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ごめんね、ヘンリー

「――イリス! 良かった、目が覚めたのね」

 瞼を開くと、カロリーナが安堵の表情で抱きしめてきた。


「カロリーナ?」

 しっかりと目を開けて見てみれば、イリスはソファーに横になっていた。

 わけがわからぬまま体を起こそうと手をつくと、刺すような痛みに思わず手を引く。


「何……?」


 見てみれば、右手に包帯を巻かれている。

 どうやら怪我をしたらしい。


 でも、いつの間にそんなことになったのだろう。

 思い出そうにも、まったく心当たりがない。

 よくわからずに怪我をしていることに、イリスは首を傾げた。


「まだ、混乱してるのね」

 カロリーナはそう言って、もう一度イリスを抱きしめる。

 何か心配をかけたらしい、ということだけはわかった。


「気分はどうだ?」

 茶色の髪の少年が問いかけてくる。


「大丈夫です。ただ、何だか寒いんですけど」

 妙に体が冷えて仕方がない。

 この部屋の気温が低いのだろうか。


 だが、カロリーナに寒がる様子はないのだから、個人的に寒いだけのようだ。

 風邪でも引いたのかもしれない。



「……イリス?」

 少年が訝し気な表情でこちらを見ている。

「はい?」


 返事と共に、きらきらと光る何かがイリスの周囲に現れては消える。

 一体、この光は何だろう。

 気にはなったが、すぐに消えてしまったのでよくわからなかった。


「本当に、大丈夫なのか?」

 少年が差し出した手が目の前に伸びて、驚いたイリスは体を引いた。

 びっくりしたのはこちらなのに、少年の方が驚いた顔をしているのは何故だろう。


 すると、またきらきらしたものが目の前に現れる。

 左手でそれを捕まえてみると、手のひらで溶けて消えた。

 どうやら、小さな氷の欠片のようだった。


 何故かそれがとても大切な気がして、じっと手のひらを見つめる。

 すると、一瞬、ぐらりと目が回った。


 傾いだ体は何かに支えられ、ソファーから落ちるのを免れたようだった。

 ぐらぐらと揺れる視界が、気持ち悪い。

 イリスはゆっくりと深呼吸した。

 眩暈が落ち着いて目を開けると、少年がイリスを抱きしめるようにして支えていたことに気付く。



「――きゃあ!」

 思わず悲鳴と共に、少年を突き飛ばす。

 現れた氷の欠片と共に、少年の手が離れた。


「イリス? どうしたの?」

 カロリーナが少年とイリスを交互に見比べる。

「ごめんなさい、びっくりして。……すみませんでした」


 謝るイリスを見る少年は、明らかに顔色が悪い。

 そんなに気分を害したのだろうか。

 確かに、ソファーから落ちそうなところを助けてくれたのはありがたい。

 だが、イリスだって年頃の女性だ。

 突然抱きしめられたら驚くのは当然だろう。



「――俺が誰だか、わかるか」


 少年が、恐る恐るという様子で訊ねてきた。

 きらきらと氷の欠片が現れては消える。


「ごめんなさい。……どこかで会いましたか?」


 その言葉に、少年とカロリーナが息を呑んだ。

 そんなに驚くということは、どこかで会っているのだろうか。

 だが、思い出そうにも、やはりまったく心当たりがない。



「オリビア! あんた、何をしたの!」

 カロリーナが金髪の少女に食ってかかっている。


「ヘンリー兄様を忘れるように、暗示をかけました」

「あんた……!」


 カロリーナが少女の胸ぐらを掴む。

 優しいカロリーナがあんなに怒っているのを、イリスは初めて見た。


「カロリーナ、落ち着きなさい。もって半日だ」

 老女はそう言ってカロリーナを宥めている。


 もって半日とは、一体何の話だろう。

 さっきから、何が何だかよくわからない。



 どうやらここはモレノ侯爵家のようだが、カロリーナ以外は知らない人ばかりだ。

 少年はカロリーナに似た端正な顔立ちだから、親戚なのかもしれない。


 一体、ここで何をしていたのだろう。

 遊びに来て倒れたのだろうか。


 さっきから何だか寒いし、氷が舞っているが、これも意味がわからない。

 そう考えている間にも、氷の欠片は目の前で煌めいては消えていく。



「……あと少しって、言ったよな?」


 顔色が悪いままの少年が、真剣な顔でイリスを見つめていた。

 あと少しというのは、何の話だろうか。


「待つから。だから。――俺を、呼べよ」


 少年の表情は変わらない。

 なのに、何故か泣きそうに見えた。



 紫色の瞳に見つめられて、イリスの中の何かが加速する。

 周囲に冷気が溢れ、体がどんどん冷えていく。

 イリスの周囲に現れた氷の欠片が集結して、抱えきれないほどの大きさになった瞬間、一気に砕け散った。


 きらきらと煌めく氷の雨の中、冷え切った体に、どっと疲労感が襲い掛かる。

 ぐらぐらと視界が揺れて、天も地もわからなくなる。

 とても体を支えていられない。


 少年は傾ぐイリスを支えると、そっとソファーに横たえる。

 どんどん重くなる瞼を必死に開けて少年を見ると、なけなしの力でどうにか微笑む。


「……ごめんね、ヘンリー」


 かじかむ唇で何とかそう言うと、イリスは意識を失った。

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