お屋敷大改造 3
結奈の部屋を、グレイとサリーが訪れていた。
なんだか改まった様子に、結奈は困っている。
おそらく「お屋敷改装」の件だろう。
というか、それしかない。
(2人は反対、なんだろうな。こう改まった感じでこられると……)
最初の頃を思い出す。
まだブリザード吹き荒れる屋敷内の空気。
あれが戻ってくるのは、さすがに勘弁してもらいたい。
和気藹々とした空気に馴染みきっているので、落ち込むこと必至。
「レティシア様……申し訳ございませんでした」
「申し訳……ございませんでした」
まずグレイが頭を下げ、次にサリーが声を震わせつつ、頭を下げた。
ん?と、結奈は首をかしげる。
反対されるいわれはあるが、謝罪されるいわれはない。
どうして2人は謝っているのか、きょとんとなってしまう。
「どしたの? なんで2人して謝ってんの?」
結奈は座っていたイスから立ち上がり、扉の前に整列している2人の前へと歩み寄る。
2人の顔色は最悪。
真っ青に近い。
そして、取り巻く空気は真っ暗。
「ちょ……ホント、どしたの……? 2人とも、悪いことしてないよ?」
お屋敷改装を言い出したのは結奈だ。
自分の我儘だとも思っている。
2人はなんら関わっていない。
お願いされたことだってなかった。
しかし、2人は現実に肩を落とし、すっかりしょんぼりしている。
そのしょんぼり具合が半端ない。
(いやいや……そんな世界の終わりみたいな顔しなくても……てゆーか、私のこの選択が間違いだったら、目が覚めて世界が終わる、って可能性はゼロではないケド)
それにしたって、世界が終わるのは結奈のほうだ。
2人がどうなるのかはわからないが、それはともかく。
「私たちは……レティシア様に隠しておりました」
「へ……? なにを?」
グレイが、心底、悔いているといった声音で言った。
隣でサリーは、がっくりとうなだれている。
「……パットとマリエッタのことですわ」
「レティシア様は気づいておられたのでしょう?」
ん?と、またもや結奈は首をかしげた。
それが2人の謝る理由と結びつかなかったからだ。
「そりゃ気づくでしょ? 気づかないってことはないよ」
厨房に荷物を運ぶパットは、いつも右足をわずかにひきずっている。
そして、段差に躓いて舌打ちする姿も見ていた。
小麦の入った大麻袋を担いでいる時などは本当につらそうなのだ。
マリエッタは、よく左腕に痣を作っている。
よく見ると左の脛など、どこかしらに怪我をしていた。
実際、開いていた扉の把手に肘をぶつけているところも見ている。
結論として。
パットは右足が悪く、マリエッタは左目が悪い。
もしかするとマリエッタは左目が見えていないとも考えられた。
単なる過労からくる不注意とするには、頻度が高過ぎるのだ。
そんなパットとマリエッタを見ていて、思いついたのがバリアフリー計画。
みんなにとって快適な「ウチ」にしたかった。
「てゆーか、なんで2人が隠してたのか、わかんないんですケド」
2人が顔をしかめ、口を横に引き結ぶ。
相当に、言いにくそうなのが察せられた。
だから、結奈のほうから水を向けてみる。
「私が気づいたのは、グレイとサリーの態度?ってか、動きを見てて、あれ?って思ったのが、きっかけなんだよね」
その「きっかけ」について話した。
グレイは、パットが荷物運びをしていると、視線がそっちに向く。
とくに足元を見ているような気がした。
それで結奈も注意して見るようになったのだ。
サリーは、時々、マリエッタにひどく厳しい。
初めて目にした時は「貴族の屋敷」だからなのだろうと思ったが、サリーの性格を知るにつれ、何かがおかしいと感じた。
たとえ注意するにしても、サリーはあんなふうに叱ったりはしない。
マギーやアリシアと比べてみれば、すぐにわかることだ。
そもそも世話焼きで、誰かの面倒を引き受けずにはいられないサリーが頭ごなしに叱ることなどあるだろうか。
何か理由があるのではと、結奈もマリエッタを気にするようになった。
「2人は隠してるつもりだったんだろうけど、隠しきれてなかったんだから、気にする必要なくない?」
「……レティシア様……」
「…………」
グレイは顔をしかめているだけだったが、サリーの目から涙が落ちた。
それを見て、結奈は慌てる。
「え? え? 責めてないよ? 責めてないからね?」
焦って、ドレスの胸元からハンカチを取り出し、サリーの涙をぬぐった。
ここでの結奈は16歳だが、実年齢は27歳。
サリーが大人でしっかりしている女性でも、結奈にとっては年下なのだ。
毎日、散々、世話になってはいるものの、そういう意識がどこかしらにある。
「私は……自分が恥ずかしいのです……」
小声で、しかも涙声で、サリーが言った。
どうやらグレイも「同感です」と言いたそうだ。
「レティシア様を……信じておりませんでした……」
どんなに仲が良くても、家族同然でも、家族ですら隠し事のひとつやふたつはある。
ましては、最初はブリザード屋敷。
簡単に信頼が勝ち取れるはずはない。
むしろ、今だって疑われて当然くらいに思っている。
かいま聞こえてくる以前の彼女の言動は、信頼に足るものではなかった。
同じ職場にいたら、ぶっ飛ばしたくなるレベルだ。
派遣社員として働いていた結奈は、突然に入った職場で信頼されるのが、どれほど難しいかも知っている。
「隠してたってゆーか、言い出せなかったんじゃない? わざわざ言うことでもないだろうし、私も聞かなかったし」
「いいえ、隠しておりました」
グレイが、覇気のない口調で、そう言った。
ここまで「隠した」ことにこだわるのには、何か理由があるに違いない。
考えて、すぐに思い至る。
(考えつかなかった私が、どうかしてるよ……)
そうか、そうなのだと、思った。
ここは現代日本よりも差別意識の強い「貴族社会」的世界。
ちょっと考えればわかるだろうと、自分に腹が立つ。
今度は、結奈が2人の前でうつむいた。
「パットとマリエッタ、怖かったよね。隠さなきゃって、一生懸命だったよね」
貴族の屋敷で、パットとマリエッタの状態が知られれば解雇される。
以前の自分なら、きっと。
「私がもっと早く気づけば良かったんだ。それで、2人に聞けば良かったんだ。
そうすれば、パットもマリエッタも安心できたのに」
「そんな……レティシア様のせいだなんて誰も思っていません」
「そうです。レティシア様が、ご自分を責める必要など……」
結奈の記憶はブツ切れていて、以前の「レティシア」がどんな人物であったのかは、周囲の話から推測しているだけだ。
それでも、みんなが秘密にしていて、グレイやサリーまでもが「隠していた」心情を理解できる。
以前の「レティシア」のしたことなんて知らない、と言えれば良かったけれど。
「あのさ。改装の件は、私の我儘だって言ったよね」
これからは、誰にも悲しい思いはしてほしくない。
すべてがそうできるとは限らないとしても、できるだけのことはしたかった。
そして、そう思うのは、やはり自分の「我儘」なのだ。
「だから、謝んないでほしいんだ。代わりに、2人も私の我儘につきあってくれないかな?」
以前の彼女の不始末は、自分の不始末だ。
自分は、月代結奈として、しかし、レティシア・ローエルハイドとして、正しい選択をしていかなければならない。
今は、この体で、この姿でここにいるのだから。
「かしこまりました」
「もちろんでございます」
グレイとサリーが深々と頭を下げる。
結奈は2人を抱きしめて言った。
「今でもこのお屋敷は素敵だけど、もっと素敵なお屋敷にしようね」




