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【書籍化・コミカライズ】 残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~  作者: 西根羽南
第五章 残念、復活

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ハンカチには意味があるそうです

「仕立て屋を使って、イリスに改装していないことを伝えましたね?」

「俺は服を仕立てただけだよ」


「あの仕立て屋は、イリスとも懇意です。わざとでしょう」

「そっちこそ、勝手な話を伝えただろう?」

「――とにかく、関わらないでください!」


 兄妹のまさかの口論に、イリスは呆気にとられていた。

 ベアトリスはいつも穏やかで優しいお姉さんという感じだったし、エミリオもまた同じだった。

 こんな風に声を荒げるところなど、見たことがない。

 エミリオは肩をすくめると、イリスを見て微笑んだ。



「イリス。――ファンディスクの話を聞きたくないか?」



 一瞬、エミリオの言葉が理解できなかった。

 だが、次の瞬間『碧眼の乙女』の存在が脳裏に蘇る。


 ――まさか。

 あれは、全四作だったはずだ。

 それに、何故エミリオが。


 混乱して動けないイリスの手を、ベアトリスが掴む。

 イリスとクレトを引きずるようにしてそのまま屋敷を出ると、アラーナ家の馬車に押し込んだ。




「話したいことはありますし、一緒に行ってあげたいのですが。今はとにかく急いでください」

 そう言うと、御者に出発するように促す。

「公爵家に来てはいけません。手紙も出してはいけません。私が行きますから、待っていてください」


 窓越しにそう訴えるベアトリスの表情は真剣そのもの。

 だからこそ、エミリオの言っていたことは冗談などではないのだとわかった。

 事情は分からないが、『碧眼の乙女』との戦いは、まだ続いているのかもしれない。



「……イリスさん、これは一体何なんですか?」

 イリス以上に事態が理解できないであろうクレトは、心配そうだ。

「大丈夫だから。……内緒よ?」

 ダリアはもちろん、ヘンリーにでも伝えられようものなら、ややこしいことになってしまう。

 イリスは精一杯の微笑みを浮かべて、口止めをした。




「お帰りなさいませ、お嬢様。ヘンリー様がいらしていますよ」

 ダリアに促されてクレトと共に応接室に向かえば、ちょうどヘンリーが紅茶を淹れているところだった。


「お帰り、イリス。もう疲れはとれたのか?」

 これはきっと他意はなく、言葉通りの意味だろう。

 そうは思うのだが、ヘンリーを回避したいという思いのせいで、何だか後ろめたい。


「……うん。大丈夫。良く寝たから」

 そう言ってから気付いたが、よく考えると馬車ではなかなか恥ずかしい恰好で寝ていたのではないか。


 ずっとヘンリーにもたれて、頭を抱き寄せられていた気がしないでもない。

 というか、モレノの宿では気が付いたら朝だったわけだが。

 やはり、ヘンリーがイリスを運んだのだろうか。


 いや、考え始めると止まらなくなるから、やめよう。

 イリスは素で残念なのだから、たぶんいびきをかいて、よだれでも垂らしていたに違いない。

 ヘンリーの上着はきっと、びしょ濡れだ。


 ……駄目だ。

 それはそれで恥ずかしくて切ない。



 気持ちを切り替えようと首を振るイリスの前に、ヘンリーが紅茶を差し出す。

「ありがとう」

 相変わらず良い香りの、美味しい紅茶だ。

 温かい湯気に包まれて、イリスの気持ちも和らいだ。


「元気ならそれで良いが。……どこに行っていたんだ?」

 ヘンリーの一言で、あっという間に和んだ気持ちは吹っ飛んでいく。

 何とも儚いものだ。


「……バルレート公爵家よ」

「一人でか?」

 ヘンリーの眼差しに、言いたいことにやっと気づく。

 これは、一人で出歩くなという約束のことなのだろう。


「クレトと一緒だったし、馬車だから大丈夫よ」

「そうか」

 納得したらしいヘンリーは、紅茶に口をつける。


 それにしても、一体ヘンリーは何をしに来たのだろう。

 イリスが外出したのを知って来ているわけではなさそうだが、もしかして疲れはとれたのか様子を見に来たのだろうか。


 いや、いくら何でもそんなに過保護なことはないだろう。

 きっと、何かのついでに寄ったのだ。

 そうに決まっている。

 お願いだから、そういう事にしてほしい。


 今のところ、うまい具合に羞恥心が荒ぶるような事態は起こっていないが、ちょいちょい危険な香りがする。



「今日は、これを渡そうと思って来たんだ」

「何? ハンカチ?」

 ヘンリーから受け取ったそれは、シンプルな白いハンカチだった。

 よく見てみれば、同じく白い糸で何かが刺繍されている。


「モレノ侯爵家の紋章だ。……婚約指輪が遅れているだろう? 出来上がるまでもう少しかかるというから、その代わりに」

「わざわざいいのに。ありがとう」


 イリスとしては以前にもらった指輪で十分なのだが、それは別だと言って準備しているらしい。

 詳しくは知らないが、作るのに時間がかかっていて、婚約披露パーティにも間に合わなかったのだ。



「……婚約の証、ですね」

 ハンカチを覗き込むと、クレトがそう呟いた。


「そうなの?」

「国によっては婚約指輪と同じ扱いだそうですよ。騎士に恋人の女性がイニシャルを入れたハンカチを渡すという話もあります」

「クレトは物知りね」

 感心していると、クレトは残念な眼差しでイリスを見つめ、ため息をつく。


「イリスさんがそういったことに興味が無さ過ぎるだけですよ。自分のイニシャルを入れたハンカチを渡すのには『私の代わりにそばに置いてください』という意味があるそうです。……女性で知らない人がいるとは思いませんでした」

「ご、ごめんなさい……」

 やんわりとした非難の響きに、思わず謝罪してしまう。


「そういうことだから、ちゃんと持っていてくれよ」

 苦笑するヘンリーにうなずくと、イリスは早速ハンカチを身に着けた。

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