残念な夜会の定義
残念な令嬢になるからには、取り巻きを作ってはいけない。
残念なのだから、周囲に人がいるのはおかしいはず。
かと言って、一人孤独でいるのも悪役感があるので良くない気がする。
とりあえず、誰かといればいいのだろう。
「――ということで、ちょっと一緒にいてもらえる?」
前後を端折った雑な説明に怪訝な顔をしたものの、食堂に来たヘンリーはイリスの隣でお茶を飲んでいる。
「……お願いした私が言うのもアレだけど、何で一緒にいてくれるの?」
「本当におまえが言うな、だな。それより紅茶に肉は、やめてくれ」
ヘンリーは紅茶と共に、イリスの頼んだ肉の揚げ物を食べている。
スイーツを食べたら負けな気がして頼んでみたものの、結局のところ油に敗北して一口しか食べていない。
残すのも捨てるのもどうかと思って持ち帰ろうとしているところを、ヘンリーが食べると言ってくれたのだ。
「だって、一番残念な組み合わせかと思って」
「どういう選択基準だよ」
文句を言いつつも、肉を口に放り込む。
行動派のカロリーナのしりぬぐいをすることが多かったと聞いたことがあるし、面倒見が良いのだろう。
「私としては、一緒にいればヘンリーに熱を上げてますアピールになるから一石二鳥なんだけど」
「鳥一羽分しか理解できないが。アピール以外に何があるんだ?」
「群れず、孤独にならず、誰かといられればいいかと思って」
「よくわからないが、女友達と過ごせばいいんじゃないのか?」
「それは駄目。……巻き込みたくないから」
イリスは立派な残念令嬢になるのだから、その友人だなんてデメリットしかないだろう。
それに、もしもこの戦いに敗北したら、イリスは断罪の末に牢で死ぬのだ。
これ以上、誰にも迷惑も心配もかけたくない。
「……まあ、俺としてもイリスと一緒にいれば女共に絡まれることも少ないし、自由に動ける時間が増えてありがたいけどな」
そう言って、残りの肉を口に入れると紅茶で流し込んでいる。
もしかして、気を使ってくれたのだろうか。
顔が良くて、家柄が良くて、面倒見も良いなんて、絡まれるのも仕方ない。
一年後にイリスが生きていられたら、お似合いの素敵な令嬢を紹介してあげよう。
そうして毎日残念令嬢を目指して頑張っているうちに、あっという間に夏の夜会が近付いてきた。
シナリオでは、イリスはレイナルドをパートナーにして参加し、リリアナに見せつけることになっている。
それは避けつつ、残念に応戦しなければならない。
「残念な夜会って、何かしら。やっぱり、パートナー不在で寂しい一人参加かしら」
学園主催の夜会は、ドレスアップして食事とダンスを楽しむものだが、大抵は異性のパートナーを連れて参加する。
ここに一人で参加するというのは、クリスマスにカップル限定のレストランで一人で食事するようなものだ。
「いいわね。実に残念だわ」
その上でレイナルドとリリアナを冷やかしに行けば完璧だ。
「いや、待って。応戦という意味では、他のパートナーを連れて、勘違いラブラブアピールというのもありなのかしら」
一人参加は残念度は満点だが、戦わずして敗北しているとも言える。
この場合の正解は、どれになるのだろう。
「一人で考えていても、らちが明かないわ。ちょうど剣の稽古もあるし、シルビオに男性の意見も聞いてみましょう」
シルビオが来たというので庭に行ってみると、見たことのある人物の姿があった。
「何でヘンリーがいるの?」
「イリスの所に剣の稽古に行くと言ったら、ついてきたんだよ」
シルビオはそう言うと、手荷物を置いて稽古の準備を始める。
「暇だからって、見ても面白くないわよ」
邪魔しに来るような人ではないので、暇つぶしに見学ということだろう。
颯爽と剣を振るうというのならともかく、ようやく金属の剣を持ち始めたばかりでヨロヨロなのだ。
見てもつまらないだろうし、見られるのもちょっと恥ずかしい。
だが、ヘンリーは何も言わずにじっとイリスを見ている。
「どうしたの? 黙っちゃって」
「……イリス、だよな?」
「そうだけど?」
探るような視線に心当たりがなく、首を傾げる。
「イリス、その恰好」
シルビオが助け舟とばかりに指摘する。
「え? ああ! そうか。傷のお化粧してないから、わからなかった?」
「あの傷、化粧だったのか。……いや、化粧というか……」
「ボリューム調整も家ではしてないのよ。蒸れて暑いから、あれ。……そんなに違うかしら?」
残念令嬢状態と今の姿がかけ離れているとしたら、努力が実っているということだ。
それは、とても嬉しい。
自分の体を改めて見てみる。
稽古のために、今日も乗馬用のピッタリとしたズボンと襟を広げたシャツを着ている。
動きやすくて涼しくて最高だ。
この格好で過ごしていたいが、ダリアが怒るので鍛錬の時だけにしている。
この戦いに勝って生き残ったら、お祝いにこの姿で過ごすようにしよう。
「調整って……何で、そんな」
言い淀むヘンリーに、イリスはきっぱりと言い放つ。
「生きるための戦いです」
何かぶつぶつと呟き始めたヘンリーは放っておいて、シルビオに先程の夜会の件を尋ねてみる。
「夜会で残念というなら……まあ、一人で参加じゃない?」
「そうよね、やっぱり。ありがとうシルビオ」
となれば、夏の夜会は一人寂しく残念参加に決定である。
「……何の話だ?」
「学園の夏の夜会。残念に参加したいから、一人で行くことにしたわ」
「だったら、俺がパートナーになるよ」
呆れ顔のヘンリーの提案に、イリスは首を振る。
「それじゃあ、残念にならないから、お断りするわ」
ヘンリーは何だか慌てているが、残念第一なのだから仕方がない。
「婚約阻止のために、他の男が好きなアピールをするんだろう? 夜会は絶好の機会じゃないか」
「――確かに」
イリスは口元に手を当てて考える。
シナリオでは、秋の夜会でレイナルドとの婚約発表になる。
それを防ぐためにも、今は他の男が好きなアピールも必要な時期だ。
「じゃ、パートナーになってくれる?」
「ああ、引き受けるよ」
何故かほっとした様子のヘンリーを見て、シルビオが苦笑している。
「俺もちょっと興味があるな、その夜会」
確かに、残念度で言えば侯爵家のヘンリーよりも、どこの誰だかわからない男を連れている方が良いのかもしれないが。
「シルビオは学生じゃないから入れないし、顔が良いから駄目よ」
美男子を連れていたら、残念度が下がるではないか。
それを言ったらヘンリーも残念度が低いが、そこは仕方がない。
今回は残念度よりも婚約阻止のためのアピールに力を入れよう。
「そうか。じゃあ仕方がないな。なあ、ヘンリー?」
何だか楽しそうなシルビオに、ヘンリーは曖昧な返事を返した。