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理想の男性(ヒト)は、お祖父さま  作者: たつみ
最終章 黒い羽と青のそら
202/300

ご到着日和 2

 屋敷の者は、あの元王太子が来るのを嫌がっている。

 当然だ。

 もとより、あの元王太子が、レティシアにしつこくつきまとわなければ、数々の問題は、起きていない。

 

 レティシアの魔力顕現(けんげん)しかり、エッテルハイムの城しかり。

 

 私戦や、王都での「流行り病」については、元王太子も知らなかったらしい。

 サイラス1人の画策だと、大公から聞かされている。

 が、事の発端は、元王太子がレティシアに「粘着」したことなのだ。

 思うと、サリーを失いかけたグレイとしては、ほかの誰よりも、彼を歓迎する気にはなれなかった。

 さりとて、屋敷の主である公爵や大公が受け入れているのだから、勤め人であるグレイが拒否することもできない。

 

(レティシア様の仰る通り、旦那様の、お顔に泥を塗ることはできないからな)

 

 グレイは、執事であり屋敷のまとめ役でもある。

 ほかの者にも、言い聞かせなければならない立場だった。

 

 おそらく、みんな、こぞって「イジメ」をする。

 

 本音を言うと、グレイだって、そうしたい。

 暴力はともかく、困っていても、知らん顔くらいはしたかった。

 早く出て行ってほしいからだ。

 勤め人とは言うが、役に立つとは思えずにいる。

 足を引っ張るのは目に見えているのだし、むしろ邪魔にしかならないだろう。

 とはいえ、主の意向に沿うように考えるのが、グレイの仕事だった。

 

「それでは、レティシア様……朝当番、昼当番にも、彼を入れる、ということになるのでしょうか? 私は、列に並ばせる気はなかったのですが……」

 

 グレイの言葉に、レティシアが「うっ」と呻いた。

 

 朝当番、昼当番というのは、レティシアの食事に同席する当番のことだ。

 1日に2回、2人ずつなので、およそ3日に1回くらいの頻度で回ってくる。

 最初は、抵抗感を見せていた者も、今は楽しみにしていた。

 レティシアは、とても気さくに話してくるし、言葉遣いにもこだわりがない。

 勤め人同士の時より、少し丁寧といった調子でも、怒ったりはしないのだ。

 グレイが見ている限り、話題を振るのも上手(うま)かった。

 

「う、うーん……まぁ、しかたないね。そこは差別はナシの方向で」

「かしこまりました」

 

 気は進まないようだが、レティシアは、公平さを示そうとしている。

 嫌なことを、ほかの者にだけ我慢させるのは、気が引けるに違いない。

 彼女は、周りをとても気にかけてくれていた。

 以前のレティシアなら考えられないほど、迷惑をかけることを気に病む。

 

 屋敷の者を「ウチのみんな」と呼び、家族同然に扱ってもいた。

 そんな貴族令嬢は、どこを探してもいない。

 だから、周りもレティシアを大事に思っている。

 ゆえに、彼女を困らせたり、あまつさえ危険に(さら)したりするような輩は、嫌われて当然なのだ。

 

「では……レティシア様を、レティシア様とお呼びするように、言ったほうがよろしいのでしょうか……?」

「う……っ……」

 

 サリーが、少し戸惑い気味に、レティシアに聞く。

 レティシアは、またも呻いていた。

 しばらく、悩んでいる様子で、うんうんと唸っていたけれども。

 

「いや……サリー……それだけは……スルーでいこう……」

「するー、ですか?」

「無視するとか、さりげなく受け流すって感じ」

「そうですね。そこには、ふれないようにしましょう」

 

 グレイも、同意する。

 サリーが戸惑っていたのも、わかるからだ。

 あの王太子が「レティシア様」などと呼ぶところを想像すると、なんとも言えない気分になる。

 勤め人としては、名を呼び捨てるなどありえない。

 だとしても、今までのことを、全部なかったことにはできないのだ。

 レティシアにとっても、そうなのだろう。

 

「……逆に、気持ち悪いんだよね……こっちが名前で呼ぶのも、変な感じがするのに……サマづけされるっていうのは……なんかサムい……」

 

 本当に寒そうに、レティシアが、体を、ふるっと震わせた。

 おそらく、この「寒い」は、悪寒がするというのと似た意味合いに違いない。

 説明がなくとも、それは感じ取れた。

 

「では、その件はスルーします。みんなにも、そのように伝えておきますので」

「うん。そうしてくれると助かるよ、グレイ」

 

 その時、サリーからの視線に気づく。

 相変わらず、目でやりとりをした。

 

(あなたが聞いてよ)

(答えは、想像できてるんじゃないのか?)

(できていても……念のために確認は必要でしょう?)

 

 聞きたくない。

 とは、言えない。

 

 グレイは、サリーに弱いのだ。

 ようやくの思いで、婚姻を取り付けた女性でもある。

 聞いて確認してしまったら、逃げ場がなくなるとわかっていても、引くに引けなかった。

 

「あの、レティシア様……私どもも、彼を名で呼ぶのでしょうか……?」

「それは……そうなるね……」

 

 やっぱりと、逃げ場を失って、サリーともども、がっくりする。

 アリシアが、また悲鳴を上げそうだ。

 転移で屋敷に飛びこんで来て以来、アリシアの元王太子に対する発言のほとんどは「ヤバい」になっている。

 男性陣も彼のことは嫌っていた。

 が、彼女らは、女性の持つ特有の何かで、元王太子を嫌がっている。

 そう、嫌っているというより「嫌がっている」のだ。

 

「私も、かなり微妙な気分だけど、頑張るからさ……」

「はい……私も、努力いたしますわ、レティシア様……」

 

 名を呼ぶというのは、それだけで「個」を、認めたようなものだ。

 その認識が、人と人との距離を近く感じさせもする。

 2人の表情が曇っているのは「親しくなりたくない」気持ちの表れと言えた。

 仕事に対しては、徹底して割り切るサリーですら、こんな調子になっている。

 ほかの女性陣の反応は、火を見るよりも明らかだった。

 

「グレイも、大変だと思うけど、よろしくね」

「わかっております」

 

 グレイは、騎士だ。

 騎士には騎士道精神なるものがある。

 

 騎士たるもの、常に女性を守るべし。

 

 どんなに嫌だと思っていても、女性を盾にして逃げることはできない。

 むしろ、自分が盾となって、被害を食い止めなければ、と思った。

 

「お祖父さまみたいに、スルースキル上級者だったらなぁ」

「すきる……?」

「能力とか技術とか……技、みたいな意味だよ、グレイ」

 

 確かに、大公は、そういう意味では「あしらい」が上手いのだ。

 元王太子のことも、適当にあしらっているのが、わかる。

 あちらもあちらで、大公に対して不遜な態度を崩さないのだけれども。

 それすら大公は「スルー」していた。

 

「私も、大公様ほどのスルースキルを、身につけたいものです」

 

 本気で、そう思う。

 年齢どうこうではなく、大公は、すべてにおいて自然体。

 無理をしている様子がない。

 女性には穏やかに、男性には厳しく、ではあるが、いずれにせよ、簡単に受け流していた。

 

 グレイも、サリー以外の女性になら、そっけなくすることもできる。

 男性に対してだって、そつのない態度を取れるのだ。

 ただ、元王太子には、どうにも苦手意識が強くなっていた。

 

(さっきレティシア様にも言われただろう。押し負けてはいけない)

 

 貴族は、普通、かなり気取った話しかたをする。

 言葉を飾り、取ってつけたようなことを言う者が多い。

 が、元王太子は違った。

 考えられないくらい、言葉を飾らない。

 というか、飾りがチラとも見えない。

 思ったことを口にする性格なのだろうし、それをなんとも思っていなさそうだ。

 良いほうに捉えれば、正直だとは思える。

 さりとて、正直に過ぎるのも、どうなのか。

 

(厳しくしてもかまわない、ということだったな。それなら、人に配慮する、ということも覚えてもらわなければ)

 

 屋敷勤めでは、人との関係を大事にする必要がある。

 自分1人で成せることなどないからだ。

 お互いに協力し合って、生活が成り立っている。

 

(……あれに、人と協力するなんて、できるのか……?)

 

 ちょっと想像しただけも、無理だと結論づけたくなった。

 それでも、やるだけはやってみることにする。

 彼を一人前にできれば「有能」執事に格上げしてもらえるかもしれないし。

 

「レ、レティシア様! き、来ました! もうそこまで来てます!」

 

 外仕事をしているヒューが、部屋に駆け込んできた。

 一気に緊張感が高まる。

 レティシアの表情も、キリッと引き締まった。

 

「嫌だろうけど、みんなに、玄関ホールに集まってもらって!」

 

 言葉に、グレイとサリーは、それぞれの持ち場に走る。

 これから、嵐がやって来るのだ。


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