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【書籍化・コミカライズ】 残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~  作者: 西根羽南
第四章 残念なお披露目

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ヘンリーの色

「――まあ! とっても素敵よ、イリスちゃん」

 ファティマはイリスを見つけるなり、目を輝かせた。


「何て視力に効く生地なのかしら。二色あるところがまた、目に痛いわ。しかも、ねじれた縫い合わせ方なのね。目が回るわ。それに、その鏡! 良いわね。少しの光も逃さずに攻撃に変えようという意思を感じるわ」


 およそドレスの感想とは思えぬ褒め言葉と共に、ファティマはイリスの周りをウロウロして見て回る。

 うんうんとうなずくと、満足気な笑みを浮かべてため息をついた。


「大満足よ、ありがとう。それじゃあ――着替えていらっしゃい」

「え?」

 ファティマは微笑みながら、イリスの手を取った。



「『毒の鞘』の試験のことは聞いたわ。イリスちゃんに余計な負担をかけてしまったわね。私からもお詫びするわ。オリビアのことはヘンリーに一任するとコンラド様も言っていたから、あなたは自分の体を大切になさい」


 当主であるコンラドもまた、事の次第を知っているということか。

 当然と言えば当然だが、しなくても良い凍結と『毒』の解除の末に高熱を出したイリスとしては、ちょっと情けない。


「残念なドレスは着ている方も体力を奪われるでしょう? それでも着たのは私がリクエストしたからよね。ごめんなさいね」

「い、いえ。せっかくだから見てほしいのもありましたし。もう体も平気ですし」


「パーティーを中止にするかもしれないとヘンリーは言っていたのに、残念ドレスまで着ているのはどうしてかと思ったら。イリスちゃんの意思なのね。……本当に、あの子は甘いわね」



 それは、ヘンリーの見通しが甘いということだろうか。

 確かに、イリスは残念ドレスを着ないという選択肢を持っていなかった。

 ファティマに見せてあげたいというのもあるが、せっかく作ったドレスを着たいというのは女の子の願望だ。

 それがわからないなんて、やはり残念な乙女心を理解せず、見通しが甘いということだろう。


「でも、無理は良くないわ。普通のドレスもあるのでしょう? 着替えていらっしゃい。つらいようなら、無理せずに部屋に下がって休んで良いのよ。後のことはヘンリーがやるから」

 そう言って手を引かれたイリスは、そのまま支度部屋までファティマに付き添われた。


 元気ならファティマのためにも血塗れミラーボールとして会場を徘徊したいところだが、さすがに今日は無理だ。

 パーティーの主役という慣れない事態に加えて、その後にオリビアのことで話まである。

 無茶をすれば倒れかねないので、素直に着替えることにした。




「とてもお似合いですよ、お嬢様」

「ありがとう」


 残念ドレスの時と違い、心からの笑顔でダリアが褒めてくれる。

 やはり、普通のドレスにはお世辞の効果が付随しているようだ。


「きっと、ヘンリー様も喜びますよ」

「うん? ああ、そうね。ヘンリーは残念なドレスよりも、普通のドレスの方が良いのよね」


「大抵はそうだと思いますが……。ですが、今日は特に喜んでくださいますね」

「確かに、元々ヘンリーは婚約披露パーティーに残念ドレスはいらないって言ってたわ」

 きっと、早々に普通のドレスに着替えれば喜ぶのだろう。


「いえ、その。……偶然ですか?」

「何が?」

 イリスの問いに、ダリアは憐れむような眼差しを送る。


「……いえ、何でもありません。ヘンリー様が不憫なだけでございます」

「え? 何それ?」

「さあ、お化粧を直しましょうね」

 ダリアはイリスの言葉を遮ると、早速化粧に取り掛かった。




 もう一つのドレスは、残念の正反対である淑女と気品をテーマにした。


 侯爵家の嫁が血塗れミラーボールだけでは、さすがにまずいと思って、せめてもの対応である。

 焼け石に水な気はするが、やらないよりはマシだろう。

 芯から残念な婚約者ではなく、残念な趣味を持った婚約者ということになるはずだ。

 ……こういうのを、五十歩百歩と言うのだろうが。


 わかりやすく高貴なイメージの濃い紫色のドレスは、装飾を控え目にして生地の美しさを存分に見せる作りだ。

 白いレースは、花を模した柄が紫の生地の上でよく映えている。

 胸元の部分だけ金色のレースが使われているのは、残念ドレスとの対比だ。

 同じ金色でもこちらは品があり、金と白のレースで作られた薔薇の花も可愛らしい。


 何といっても、目が痛くないし、重くない。

 残念ドレスを脱ぎ捨てたイリスは、羽が生えたと錯覚するくらいには体が軽くなっていた。




 晴れ晴れとした顔で着替えを終え、スキップして部屋を出ると、ヘンリーが待っていた。


「ヘンリー、こんなところで何をしてるの?」

 主役が会場のお客様を放置して休憩するのは、どうなのだろう。

 それを言ったら、イリスも会場にいないので同じだが。


「体調が悪いなら、イリスはもう下がって良いと思ったんだが。……元気そうだな」

 どうやら、解放感からのスキップをしっかりと見られていたらしい。


「残念なドレスを脱いだから、体が軽いのよ。特に今回は鏡を縫い付けたから、重量が凄くて」

「……そうか」


 ヘンリーはそれ以上何も言わずに、じっとイリスを見ている。

 普通のドレスなのに、お世辞も出ないとは。

 このドレスはいまいちということだろうか。

 若干心配になってヘンリーの様子を窺うと、何となく顔が赤い気がする。


 ……何だろう。

 ヘンリーの方こそ、体調が悪いのだろうか。



「――ようやく見つけましたよ、ヘンリー様! やっぱりイリス様の様子を見に行ったのですね」

 ヘンリーを探していたらしいビクトルが、ため息をついてやって来た。


「旦那様が探していましたよ。……ああ、イリス様。お似合いです。ヘンリー様の瞳の色ですね」

「え?」

「イリス様の瞳の色も入っていますね」

「ええ?」


「婚約披露とはいえ、あまり独占欲を出し過ぎるのもどうかと思いますよ、ヘンリー様」

 呆れ気味のビクトルに、口元を押さえたヘンリーが首を振る。


「……いや。俺じゃない」

「は?」

 ビクトルが訝し気に聞き返す。



 ヘンリーの瞳の色は、紫色だ。

 イリスのドレスも、紫色だ。


 これは、つまり。

 ――まるで、ヘンリーのために色を揃えたみたいではないか。



「ち、違うわ! これは、残念からの淑女と気品がテーマで、そういう意味じゃないの!」

 慌てるイリスを見て、ビクトルはうなずく。

「はあ、なるほど。ヘンリー様の未来の妻として温良貞淑を表した、と」


「だから、違うわ! もう、何てことなの。レイナルドの時と同じミスをするなんて!」

 婚約者なのだから、別にそれでも良いのかもしれない。

 だが、狙って色を揃えるのと、うっかり揃ってしまったのとでは気持ちが全然違う。


 凡ミスがなくならないのは、残念ゆえだろうか。

 イリスに芯まで染みついた残念が恐ろしい。



「……レイナルドって何だ?」

 ヘンリーの静かな低い声に、イリスは失言を悟った。

 何故か、ヘンリーはご機嫌斜めだ。

 ヘンリーとレイナルドは仲が悪かっただろうか。

 ほとんど接点もなかったような気がするのだが。


「何でもないわ、気のせいよ」

「何でもなくないだろうが」


「この生地を勧めてくれたのはラウルだし、レイナルドは関係ないの」

「へえ。あいつが勧めた生地なのか」

「……イリス様、逆効果ですよ」


 ビクトルの突っ込みを聞くまでもなく、ヘンリーの表情でまたも失言したらしいと気付く。

 さすがは残念の先駆者(パイオニア)

 残念がとどまるところを知らない。



 じっと見てくるヘンリーの視線が重い。

「……へ、ヘンリーの瞳の色です。全身くまなくヘンリーです。ごめんなさい……」 

 無言の圧力にちょっと泣きそうになってしまう。

 何に対しての謝罪なのか、自分でもよくわからない。


 イリスがうなだれていると、ヘンリーが優しく肩を叩いた。

 微笑むヘンリーを見て、ようやくこの件も終わると喜んだのも束の間。



「――後で、ゆっくり話そうな」



 ……笑顔が怖い。


「がんばってくださいね、イリス様」

 固まるイリスに、ビクトルの応援が空しく響いた。

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