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理想の男性(ヒト)は、お祖父さま  作者: たつみ
第1章 暗い闇と蒼い薔薇
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楽しい勉強会 1

 結奈は爽快な目覚めに安堵している。

 昨夜はベッドに入るのが、それはもう怖かった。

 

(起きたら1人ぼっちの部屋なんてゾっとするよね)

 

 が、しかし。

 目が覚めても景色は昨日と変わらない。

 夢で眠って起きても、まだ夢の中。

 この趣味の悪いベッドはどうかと思うけれど、夢の中に居続けられているのならば、よしとしよう。

 

(起きられたのはいいとして……私、ここでなにするんだろ?)

 

 おそらく仕事なんてものは、ない。

 貴族令嬢が毎日どんな生活を送っているのか、知るはずもなかった。

 テレビや映画で見るのは、夜会だの舞踏会だので会話を楽しむ姿だったりダンスをしているところだったり。

 日常生活は、とんとわからない。

 

(う……ホッとしたらお腹減ってきた……とりあえず朝ご飯から始めよっかな)

 

 夢の中でも腹は減る、ようだ。

 昨夜は祖父と一緒の夕食が嬉しくて、たくさん食べてしまった。

 ずいぶんな食いしん坊だと思われているかもしれない。

 だが、祖父は終始にこにこしていて、王宮でのあらましを話すたびに、声をあげて笑ってもいた。

 行儀が悪いとか食べ過ぎだとか言われていないので、たぶん大丈夫だろう。

 祖母もよく「たくさん食べなさい」と言ってくれていたし。

 きっと食べないより食べたほうが安心してもらえるはずだ。

 

 ぺたぺたと素足で部屋を横切る。

 扉を開けて廊下に出て、階下につながる階段へと向かった。

 下に降り、大広間を抜けると食堂がある。

 いったい何人を収容するつもりだというくらい食堂も広い。

 祖父は帰ってしまっているので朝食は1人で取ることになるのだろうか。

 誰か一緒に食べてくれるといいのに、と思いつつ階段を降りようとした。

 とたん、悲鳴じみた声が上がる。

 

「ひ、姫さまッ!!」

「うひょあッ!!」

 

 大声にびっくりして結奈も大声を上げた。

 心臓が、バクバクしている。

 

(え? え? え? なになになに? どしたのっ?)

 

 すごい勢いでサリーが階段を駆け上がってくるのが見えた。

 その勢いのまま、駆け寄ってくる。

 

「そのような格好で外に出られますと、困ります!」

「へ……?」

 

 ついて来いとばかりに、先に立って歩くサリーの後ろに続いた。

 結奈からすると、きょとん、という感じ。

 

(スケスケのネグリジェならわかるけど……普通のワンピースだよ、これ)

 

 一応、寝間着として身につけてはいるものの、それほど寝間着っぽくはない。

 寝間着だと言われなければ、そうとはわからないくらいだ。

 上等なシルクのようではあるが、しっかりとした素材なので中が透けて見えるということもなかった。

 現実世界で考えても、この格好でコンビニエンスストアに余裕で行ける。

 

「お目覚めになられましたら、私どもをお呼びください」

「あ~……うん……ごめん、ね……」

 

 なかなか口調を崩すことに慣れない。

 ともすれば平身低頭、ごめんなさいをしたくなる。

 

(もっと仲良くなれれば楽なんだろうけどなぁ。嫌われてるって思うと、よけいタメ口は使いにくいって……)

 

 見知らぬ相手であるのは同じでも、祖父が相手だと自然に口調が崩れた。

 それが正しい作法なのかはともかく、肉親に対して結奈の敷居は低くなる。

 どこかで、許してもらえると信じているからだ。

 

「本日は、どのドレスになさいますか?」

「えっと……昨日のと似た感じのものがあれば……」

 

 フリフリぴらぴらのドレスは着たくない。

 似合うかどうかではなく、好みの問題だった。

 それに、なにしろ重い。

 いちいち裾を持ち上げて歩くのもかったるい、というのが本音でもある。

 サリーが奥の部屋からドレスを何着か持って出てきた。

 その中の1着を選ぶ。

 地味と言えば地味。

 けれど、結奈にとっては、そのくらいが、ちょうどいい。

 淡いベージュのワンピース。

 昨日とは逆に腰の前でリボンを結ぶタイプだ。

 

(これくらいなら自分で着られる……って、言ったらダメなんだろうね……これがサリーの仕事なわけだし……着物の着付けと同じだって思えば……)

 

 昨日はドレスの脱ぎ方がわからなかったのでいたしかたないとしても、人に着替えさせられるというのは、やはり恥ずかしさを伴う。

 見た目は若くとも、中身は27歳の大人なのだ。

 子供のように万歳させられる自分の姿に気恥ずかしくなる。

 とはいえ、サリーの仕事を奪うことはできない。

 結奈をきっちり着替えさせ、サリーは髪も()かしてくれた。

 今の結奈の髪は、背中まである、さらさらロングのストレート。

 起きた時に確認しなかったのでわからないが、寝癖がついていたのかもしれない。

 

(少しくらい寝癖ついてても、私は気にしないんだけどね……くくっちゃえばわかんないもん)

 

 仕事に行く際は、後ろでひとつにまとめていた。

 ショートヘアにせず、セミロングにしていたのは、そのためだと言える。

 寝癖を気にするのも、しばしば美容院に行くのも面倒。

 結奈は、あまり外見にこだわりがなかった。

 好きな男性もいなかったので、こだわる必要もなかったのだ。

 

「お食事になさいますか?」

「うん」

 

 うなずいてから、はたとなる。

 もしやまた「部屋にお運び」されるのではなかろうかと。

 

「サ、サリー」

「はい、なんでございましょう、姫さま」

 

 これ以上ないくらいに勇気を振りしぼった。

 ぼっちご飯が、どうしても嫌だったからだ。

 

「し、下で食べたいんで……食べたい」

「下、というのは食堂ということでしょうか?」

「そ、そう」

「かしこまりました」

 

 意外とすんなり受け入れられて驚く。

 レティシアの癇癪ぶりのおかげだとは知らず、結奈は素直に喜んだ。

 

(あー良かった! これで、お1人様は避けられるよねー)

 

 るんっとしながらサリーの後ろについて歩いた。

 もうそれがあたり前のようになっている。

 とりあえずサリーについて行けばいい、と勝手に思い込んでいた。

 屋敷のどこがどうなっているのかわからないので、1人歩きなどしようものなら、たちまち迷ってしまうだろう。

 それに、結奈には知らない家をうろつき回る習性などない。

 ここは「ウチ」ではあるが、知らない「屋敷」でもある。

 

「それでは、こちらへどうぞ」

 

 示されたのは昨日と同じ位置のイスだ。

 血縁関係者としての住人は両親と結奈の3人。

 それにしては広すぎる食堂に、昨日も驚いたのだけれど。

 

 今朝はもっと広く感じる。

 

 祖父がいないからだろう。

 結奈以外、食卓につく者はいなかった。

 

(これじゃあ……ぼっちご飯とおんなじじゃんか……)

 

 サリーと、マギーとは違う女性が後ろのほうに控えている。

 その横にはグレイもいた。

 声のとどく距離ではあれど、結奈の感覚からすれば遠過ぎる。

 もっと近くにいてほしかったし、できれば隣に座って話でもしながら一緒に朝食をとってほしかった。

 

(お貴族サマって、みんな、こんななの? 寂しくない?)

 

 お腹が減っていたはずなのに、食欲が減退する。

 人がいるのに、人がいない。

 そんな不条理があるだろうか。

 

(よし! しょんぼりしてても、しょーがない! こうなったら……)

 

 職場でだってソリの合わない相手はいた。

 派遣社員として働く中で培ったスキル。

 

 ザ・嫌われていることに気づかないフリ。

 

 相手の嫌な雰囲気をスルーして、しつこく食い下がる。

 そうすれば、いつしか相手が折れてくれるのだ。

 砕けた口調には抵抗感があるけれど、振り切ることにした。

 いっそ開き直るべし。

 

「あのさー、サリー、お祖父さまって、すっごく素敵だと思わない?」


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