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【書籍化・コミカライズ】 残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~  作者: 西根羽南
第四章 残念なお披露目

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番外編 ビクトルの声援

「ヘンリー様、いつまでそうしているつもりですか」


 ビクトルの主人は、イリスが休む部屋の前から離れる様子はない。

 扉の横の壁にもたれるようにして立っているヘンリーを見て、ビクトルは眉を顰めた。


 イリスが『毒の鞘』の試験を受けたのは昼間のこと。

 意識を失ったイリスを運んだのは、他ならぬヘンリーだ。

 だが、ヘンリーはアラーナ家から侍女が来てイリスの看病を始めても、夜になっても、部屋の前から動かなかった。


 別に、体力的には問題ない。

 ちょっと徹夜したくらいで弱るような、やわな男ではない。

 それでもこうして様子を見に来たのは、ただの徹夜ではないからだ。



「今日の仕事は終えているだろう」

 確かに、モレノの次期当主としての仕事は済ませてある。

 だが、ビクトルが言っているのはそういう事ではない。


「イリス様が起きるまで、そこにいるつもりですか」

「……どうかな」

「ヘンリー様も顔色が悪いですよ」

「『毒』がざわついたからな。仕方ない」

「イリス様に忘れられたからですか」

 ビクトルの指摘に、ヘンリーは苦笑する。


「俺を忘れたら、ちゃんと知らない男を警戒できているんだが。……元々はそれなりに警戒心もあったということだろうな。何で今はあんなに無防備で残念なのやら」

「……良かったですね」


「ああ、これから警戒心を取り戻すことも夢じゃなさそうだ」

「――イリス様がヘンリー様を思い出して」

 ふと、ヘンリーの動きが止まる。



「……まだ、わからない」

「倒れる前に、ちゃんとヘンリー様の名前を呼んだじゃありませんか」

「それでも、まだわからない」

 表情が曇るヘンリーを見て、ビクトルはため息をついた。


「珍しく、弱気ですね」

 モレノ侯爵家次期当主にして、『モレノの毒』の継承者で、剣の腕前も一流。

 威張るようなことはないが、普段のヘンリーは自分の立場と力量を自覚して堂々と振舞っている。

 それが、何とも弱々しい限りだ。


「情けない話だな」

「そうですね」

 暫し、沈黙が流れた。



「それで、いつまでこうしているつもりですか」

「……待つって、約束したからな」



『待つから。だから。――俺を、呼べよ』



 あれは約束と言うよりも、ヘンリーの一方的な宣言だ。

 いや、願望と言うべきか。


「……継承者と『毒の鞘』は、どうして()()なんでしょうね」

 ビクトルは、思わずため息をつく。


「何だ?」

「ロベルト様とドロレス様の話を知っていますか?」

「行動の凍結でプロポーズがごたついた話か?」

 首を振るビクトルをじっと見ているということは、本当に知らないのだろう。


「婚約中にドロレス様が重い病に伏しまして。当時の当主から『鞘』は務まらないだろう、と婚約解消を勧められました。ですが、ロベルト様は頑として承諾せず、自ら看病してそばを離れなかったそうです」

「……それで?」


「薬のおかげか看病の甲斐あってか、奇跡的に回復して結婚し、今に至ります。……ロベルト様いわく、『毒の鞘』は精神的支柱なんだとか。いない方が狙われないので仕事上は都合が良いくらいだが、継承者が『毒』と共に生きていくには必要不可欠なのだそうですよ」

「そうか」


 ヘンリーは口元に微かに笑みを浮かべる。

「……そうかもしれない」



「以前、ロベルト様が話してくださったんです。いつか、ヘンリー様も『毒の鞘』を持つだろうから、と。……正直、私自身はイリス様に『毒の鞘』が務まるのか半信半疑です。ですが、ヘンリー様の様子を見る限り、やはりイリス様が『鞘』なのでしょうね」


 体力があって、剣が使え、度胸があり、聡明な女性が相応しい、とビクトルは思う。

 だが、結局のところ選ぶのはヘンリー。

 選ばれたのは、イリス。

 これは仕方のない現実で、たぶん覆ることのない事実だ。


 ロベルトとドロレスが()()なのだとばかり思っていたが、継承者と『鞘』はそもそもそういう関係性なのかもしれない。

 彼らの役割を考えれば、それは必要な関係とも言えた。

 ビクトルはため息をつくと、小さなバスケットをヘンリーに手渡す。


「軽食と水が入っています。イリス様が目覚めた時にヘンリー様が倒れていたら、笑いものですよ」

「ああ、そうだな。……ありがとう」



 ********



「――ようやく見つけましたよ、ヘンリー様! やっぱりイリス様の様子を見に来たのですね」


 婚約披露パーティーの主役の姿が見えず探し回っていたビクトルは、もう一人の主役であるイリスの支度部屋の前で目的の人物を見つけた。

 ヘンリーの予想通りの行動に、ため息が出る。



「旦那様が探していましたよ。……ああ、イリス様。お似合いです。ヘンリー様の瞳の色ですね」


 イリスは濃い紫色の、品の良いドレスに着替えていた。

 先刻までの光を放つ球体のようなドレスは眩しくて見ていられなかったので、着替えてくれてありがたい限りだ。

 何より、ヘンリーの瞳そのものの、濃い紫色が良く似合っていた。


 紫色のドレスに金色のレースという、二人の瞳の色を取り入れたドレスは、まさに婚約披露に相応しいと言える。

 多少やりすぎな気もするが、着るのはビクトルではないので問題ない。


「婚約披露とはいえ、あまり独占欲を出し過ぎるのもどうかと思いますよ、ヘンリー様」


 この色合いはつまり、イリスはヘンリーのものだという宣言と同じだ。

 今回のパーティーの目的がまさにそれを周知させることだとはいえ、見ている方はお腹いっぱいである。

 大体、縁談という縁談を一刀両断していたヘンリーが、ここまでイリスに夢中になると誰が予想しただろうか。


 残念部分を差し引けば紛うことなき美少女のイリスなので、周囲の男性を牽制したいのはわかる。

 だが、やはりちょっとやりすぎではないか。

 どれだけ大事なんだよ、と突っ込みたくなるのも仕方がない。

 呆れ気味のビクトルに、口元を押さえたヘンリーが首を振った。



「……いや。俺じゃない」

「は?」


 ビクトルは訝し気に聞き返す。

 ヘンリーがこの色を指定したのだろうに、何を言い出すのだ。

 それとも、イリスの提案なのだろうか。


「ち、違うわ! これは、残念からの淑女と気品がテーマで、そういう意味じゃないの!」


 イリスが何やら慌てている。


「この生地を勧めてくれたのはラウルだし、レイナルドは関係ないの」

「へえ、あいつが勧めた生地なのか」


「……イリス様、逆効果ですよ」

 どうやらイリスはドレスの色が持つ意味を理解していなかったらしい。

 だが、照れているにしても、他の男性の名前を出すのは良くない。

 ヘンリーの機嫌がみるみる下降していくのがわかった。


 イリスもヘンリーを好いてくれてはいる。

 だが、何というか。

 方向性が違うというか、段階がおかしいというか。

 ともかく、ヘンリーの好意が上手く伝わりきっていない気がする。



「……へ、ヘンリーの瞳の色です。全身くまなくヘンリーです。ごめんなさい……」 

 じっと見ているヘンリーの重い視線に耐えかねたらしいイリスが、呟く。

 そこそこ凄いことを口走っている気もするが、これもきっと、無自覚なのだろう。

 主人の好意が鉄壁の何かに弾かれている様子を見ると、ビクトルとしても面白……いや、切なくなる。


 うなだれているイリスの肩を、ヘンリーが優しく叩いた。

 あの笑顔のヘンリーは、しつこい。

 わかっているだけに、ビクトルは主人の未来の妻に同情した。


「――後で、ゆっくり話そうな」


 絵に描いたような笑顔に、金の瞳の少女は凍り付く。

「がんばってくださいね、イリス様」



 ――継承者は『毒の鞘』を離さない。


 まだ理解していないであろうイリスに、ビクトルは声援を送った。



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