再び。

 この屋敷は自分の「ウチ」のはずであり、目の前の2人はいわば身内。

 にもかかわらず、漂っているのは寒々しい空気。

 そういえばと思い返せば、御者の男性も終始、無言だった。

 

(あ、あれえ……? 私、もしかして嫌われてる、とか……?)

 

 父親設定の男性が優しかったので「ホーム」に戻れば、アウェイ感などないものと思っていたのは間違いだったようだ。

 身内にいじめられている可哀想な姫君とでもいう設定なのだろうか。

 恐る恐る足を踏み出しながら、女性にチラっと視線を向けてみる。

 黒いロングのワンピースに白いエプロン。

 テレビで見たことのあるメイド服に似ているが、少しシックな感じ。

 赤味がかった柔らかそうな髪は、後ろで引っ詰めているのだろう。

 気まずいながらも視線を合わせてみた。

 すぐに後悔した。

 

(氷だ! 氷の瞳だ! 白い目どころじゃないじゃん! 確実に嫌われてるじゃん! うわぁ、嫌だぁ……変な選択したら、あの殺人鬼が来て殺される流れになるんじゃないの、これ……)

 

 大きく開け放たれた扉から中に入る足取りが重い。

 せっかく清々しい目覚めが約束されたと、ひと息ついていたところだ。

 こんなどんでん返しは不必要。

 映画や小説ならともかく、夢とはいえ現実感ありまくりな世界では、とても楽しむ気にはなれなかった。

 

「お帰りなさいませ、姫さま」

 

 カチーンと、また体が固まる。

 入ったとたんにかけられた声。

 視界には、十人以上の男女の姿があった。

 この屋敷の広さからすれば少人数なのかもしれない。

 さりとて、結奈からするとこんなに大勢から出迎えを受けたこともなく、ましてや「姫さま」と呼ばれたこともないのだ。

 

(マジ勘弁して……姫さま呼びやめて……ツラいしイタいし……)

 

 現実世界でメイド喫茶なるものがあるのは知っている。

 が、テレビで見たことがあるだけで行ったことはなかった。

 サービス業は客を選べないから大変そうだなと思ったのを覚えている。

 

(あの有名な……お帰りなさいませ、ご主人様、的な……あれなのか……そうなのか)

 

 気晴らしに遊びに行ったのであればキャッキャできたかもしれない。

 メイド喫茶にはなんの罪もない。

 わかっていても、自分が今まさに「本物」に囲まれているとなると話は別だ。

 ああいうものは一時的に日常から離れられるから楽しいのであって、これが日常なのだとわかる世界ではちっとも楽しくなかった。

 並んでいる人たちに、なんと声をかけていいものやら。

 さっき「ただいま」と言った時の、執事らしき男性の反応も思い出す。

 あんなブリザードを全員から吹きつけられたら、さすがに凍え死ぬ。

 それに、すでにその予兆があった。

 そこはかとなく冷たい空気が結奈にまとわりついている。

 

(どんだけ嫌われてんだよぅ……なにかしたからなのか、単にそういう設定なのかもわかんないしさあ! こんなの、やりようないじゃん!)

 

 結奈はゲームも得意なほうではない。

 ロールプレイングゲームをやってみたことはあるが、ダンジョンに行きつけずにやめてしまった。

 町の住人の頼みを聞き、お礼にもらったアイテムを他の住人に渡し、といった具合に、いくつかのイベントをこなす必要があったのだと、後から人に聞いたものの続ける気にはならなかったのだ。

 

(てゆーか長過ぎだわ、この夢! ロングストーリーも、はなはだしいわ!)

 

 いつになったら自分は目覚めるのか。

 いっそ殺されて跳ね起きるほうがマシなのではなかろうか。

 延々と続く夢に、うんざりしてくる。

 いい夢なら起きたくないところだが、どこに行ってもアウェイな上に「姫さま」呼ばわりされる夢なんて疲れるだけだ。

 

「姫さま」

 

 冷たい声が心に痛い。

 さっきの執事然とした男性に、渋々、顔を向けてみた。

 

(ほら! ほらほらほら! やっぱりブリザードだよ! 凍るってば!)

 

 パキパキパキと足元から凍りつきそうなほど冷たい視線に、すかさず目をそらせる。

 メデューサは、その姿を見た者を石に変えるというけれど。

 

「これから、いかがなさいますか?」

 

 やはりとてつもなく冷たい声に、結奈は思う。

 冬に有名な氷像祭りに自分を出展する気か、と。


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