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理想の男性(ヒト)は、お祖父さま  作者: たつみ
最終章 黒い羽と青のそら
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ウサちゃんの正体 3

 彼は、ウィリュアートン公爵家に着いていた。

 が、レティシアの元には行っていない。

 今のところ、ユージーンに任せておくつもりだ。

 

 レティシアの魔力を、彼は感じている。

 どこにいるかは把握していた。

 周囲に危険がないのも、確認済み。

 おかかえ魔術師が十数人いるが、たいしたことはない。

 あの国王付の王宮魔術師は、レイモンドの切り札だったようだ。

 

(そちらは任せたよ、ジーク)

(オレ、つまんねーんだけど?)

 

 ジークは、レティシアについている。

 レイモンドとは、彼だけで「話をつける」ことにしていた。

 

 レスターの時のこともある。

 たとえサイラスのように用意周到で、大技を使える魔術師がいなくても、だ。

 備えはしておきたかった。

 絶対などというものはないのだから。

 

(彼がレティを泣かせる前に、連絡がほしいのだよ)

(けどサ。あいつ、ウサギのこと、バラしちまったぜ?)

(しようがないねえ。レティは、あのウサギを気に入っていたというのに)

(また怒らせるんじゃねーか?)

(それならそれで、かまわないよ)

 

 彼には、レティシアの相手が、ユージーンでなければならない理由はない。

 数ある選択肢の内のひとつに過ぎなかった。

 機会は与えている。

 あとは、レティシアの気持ち次第だ。

 ユージーンが、彼の与えた機会を無駄にしようが、彼には関係なかった。

 

(アンタの孫娘が、怒って帰るって言い出したら、オレも帰るからな)

(彼を、つつき回すくらいはしてほしいね)

(当然、そうするサ)

 

 彼は、小さく笑い、即言葉(そくことば)を切った。

 ジークが、レティシアを守るのは、わかっている。

 その力を信じてもいた。

 だから、迷わず転移する。

 

「あまり良い夜ではないね、レイモンド?」

 

 いきなり声をかけられたことに驚いたのか、レイモンド・ウィリュアートンが、足を止めた。

 レイモンドは、テラス席に向かおうとしていたのだ。

 ユージーンの姿を探していたに違いない。

 ユージーンがどうするかはともかく、今夜は邪魔をされたくなかった。

 それに、そもそも、レイモンドと話をつけることを、彼は、主目的としている。

 

「こ、これは大公様。僕に、なにか、ご用でも?」

 

 一瞬、狼狽(うろた)えた姿を見せたが、レイモンドは、すぐに気を取り直していた。

 大派閥の貴族としての意地で、心を支えているのだろう。

 

 とはいえ、彼は、レイモンドの自尊心など気にかけてはいない。

 レイモンドが、彼の孫娘だけを狙わせたことに、腹を立てている。

 ウサギの耳が折れたと、泣くレティシアの姿を、思い出してもいた。

 自責の念も、もちろんある。

 それでも、レイモンドを許してはおけなかったのだ。

 

「きみと少し話がしたいのさ。どうかな? 私のために、少しばかり時間を割いてくれやしないかい?」

「生憎、私にも都合というものがございまして。これから、殿下に、ご挨拶に伺うところなのです」

「なにか、誤解が生じているね。私が、頼んでいるとでも思っているのかな?」

 

 レイモンドの前に、点門(てんもん)を開く。

 門の向こうの景色を、レイモンドが知っているかは、わからない。

 が、わからなくても、かまわなかった。

 いずれにせよ、レイモンドは、その門を抜けることになる。

 門を抜ければ、勝手に、そこに着くのだ。

 

「それは……脅しのように聞こえますが?」

「そう聞こえなければ、どれほど鈍いのかと呆れるところだったよ」

 

 彼は、目を、すうっと細める。

 レイモンドの靴先に、小さな炎が上がった。

 レイモンドが、びくりと体を震わせる。

 

「鏡があれば、きみも気づけたのだがね」

「ど、どういう意味……」

「私は、きみの嗜好を、とやかく言う気はない。ただ、偽物は、場合によって不快さを招く。そうは思わないか?」

 

 レイモンドの髪と目にかかっていた魔術を、彼は、あっさり()いていた。

 レイモンドも気づいたらしい。

 サッと、顔色を変える。

 

「きみのために門を開いているのが、わからないのかい?」

 

 彼は、冷ややかに、そう言った。

 口調に、いつもの穏やかさはない。

 彼にしてみれば、レイモンドを、今この場で始末しないだけでも、褒めてほしいぐらいなのだ。

 レティシアのために、我慢をしている。

 そして、それなりに後のことも考えていた。

 あくまでも「それなり」でしかないけれども。

 

「わ、わかりました……まいります……」

 

 レイモンドが、門に向かって足を踏み出す。

 門を抜けるの見とどけてから、彼も後に続いた。

 直後、門を閉じる。

 

「こ、ここは……?」

「ウィリュアートン公爵家は、最も古い貴族のひとつだ。この城は、外敵からの攻撃に備えて造られている。その程度は、知っているだろう?」

 

 ウィリュアートン公爵家の城は、かなり大きい。

 城塞として造られたものだからだ。

 見張り塔がいくつもあり、地下にも、土を塗り固めただけの、隠し通路が、張り巡らされている。

 通路の中には、侵入者を混乱させるものも混じっていた。

 行きつく先が、どん詰まりになっている。

 その1本に、彼はレイモンドを連れてきたのだ。

 

「こ、このような場所で……僕に、どのような話があると……?」

「夜のお手並み、というところさ」

 

 彼は、軽く肩をすくめてみせる。

 

 レイモンドの顔色は、ひどく悪い。

 額には、汗が浮いていた。

 焦げ茶色の瞳が、右往左往している。

 それでも、まだ立っていられるだけ、レイモンドは貴族なのだ。

 己の自尊心に(すが)りついている。

 

「きみの言う意味とは、多少、異なるがね」

 

 彼は、ゆるく握った右手を顎に軽くあて、レイモンドを見つめた。

 その瞳は、限りなく冷めている。

 試す価値はないが、試す必要はあった。

 彼は、レイモンドを試しているだけなのだ。

 

「これにサインをしたまえ」

 

 はらりと、レイモンドの前に、1枚の紙が落ちてくる。

 ちょうど手元のあたりで浮いたままになっている紙を、レイモンドが掴んだ。

 紙に視線を走らせている。

 

「こ、こんなもの……さ、サインなど、できるものか……っ……」

「そうかい」

 

 レイモンドは、紙を握り潰していた。

 そこには、レイモンドが父であるハロルドを殺したこと、それを悔いて蟄居(ちっきょ)することが書かれている。

 次の当主をトラヴィスに指名して。

 

「ぼ、僕が、父を、こ、殺したという、しょ、証拠はあるのですかっ?」

「証拠なんて必要ないさ。私は、知っているのだからね」

 

 ハロルドが不審な死にかたをしたと、ザックが言うので、彼は、ハロルドの葬儀に参列したのだ。

 遺体には、わずかだが魔術痕が残っており、それは頭に集中していた。

 

 魔術で人を殺すのは簡単だが、病死に見せかけるのは、腕が必要となる。

 心臓を貫くのは手っ取り早い方法ではあるものの、傷跡は隠しきれない。

 ひと目で、魔術による「殺害」だと露見(ろけん)してしまう。

 

 その点、脳の血管を切る方法は、病死に見せかけ易かった。

 ただし、鼻にせよ、耳にせよ、魔術の侵入に、本人が違和感を覚えるのは、避けられない。

 気づかれて暴れられでもすれば、相手を殺す前に魔術は解ける。

 

 魔術は万能ではなく、常に制約に縛られていた。

 それを熟知し、かつ、複数の術を同時に扱えなければ、病死に見せかけて、人を殺すことはできない。

 

「きみのお気に入りの魔術師は、帰っては来ないよ?」

「……ライラに、何を……」

「選んだのは、彼女自身だ。私は、きみにだって、こうして、選択肢を与えているじゃあないか」

 

 レイモンドの体が、小刻みに震えだす。

 喉を何度も上下させていた。

 

「こ、これに……さ、サインをすれば……ゆる、許すと……?」

「どうだろうね。サインをしてみなくちゃあ、わからないのじゃないかな」

 

 ラペル親子より、ずいぶんとマシな状況だろうと、彼は思う。

 ラペル親子には、選択肢など与えなかったのだから。

 

「ああ、そういえば、サインをするペンが必要だ」

 

 瞬間、レイモンドが叫び声を上げ、その場にうずくまった。

 右手の人差し指が、ぱっくりと割れ、血があふれている。

 

 ジャガイモの皮むきで、ユージーンは、また騒動を起こしたらしい。

 ジークから、話は聞いている。

 ナイフで指を削いでも、平然と皮むきをし続けていたという。

 比べると、なんともレイモンドは情けない。

 彼は、皮肉じみた言葉を、レイモンドに投げかけた。

 

「その程度で騒ぐものではないよ。きみは、皮むきなど、したことはないのだろうがね」


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