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自覚してくれよ

「だが、指示に従わなかった点は、何のお咎めもなしというわけにはいかない」

 ヘンリーが視線を移すと、オリビアが姿勢を正した。


「今までは力が弱いのと女性だからと、あまりモレノの仕事に関わっていないだろう。今後は、遠慮なく戦力として数える。――俺の手足となって、働け」

 見本のような良い笑顔に騙されそうになるが、言っていることがなかなか酷い。


「て、手足って……」

「ニコラスは既に俺の手足として動いている。あれの弟子という形で学べ」

 ニコラスというのが誰かイリスにはわからないが、モレノの一員なのだろう。

 どうやらオリビアは知っているらしく、怯えつつもうなずく。


「は、はい。ヘンリー兄様のそばで、手足となって頑張ります」

「……オリビア、あんたニコラスの仕事を知らないの?」

 ずっと黙っていたカロリーナが、訝し気に問いかける。

「え?」

 オリビアの困惑する様子に、カロリーナは首を振った。


「ヘンリーになんて、ほぼ会えないし、馬鹿みたいに忙しいわよ。あいつは最前線で働く『毒』だからね」

「……そ、そんな」

 言葉を失うオリビアの肩を、カロリーナが憐みの表情で叩いた。



 事態が呑み込めずヘンリーを見てみると、先程までと違う優しい笑顔でこちらを見ている。


「これで、良い?」

「え? いや、何だか良くなさそうな気が」

「イリスの望むようにしたつもりだけど」

「ええ? 私、女の子に手足になって働けとか言ってほしいわけじゃないんだけど」


 何故、あの酷い発言がイリスの意思ということになっているのだ。

 イリスは残念なのであって、非道ではないはずだ。

 すると、やりとりを見ていたドロレスが笑う。


「ヘンリーの『毒』の資質がわかった時には、心配したものだが。……良い『鞘』を見つけたね」

「――はい」

 ヘンリーの笑顔に、ドロレスも微笑みを返す。


「イリス、ヘンリーを頼んだよ。ちょっと用ができたから、私とオリビアは明日の夕方には帰るが、田舎にも遊びにおいで」

 ドロレスはそう言うと、カロリーナと固まったオリビアを連れて部屋を後にした。




 ドロレス達を見送るために立っていたイリスは、扉が閉まると同時に眩暈に襲われた。

 さすがに、疲労で限界に近い。

 倒れこむようにソファーに座ると、目を閉じてゆっくりと息を吐いた。


「イリス、大丈夫か?」

「……できれば、手短にお願いしたいわ」

「ん?」

「さっき、後でゆっくりって……。あ、ないならいいの。私、帰るわ」


 覚えていないのなら、それで良い。

 このまま帰って、家で眠ろう。

 病み上がりにパーティーからの話し合いは、さすがに疲れた。

 帰りの馬車で眠る自信があるし、明日も遅くまで起きられそうにない。


 ソファーから立ち上がろうとするが、手首を掴まれる。

 そのまま手を引かれ、もう一度ヘンリーの隣に座らされた。


「イリスは何で後で話をしよう、って言われたのか……わかってる?」

「え? ええと……?」

 レイナルドとラウルの名前を出したら反応したような気がするが、そもそも何故だろう。


「やっぱり、わかっていないな」

 考え込むイリスを見て、ヘンリーは苦笑する。



「俺はね、嫉妬してるの」


「え、何で? ヘンリーも生地を選びたかった?」

「ちょっと違うな」

 イリスのドレスに視線を落とすと、柔らかな笑みを浮かべる。


「……このドレスを見た時に、嬉しかったんだ。イリスが俺の瞳の色のドレスを、着てくれたから」

「そ、それは」

「うん。違うんだろう? ちょっと残念だったけど、イリスらしいから、それでも良かったんだ。イリスが俺の色なのは、間違いない事実だったしな」


「お、俺の色、って」

 何という表現をするのか。

 聞いているこちらが、びっくりしてしまう。


「でも、レイナルドが何だとか、ラウルが勧めた生地だとか。他の男の名前が出たから、嫉妬したんだよ。イリスは俺のなのに、ってな」

「お、俺のって」


 さっきから、ヘンリーが何だかおかしい。

 パーティーでもこんな物言いだったが、あれは祝い事でのリップサービスのようなものだろう。

 今ここで言う事ではない気がするのだが。

 首を傾げるイリスを見ていたヘンリーは、苦笑する。



「普通、こんな説明をわざわざするものじゃないと思うんだけどな。俺のイリスは残念だから、一から説明しないと伝わらないことが多い」

 甘いことを言われたのかと思ったのだが、どうやら苦情だったらしい。

 無駄に色々考えてしまった。


「ごめんなさい?」

 釈然としないままに謝ると、頭を撫でられる。


「イリスは否定したけどな。俺は優しくなんかない。必要ならオリビアに『毒』を盛るのも平気だよ。でも、イリスが嫌がるから。俺を心配して止めてくれたから、従った。……わかるか?」

「え? それって、やっぱり優しいんじゃない」

「違うよ。イリスのためだからだよ。俺はイリスが大切だから、悲しませることはしたくない」


 そう言うと、左手をすくい取ってイリスを立たせる。

「疲れたろう? 送るよ」

「あ、ありがとう」


 ゆっくり話をしようと言っていたが、どうやらこれで終わりのようだ。

 結局、イリスは残念だという苦情を伝えたかったのだろうか。



「このままだと、帰したくなくなるからね」

「え?」

 驚くイリスを見る眼差しは優しい。



「俺の、大切で残念な、『毒の鞘』。……もう少し自覚してくれよ」



 ヘンリーはそっとイリスの指輪に口づける。

 その瞬間、イリスの瞼の奥に閃光が走った。





※残念令嬢の短編集、「残念の宝庫」を作成しました。

本編、番外編以外のお話はこちらに置きます。

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