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お久しぶりです

「……そう言えば、クレトはどこに行っていたの?」

 クレトは外出中だとダリアは言っていたが、それにしては帰宅が早い気がする。


「ラウルさんの所ですよ。でも、採寸だか打ち合わせだかでいなかったので、帰ってきました」

「ラウルと何をして――いえ、いいわ。言わないで」


 ラウルは以前、肉の女神(イリス)を守るだか崇めるだか不穏な事を言っていた。

 あれも、もしかすると多少の好意があるということなのだろうか。

 いや、それは自意識過剰というものか。

 そうすると、本当に肉を崇めていることになるが、それはそれで怖いので聞きたくない。


「先日決着がつかなかった議論を続けようと思ったんです」

「議論」


 何だ。

 思っていたよりも、ずっと大人で建設的な集まりなのか。

 クレトも伯爵を継ぐわけだし、ラウルだって職人見習いだ。

 将来について熱く語る仲間がいるのは、良いことだ。

 ちょっと安心していると、クレトが笑顔でうなずいた。



「はい。イリスさんには何色が似合うかで、半日費やしました」

「……あなた達、何をしているの」


 全然建設的でも将来のことでもなかった。

 何だ、その議題は。

 半日も話し合う内容が、どこにあるというのだ。


「今日はバルレート公爵家に行っているらしいので、明日にでも議論を再開しようと思います。……イリスさんには黄色です。これは譲れません」

「色はどうでも良いけど、公爵家は改装中で立ち入れないんじゃないの?」

「この間も打ち合わせに行っていたので、違うと思いますよ」

「じゃあ、まだ改装を始めていないのかしら」


『バルレート公爵家に近付くな、手紙も出すな』という伝言をもらって、それなりの時間が経ったと思うのだが、どういうことだろう。

 あまりに大規模な改装で、準備が進まないのだろうか。


 だとしたら、これはチャンスだ。

 今ならベアトリスに会えるかもしれない。

『碧眼の乙女』の記憶の代償の話をベアトリスにも聞いておきたい。

 ついでに、面倒見の鬼(ヘンリー)が家に来たとしても、上手く回避できるではないか。



「クレト、この後予定が無ければ、ちょっと付き合ってくれない?」

「え? イリスさんとなら、どこまでも行きますけど」

「バルレート公爵家に行くだけよ。屋敷の前まででいいんだけど。一人で出歩かないって約束しているから」


 ここで約束を破って、面倒見の鬼(ヘンリー)の不興を買うのは避けたい。

 残念ブーストは切れたが残念は健在で、羞恥心はあるなんて、どうなるのか怖すぎる。

 この間は非常時だし眠かったので、運よく生き延びただけだ。

 ここは堅実に安全策をとっていきたい。


「ヘンリーさんとの約束ですよね。……やっぱり、そういうことですよね」

 何故だか、クレトがため息をついている。

「都合が悪いなら、無理しないで良いのよ?」

 クレトが駄目なら、ダリアを説得しよう。

 ベアトリスに会いに行くだけなら、きっと問題ないはずだ。


「一緒に行きます。俺、ヘンリーさんも好きなので」

「そう? ありがとう」

 理由はよくわからなかったが、これで一人ではないので外出できる。

 久しぶりに友人に会えると喜ぶイリスを見て、クレトは苦笑した。




「俺、帰りませんよ。どうせ帰り道にも同行者が必要でしょう? それに、せっかくだからイリスさんのお友達にご挨拶したいです」

 断固意見を曲げないクレトを連れて、イリスはバルレート公爵家の応接室にいた。


 屋敷は改装の予定など微塵も感じさせない静けさだ。

 きっと延期されているのだろうと思いながら、紅茶に口をつける。

 公爵家の紅茶とお菓子はいつも通り素晴らしくて、そのおいしさと懐かしさに思わず口元が綻ぶ。


『碧眼の乙女』の記憶がよみがえるまでは、四人でお茶を飲んでは話をしていたものだ。

 シナリオ通りの死を避けるために残念に応戦しようと決意したのが、もう遠い日のようだった。



「久しぶりだね、イリス」

 応接室の扉が開くと、黒髪に灰色の瞳の青年が入って来る。

「エミリオ様。お久しぶりです」

 慌てて立ち上がったイリスに、青年は笑顔を向けた。

「ちょっと見ない間に、綺麗になったね」


 エミリオ・バルレートは、ベアトリスの兄で、公爵家の跡継ぎだ。

 イリス達は公爵家に集まることが多かったので、すっかり顔見知りである。

 昔からこうしてお世辞を言う人だったが、今は羞恥心が復活しているのでやめてほしい。


 顔が良い年長者に褒められるというのは、恥ずかしいものだ。

 何故、今まで平気だったのだろう。

 エミリオからすれば、妹の友達にいつも通り接しているだけなのだろうが、こちらは何だか落ち着かない。


「お世辞はいらないですよ」

「正直に言っているだけなんだけどな」

 さすがは年長者。

 さらりとお世辞をお世辞と思わせないような言い回しだ。

 感心している間も、エミリオはイリスをじっと見つめている。


 もしかして、疲労から目に隈でもできているのだろうか。

 それは別の意味でも恥ずかしい。

 視線を逸らすと、何だか不満そうなクレトと目が合った。



 その時、勢いよく扉が開かれた。

 突然部屋に入って来たベアトリスは、エミリオを睨みつけると大きな声を上げる。


「――お兄様! よくも、勝手なことを!」


 激昂する妹に、エミリオはにこりと微笑んだ。

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