お祖父さまと夜会 1
「サリー……これさぁ……」
「レティシア様好みのシンプルなドレスかと思いますが?」
「うん、確かに形は好みなんだけどね……」
首元から腰、袖までは、ごく薄い紫の総レース。
細かく花や枝葉が綴られている。
レースの下、胸から太腿のラインに沿って、薄い青い色をした固めの生地がジャストフィット。
腰も、きゅっと締まって見える。
スカート部分はやはり薄青で柔らか素材、足元へと、すとんと落ちているように見えるけれど。
(プリーツだっけ……うーん……あ、ドレープだ! 全然、違った……)
ファッションに興味がないので、そっち系の用語にも疎い。
小説やなんかで出てきた際に「どんなのだろう」と調べてみたことがあったため知っているものもあるというだけだった。
「見た目はあっさりだし、ピタッとしてなくて広がるから動き易いし、それもいいんだけどさぁ……」
全体的には、上品でいい感じではある。
だが、しかし。
「背中、空き過ぎじゃない?!」
「そうでしょうか? このくらい夜会で着るドレスとしては普通ですよ」
「そうなんだ……この逆台形、普通なんだ……」
肩から腰にかけての大逆台形。
すかすかしていて、とても心もとない。
結奈は、首をひねって自分の背中を見てみる。
(肩甲骨、丸出しなんですケド……うっかりすると半ケ……やめとこう)
自主規制して「半ケツ」という言葉は封印した。
口に出してしまい、サリーに解説するはめにはなりたくない。
さすがに下品過ぎるだろうと思ったのだ。
なにがどうなっているのかわからないが、髪はきれいに編み込まれ、左側にまとめられている。
背中まであった長さも、今は肩ほどまでになっていた。
そのせいで背中が、すかすかになっているのだけれども。
あまり派手なのは嫌だけれど祖父に恥をかかせるのも心苦しい。
結奈の注文に、サリーは嫌な顔もせず引き受けてくれた。
というより、張り切っていたように見えた。
「えっと……それで、サリー……」
「完璧です。大公様がエスコートされるに相応しい姫君にございます」
全頭身の鏡に映っている自分の姿を改めて眺める。
いつもはしない薄化粧も悪くはないと感じた。
そもそも結奈自身、化粧はするのも落とすのも面倒で、ちょちょいのぱぱっで済ませていたのだ。
「ですが、レティシア様が、お困りになられるかもしれませんね」
「なんで? お祖父さまに迷惑かからないなら、私はそれでいいんだけど」
いえいえ、とサリーが首を横に振る。
それから扉の向こうにいるグレイを呼んだ。
入ってきたグレイが、ピタリと足を止める。
「お分かりになりましたでしょう、レティシア様?」
「は? なにが? 全然わかんないんですケド……?」
きょとんとしている結奈に、サリーがブリザードを思わせる口調で言った。
「グレイは今まさにレティシア様に見惚れています」
ぎょっとしたようにグレイが、わずかにあとずさった。
わざとらしく眼鏡を鼻の上に押し上げている。
「そ、そんなことは……ただ見慣れていなかったものですから……」
「嘘をついても無駄です」
グレイの言葉をサリーは容赦なくスパッと切り捨てた。
そして、レティシアに向き合ってくる。
「よろしいですか、レティシア様。夜会にはこういう輩が大勢います。大公様がいらっしゃるとはいえ、用心なさってくださいませ」
「サリー……私をジゴロやドンファンと一緒にしないでほしい」
きらんとサリーが冷たい視線をグレイに向けた。
どうだか?と言っているのが、結奈にもわかる。
「女たらしに遊び人かぁ。そういう人もいるんだねぇ。まぁ、グレイには似合わない感じするけど」
「いいえ、こういう真面目な顔をしている男ほど“ヤバい”のですよ」
「そっか。そーかも」
「納得しないでください、レティシア様!」
サリーと顔を見合わせて笑う。
最近は、ちょくちょくグレイを2人でからかうのだ。
真面目で、いつもは冷静なグレイが慌てる姿を見るのは楽しい。
「わかってるって。グレイは意外とヘタレだもん」
「へたれ……ですか?」
「情けないとか意気地がないとか?」
う…と、グレイが言葉を詰まらせた。
サリーは含み笑いをもらしている。
「でもさ、そのほうがいいよ。私的には偉そうな人より好感度は高いね」
喜んでいいのか判断がつかないらしく、グレイは微妙な顔をしつつ曖昧に「はあ……」などと答えている。
「てゆーか、あの王子様、なんでこんな粘着してくるんだろ。ウザいわー」
2人が首をかしげた。
悪い意味の言葉だと、わかってはいるようだけれど。
「粘着っていうのは、しつこいっていうのを百倍にしたくらいしつこいって意味。ネバネバしてるものってあるじゃん? そういう感じ」
ああ、と、なにかを想定したのかグレイがうなずく。
サリーも理解してくれたようだ。
「それでね。うっとうしい、わずらわしい、面倒くさい、これを掛け合わせて、ひと言にしたのが、ウザい」
正しいかどうかはともかく、結奈が使う上での認識を伝える。
しばし考える様子を見せたあと、2人して大きくうなずいた。
「たしかに、ウザいですね」
「ウザいですし、レティシア様に粘着しておられますわ」
「だよね」
正妃選びの儀は、とっくに辞退している。
祖父が偉人であるのは確かだとしても、自分はその孫に過ぎない。
だから、王子様がなぜ自分にこだわっているのか、わからずにいる。
結奈は、ジョシュア・ローエルハイドの血がどれほど特別なものであるかを知らなかったからだ。
「でーもー、今日は、お祖父さまと夜会……初めてのお出かけ……」
「レティシア様」
すぐにグレイの声が飛んでくる。
(やっぱり、グレイ、秒でカウンター入れてくる)
それはそれで、ありがたいのだけれども。
少しくらいウットリさせてくれてもいいのでは、とも思う。
「さぁさぁ、レティシア様、大公様がお待ちかねですよ」
「そうだった!」
大股で歩きかけて、足をそろりと戻した。
祖父の前では、多少なりとも「Lady」でいたい。
貴婦人やご令嬢とはいかないまでも、だ。
階下を見ると、お祖父さまが結奈を見上げていた。
あの日のように。
結奈はなにも考えず、広げられた両腕の中に飛び込んだのだ。
今日は、そういうわけにはいかないが、祖父の笑顔に心拍数が上がるのは変わらない。
(う、う~……お祖父さまがカッコ良過ぎる……スーツ似合い過ぎだし)
いつもはラフな格好をしている祖父も今夜は礼装している。
ホワイト・タイ風ではあるが、いくつか正式ではない部分もあるようだった。
本からの知識でしかないので、はっきりとはわからないけれど。
(燕尾服の時は白い蝶ネクタイのはず? ベストはなくて、代わりに腰巻……じゃなかった……えーと……なんとかバンド……シルクハットも……?)
結奈の思い出せなかった「なんとか」は、カマーバンドという。
ホワイト・タイと呼ばれる白を基調とした燕尾服スタイルの礼装では、通常、身に着けることのないものだ。
首には、カマーバンドと同色のシルバーグレイの縦型ネクタイが緩く結ばれていた。
小脇に抱えたシルクハットも結奈のイメージより丈が短く丸みを帯びている。
礼装の体をとりながら、羽目を外している感があった。
(さすがだよねえ……おシャレってだけじゃなくて……茶目っ気がある!)
今すぐにでも階下に飛び降りたくなる。
とはいえ、さすがにあの時とは違い、グレイとサリーに全力で阻止されるに違いない。
すでにその気配を察知し、結奈はあえて静々と、階下に向かって足を進めた。




