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あるとき、小さな女の子が妖精の森に足を踏み入れました。
彼女は、一度だけでも妖精に会ってみたかったのです。そしてあわよくば、友達になりたかったのです。
噂通り、森に入った途端、木々はまるでデタラメに動きました。
最初は面白がっていた女の子ですが、やがて道に迷ったことに気付きます。日が落ちて夕方になってくると、とうとう心細くて泣きだしてしまいました。
「おや、こんな所で泣いている子がいる」
澄んだ声がしたので、女の子は顔を上げました。
そこには一人の妖精が立っていました。
「もしかしてあなたが、この森にすむ妖精?」
「そうだよ」
女の子の問いに、妖精は頷きました。
「君はどうして、こんな所にいるんだい?」
「わたしね、お母さんの言いつけをやぶって、この森にきちゃったの」
「それはいけないことだね」
「ごめんなさい。でも、どうしてもあなたとお友だちになりたかったから」
「ぼくと友達に?」
「ええ、そうよ」
「でもぼくは妖精だよ。怖くないのかい?」
妖精が尋ねると、女の子は何度も首を横に振りました。
「あなたは、とってもやさしい妖精よ。だって、泣いてるわたしに声をかけてくれたもの。それに、いままでこの森でまよった人たちも、さいごにはおうちにかえしてくれてるわ」
それは、この森が危険だということを他の人間たちに知らしめるためにやったことなのですが、女の子は別の解釈をしてしまったようです。
「とにかく、もう夜になるから、家にお帰り」
妖精は、女の子を家に帰そうとしました。
すると女の子は、再びその場で泣きだしてしまいました。
「いまからかえったら、家につくのがまよなかになっちゃうわ。お父さんとお母さんに、すごくおこられちゃう」
どうやら女の子は、帰りのことまで考えずに家を飛びだしてきたようです。
めそめそと涙を流す女の子を前に、妖精は困ってしまいました。
「仕方ない。ぼくの靴を貸してあげるよ」
妖精は、自分が履いていた靴を脱ぐと、女の子に差しだしました。
「すてきなくつね」
あまりにお洒落だったので、女の子はすぐに泣きやみ、目を輝かせながら妖精の靴を眺めました。
「これは、この森で一番大きな精霊樹の枝で作った靴なんだ。これを履けば、あっという間に君の家へ戻ることができるよ」
「ほんとに?」
「その代わり、君が履いている靴と交換でいいかい?」
「ええ。お安いごようよ」
女の子は、自分が履いていた靴を脱ぎました。
妖精が短く呪文を唱えると、妖精の靴がみるみる小さくなり、女の子の足にぴったりの大きさになりました。
「履いてごらん」
女の子は恐る恐る、小さくなった妖精の靴に爪先を入れてみました。
「わあ、すごい」
女の子は目を見開きました。靴は、本当にぴったりだったのです。まるで、初めから彼女のために作られたかのように。
「次は、君が今一番会いたいと思う人を思い浮かべるんだ」
「それなら、まちがいなくお父さんとお母さんね」
すると、女の子の体がふわりと浮かび上がりました。びっくりする女の子に、妖精は優しい声で言いました。
「心配しなくていいよ。今から靴が、君を家まで運んでくれるから」
「くつなのに、そらをとぶの?」
「それは、君が小さくて軽いからさ」
「こわいわ」
「目を瞑っていれば、一瞬だよ。さあ、もうお行き」
「まって」
女の子は不安そうな目で、妖精の顔を見つめました。
「また会いにきてもいい?」
妖精は寂しげに笑うと、首を横に振りました。
「もうここに来てはいけないよ。人間がここに長く留まると、体が変化して元に戻らなくなってしまうから」
「じゃあ、もう会えないの?」
「君がこの森であったことや、この靴のことを秘密にしてくれたら、いつか会えるかもしれないね」
「わかったわ。わたし、ぜったいにだれにも言わない」
そう約束した途端、小さくて軽い女の子の体は、風のように飛んでいきました。
「さようなら、妖精さん。たすけてくれて、ありがとう」
女の子の別れの言葉を木の葉に乗せて。
「やれやれ」
妖精は溜め息を吐くと、再び短く呪文を唱えました。すると女の子の履いていた靴が、妖精の足にぴったりの大きさになりました。
「ふむ、人間が作ったにしては、なかなかいい仕上がりだ。ちょっと見ない間に、職人の腕もだいぶ上がったみたいだね」
妖精は人間の靴を履くと、森の奥へと戻っていきました。