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素で残念でした

「おはようございます、お嬢様」

「……ダリア?」


 目を覚ましたイリスは、ぼんやりとした記憶をたどる。

 確か、別邸から馬車に乗って帰宅したはずだ。

 襲われてヘンリーが来た後からは、疲労と眠気のせいで記憶が曖昧になっていた。


「まったく。移動はほとんど寝ていただなんて、年頃の令嬢としてありえませんよ、お嬢様」

「途中までは立っていたのよ。でも、眠くて」

「どうしてそこで立つのですか。普通に座ってください」

「だって、背中が」


 そこまで言いかけて、ダリアにはモレノの事情を話せないことを思い出す。

 腕には包帯が巻いてあるし、着替えの際に背中も見ているだろう。

 自分では確認できないが、たぶん青くなるか腫れるかしているはず。


 婚約者の祖父母の家に行って帰ってきただけで、負傷している理由をどう説明したものか。

 それに、昨日ヘンリーあたりが説明したのかもしれない。

 情報の齟齬があってはいけないだろう。



「ダリア。私、眠くて覚えていないんだけど。昨日、ヘンリーから説明された?」

 イリスの着替えを手伝うダリアに、恐る恐る聞いてみる。

「はい。伺いました」

「……何て言ってたの?」

「お嬢様は到着した翌日に池を凍らせてそこで滑って転んだ、と。その際に手と背中を負傷。たまたま都合がついて合流したヘンリー様と、そのまま帰ってきたそうですね」

「……だいぶ、浮かれた残念っぷりね」


 モレノの事情や襲撃を話せないのはわかるが、酷く残念な理由だ。

 何が残念かと言えば、ダリアがこの説明を微塵も疑っていないところだろう。

 イリスの日頃の残念が功を奏しているというか、仇となっているというべきか。


「私はヘンリー様に申し訳なくて、涙が出そうでしたよ。あれほど凍結はほどほどに、とお伝えしましたよね?」

「う、うん」


 ほどほどに靴やら瞼やらを凍らせたのだが、これも言えない。

 思った以上に、モレノの事情を話せないというのは面倒くさい。

 ヘンリーも行動の凍結の時には、こんな風に葛藤があったのだろうか。

 羞恥心が落ち着いたら、聞いてみよう。


「お嬢様、聞いていますか? ヘンリー様から打ち身の薬も預かっていますが、無理はせずに大人しくしてくださいね。クレト様も外出していますから、散歩も控えてください」

「うん、大丈夫。だいぶ腕も上がるようになったし、乱闘でもしない限りは平気よ」

 モレノの薬のおかげか、ほとんど痛みもない。

 加工された指輪の威力もおかしかったが、モレノ印の薬も効果が高いのかもしれない。

「伯爵令嬢が乱闘なんて言葉を使わないでください。ヘンリー様に愛想を尽かされてもしりませんよ」




「イリスさん、お帰りなさい。怪我は大丈夫ですか?」

 庭でダリアの淹れた紅茶を飲んでいると、クレトがやってきた。

「ただいま。平気よ。もう大丈夫」


 出がけにイリスへの好意を知ってしまったが、こうして話していると今までと変わりない。

 これは羞恥心にも慣れて、問題なく馴染んだということかもしれない。

 だとしたら、もうヘンリーに怯える必要もなくなるので安心だ。


「イリスさんは、か弱いから。気を付けてくださいね」

 か弱いと言えば聞こえは良いが、単に貧弱なだけだ。

『毒の鞘』は狙われる、というのを身をもって体験した以上、やはり鍛錬は必要だと思う。

 魔法の鍛錬はそのまま続けるとして、どうしたら令嬢ボディの体力を向上させることができるだろうか。

 悩むイリスの手を、クレトがそっと握ってきた。


「……どうしたの?」

 手に何かあったのかと見てみるが、特に何もない。

 もしかすると、包帯が気になって見ているのだろうか。

 モレノ印の包帯は、普通のものよりも伸縮性に優れていて、関節の動きを妨げない優れものなのだ。

「包帯が気になる? 見せてあげたいけど、外すと一人で巻き直せないの。ダリアを呼んでこようか?」

 

 椅子から立ち上がろうとするイリスを、慌ててクレトが制止する。

「違いますよ。……おかしいなあ。この間は伝わったと思ったんですけど」

「伝わった?」

 首を傾げるイリスの手を握ったまま、クレトがじっと見つめてくる。

 小動物のような可愛らしい上目遣いに、心が和んだ。



「――俺、イリスさんが好きなんです」

「……はい?」

 突然の言葉に、思わず聞き返す。

 聞き間違いだろうかと首を傾げるが、クレトは真剣な眼差しでイリスを見つめ続けている。


 これは、あれか。

 本当に好意があるよということか。

 そう気付いた瞬間に、何だか恥ずかしくなってきた。


「――か、からかわないの」

「ずっと言ってますけど、本気ですよ。……イリスさんは俺のこと眼中にないから、あしらっているんだと思ってたんですけど。気付いていないだけだったみたいですね」


 あしらっていたわけではない。

 ただただ残念な思考によって防御されていただけだ。

 これがヘンリーならば、羞恥心ゼロの残念ブースト無敵装甲の力なのだろうと納得できる。

 だが、クレトは『碧眼の乙女』の記憶が戻る前から知っている。

 よくよく思い返せば、その頃からずっとイリスを嫁にすると言い続けていた。

 あれは、冗談ではなかったのか。

 ……というか、今もクレトに好きと言われるまで包帯のことしか思い浮かばなかった。


 これが、イリスの素の残念と鈍感の力。

 ブーストしていなくても、かなりの実力ではないか。

 こうなると、今までのイリスはただの残念の化身でしかないということだ。

 自分の残念さに、イリスは打ちひしがれた。



「まあ、ヘンリーさんのことは認めていますし、イリスさんが俺を認識してくれただけでも嬉しいです。何かあれば、遠慮なく婚約解消して戻ってくださいね。俺、いつでも待ってますから。……イリスさん? どうしたんですか?」

 クレトに手を握られたまま、イリスはうなだれる。


「うん。ちょっと、自分の残念さに驚き、打ちのめされているの」

「何だかよくわかりませんが、そんなイリスさんも好きです」

 クレトの笑顔が、今はつらい

「やめて……」

 これ以上、混乱させないでほしい。

 羞恥心が戻って、引き換えに残念が落ち着くのかと思っていたが、そんな簡単な話ではなかった。


 イリスは、素でかなり鈍感で残念なのだ。

 なのに、羞恥心は戻ってしまった。

 せめてどちらかは落ち着いてほしかったのに、なんて残念な展開だ。

 頭を抱えるイリスを、満面の笑みでクレトが眺めていた。

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