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自然って、難しい

「ヘンリーとニコラス、大丈夫かしら。それに、御者の人は」

 カロリーナと共に馬車に戻る。

 手すりを掴むと腕が痛んだので、手を使わずに乗ろうとすると、今度は背中が痛い。


 負傷しているのだとは思うが、単に令嬢ボディが突然の動きに対応できず筋肉痛、という可能性もある。

 座って背もたれに触れるとやはり痛いので、もたれないように背筋を伸ばす。

 力が入れば痛みはあるが、直接圧迫されるよりは幾分ましだ。


「御者は気絶させられていたわ。情けない。……まあ、怪我がなくて良かったけど」

 やたらと姿勢が良くなったイリスの隣にカロリーナが座る。

 こちらは怪我一つなく、剣を鞘に納める所作が美しい。

 同じ悪役令嬢だというのに、この差はどういうことだろう。

 イリスは残念に特化したおかげで生き延びたわけだが、こういう時には少しばかり情けなくなる。



「問題ありません。本来、ニコラス様も必要ありません」

 ビクトルは扉を閉めると、窓越しに外を見ている。

「……久しぶりに大人数相手を見ましたが。相変わらず、いかれた腕前です」


 感心しているのか呆れているのかわからない口振りでそう言うと、早々にカーテンを閉めて座った。

 ちょっと気になって窓に視線を向けていると、それに気付いたビクトルが苦笑する。


「見ない方がよろしいですよ。御婦人には、刺激が強いですから」

 そんなことを言われると、かえって気になる。

 だが、ビクトルからの『見るな』という視線を受けて、仕方なく諦めた。


「ビクトル、遅かったじゃない。まあ、あっちが予想より早く来たんだけど」

「カロリーナは、ヘンリーが来るって知っていたの?」

「知らなかったわよ? 来るだろうな、とは思っていたけどね」


 どういうことなのかわからず、イリスは首を傾げる。

「今朝、ニコラスが朝一番に別邸に来てね。ヘンリーの指示でイリスの護衛を任された、本邸に戻れ、って」



「お二人がドロレス様に同行したと知ったのは、出発した日の深夜でした。そこにイリス様が狙われているという情報が入ったので、すぐにニコラス様に連絡を入れました。ヘンリー様はどうしても外せない仕事があったので、昨日の夕方に本邸を出発しています」


 ビクトルはそう言うが、イリス達は馬車で一日半かけて移動しているのだから、どうも時間が合わない気がする。


「ほぼ休憩なしで馬に乗りましたので。何とか間に合いましたね」

「……え? まさか、一晩中?」

「誰かさんが急ぐと仰るので」

 大袈裟に肩をすくめたビクトルは、視線をちらりと窓に向ける。


「それであの人数を相手にするんだから、相変わらず体力もおかしいわよね、あいつ。……まあ、今回は助かったわ」

「双方出発して、モレノの宿で合流する予定だったのですが、あちらが予想以上に早く来ましたね」

「嫌な話ね」

 剣を肘掛の中にしまっていたカロリーナが、ため息をついた。

「……イリスも、手伝ってくれたでしょう?」


「え?」

「あの男達がやたらと転んでおかしな動きだったの、イリスの魔法でしょう?」

「うん。私にはあれくらいしかできないから。……邪魔だった?」

「そんなことないわ、助かった。でも、馬車の中で待っていなきゃ駄目よ。扉を開けるのも駄目」

 普段は優しいカロリーナの厳しい表情に、自分の過ちを悟る。


「一応、馬車の中にはいたのよ。でも、扉は開けてたから、引っ張りだされたのよね。ごめんなさい」

「引っ張り出された? ……やっぱり、イリスを狙ったのかしら」

「おまえがイリス・アラーナだな、って確認されたから。そうだと思う」


 はっきりと名前を言ったのだから、イリスに用があったのは間違いないだろう。

 だが、何故狙われるのかがわからない。

 これが、『毒の鞘』は狙われる、ということなのだろうか。




「あとは、俺が同行する。ニコラスは仕事に戻れ」

「やれやれ。本当に『毒』使いの荒い次期当主だよ」

 扉が開くとともに声が聞こえ、ヘンリーが乗り込んできた。

 無事な様子に安堵するが、頬に血がついているのを見て、イリスの鼓動が早まる。


「ヘンリー、顔に血がついてる」

 ハンカチを取り出して渡そうとして、腕と背中の痛みで手を上げられないことに気付いた。


 ――これはまずい。

 既に手にハンカチを持っているし、ヘンリーに声をかけてしまった。

 ここで渡さなければ、何事かと疑われてしまう。

 どうにか自然に、ハンカチを渡さなければ。


 自然に。

 自然に。



 沈黙の後、イリスは鋭い下手投げでハンカチをヘンリーに投げつける。

 力加減を間違ったハンカチは、ヘンリーのお腹に勢い良く突撃する形で受け取られた。


「……どういう渡し方だよ。普通に渡せばいいだろう」

「手が滑ったのよ」


 どうにか自然に渡せただろうか。

 だが、ヘンリーはじっとイリスを見ると、ハンカチを持ったまま目の前にやってくる。

「な、何?」


 そう言えば、イリスはヘンリーを回避するために別邸まで行ったのだ。

 結果的には、あのまま家にいるよりも早く会うことになっている気がする。

 やはり、この『碧眼の乙女』の世界では、イリスに回避は許されないということなのだろうか。

 それとも、残念になるように世の中が巡っているのだろうか。


 イリスが思考に耽っていると、気が付いた時にはヘンリーに手首を掴まれていた。

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