残念令嬢の残念な学園生活
金髪碧眼と、赤髪緑目の二人が教室に入ってくる。
なんて目立つのだろう。
実にわかりやすいヒロインとメインのカラーに、感謝したい。
レイナルドとは婚約の話が出ているので、一応顔見知りではある。
標的に間違いなし。
いざ、戦いの火蓋は切られた。
イリスの脳内に、法螺貝の音が響き渡った。
「久しぶりね、レイナルド」
「え? ……イリス?」
声をかけられて振り返ったレイナルドは、美少年にあるまじき珍妙な顔でイリスを迎えた。
いいぞ。
引いている引いている。
頑張って傷の化粧とボリューム調整をした甲斐があるというものだ。
「入学早々、可愛い彼女ができたなんて、羨ましいわ! とっても素敵な子ね!」
リリアナを見れば、こちらも微妙にひきつった顔でイリスに会釈する。
引いてるのは嬉しいけど、ヒロインはそんな顔をしては駄目だろう。
レイナルドに見られたらどうするんだ。
一点の曇りもないヒロインスマイルで、レイナルドを虜にしてもらわないと困る。
「私も好きな人がいるので、二人で仲良く登校なんて憧れるわ!」
頑張ってハイテンションに褒めて攻めてみた。
残念な容姿をアピールできたのは成果と言えるが、凄く疲れた。
キャラ設定を間違えたみたいだ。
もう少し、疲労度の低い方法にしよう。
さて、残念な悪役令嬢になるためには、優秀な成績は禁物だ。
この日の魔法の授業では、蝋燭に火をともすのが最終目標だった。
リリアナはさっそくヒロインスペックを見せつけて、小さな火の玉を出して皆に喝采を浴びている。
これは、頑張っても火が点かないのが正解とみた。
「あー、難しいわね」
イリスは蝋燭に向かって、呟く。
心からの本音に周囲も違和感を感じないらしく、聞き流してくれる。
頑張っても火をともすことができない、残念な令嬢感が出ているのだろう。
イリスは謎の死対策として、魔法を学んでいる。
本を読んでの独学だが、悪役令嬢のハイスペックにより、それなりに魔法を使えるようになっていた。
しかし、そこは独学。
こうして教科書を見て教師に教えを受けながら魔法を使うというのは、イリスにとって新鮮だった。
好奇心から炎を点けてみたいという気持ちもあったが、残念令嬢である以上、そんな危険な真似はできない。
なので、こっそりと蝋燭の芯を凍らせようと頑張っていた。
どうせ火は点けないのだから、問題ないだろう。
蝋燭の芯の中心一点だけを、周囲にばれずに凍らせる。
魔力のコントロール練習にもなって、一石二鳥ではないか。
そう思ったのだが、これがなかなか難しい。
気を抜くと芯の周囲に氷が現れそうになるのだ。
「リリアナ・サラスさんの他は、まだ難しいみたいですね。今日はここまでです」
教師の声を合図に、次の授業に向かうため生徒が移動を始める。
もう少し頑張りたかったが、仕方がない。
集中が途切れたせいで、芯の上で小さく氷が爆ぜた。
小さな氷の欠片が鼻に入り、イリスは思わずくしゃみをする。
その瞬間、教室中の蝋燭が氷の塊に包まれた。
「え……」
拳大の氷の塊が多数出現する事態に、移動し始めていた生徒も教師も固まった。
イリス以外蝋燭に向かっていない状況で、イリスのくしゃみの後にこの状態。
誰も何も言わずとも、視線はイリスに集中した。
これは、まずい。
鍛錬の成果がこんなところで仇となるとは。
「……わ、わあ! どうしたのかしら、不思議な蝋燭ね!」
どうしようもないので、蝋燭が勝手に凍ったことにしてその場を立ち去る。
視線は痛かったが、イリスがやったという明確な証拠もないのだから、何とかなるだろう。
偶然です。
気のせいです。
不思議な蝋燭が勝手に凍っただけです。
講義では、居眠りをすることにした。
授業中寝ている令嬢なんて、実に残念だろう。
だが、伯爵令嬢程度では放置してもらえず、起こされた。
公爵令嬢のベアトリスなら許されたのかもしれないが、仕方ない。
真のお馬鹿となるためには、平均を理解していなければならないと思ったイリスは、既に予習を済ませている。
なので、講義は知ってることばかりでつまらない。
国の歴史の授業だが、イリスは教科書の表がどうにも気に入らなかった。
なので、隅に自作の年表を書き込んである。
これは、よく考えたら残念令嬢には必要なかった気がする。
消しておこうかなとペンでつついているところを、教師に見つかった。
「これは、とても見やすくてわかりやすいですね。イリス・アラーナさん、素晴らしいです」
じっくりと教科書を眺めて褒める教師が、イリスには悪魔に見えた。
「ち、違います。私が書いたんじゃありません」
慌てて言ってみたものの、どう見てもイリスの字だ。
教師が怪訝な顔でイリスを見る。
ある意味、残念は成功したと言えるかもしれない。
食事は、主に豪華なレストラン風の食堂で食べる。
『碧眼の乙女』のイベントや、各種嫌がらせもここで開催されるので、行かないわけにはいかない。
食事一つでも、戦いなのだ。
気を抜いてはいけない。
「でも、残念な悪役令嬢の食事って、何かしら?」
イリスは食堂に入ったものの、首を傾げて考える。
とりあえず、淑女っぽくないのが良いだろう。
小食、野菜、スイーツ、上品。
この辺りの逆が、正解のはずだ。
肉、肉、肉、肉を頼んでみた。
――無理だった。
食べられやしない。
よく考えれば、この体は令嬢ボディ。
肉の大食いなど、全くの規格外なのだ。
「……なんて貧弱な胃袋なの」
イリスは頭を抱えた。
だが、たくさん頼んでおいて食べられないからと捨てるなんて、傲慢な悪役令嬢っぽい気がする。
それは駄目だ。
イリスが目指すものではない。
あくまでも、残念な令嬢にならなければいけないのだ。
これは、胃袋の鍛錬も必要かもしれない。
「……イリス、何をしてるんだ?」
肉の皿を並べて頭を抱えているイリスに、聞いたことのある声がかけられる。
ヘンリーは、綺麗に並んだ肉の皿を訝し気に見ている。
メインのレイナルドと比較しても遜色ない整った顔立ち。
これは、確かに女性に絡まれて辟易もするだろうなとイリスは納得した。
「見ての通りよ」
「……肉パーティでも開いてるのか?」
首を傾げるヘンリーに、イリスは胸を張って答える。
「生きるための戦いです」
ヘンリーに絵に描いたような残念な目で見られた。
どうやら、肉との格闘は正解だったようだ。
安心と満足で満たされるが、既にお腹も満たされている。
「……この肉、どうしよう」
ほぼ手付かずの肉を前に途方に暮れていると、ヘンリーがため息をついてイリスの横に座った。
「このままだと昼休みが終わるぞ」
そう言って、目の前の肉を食べ始める。
結局ヘンリーのおかげというか、ほぼヘンリーが食べる形で何とか肉は片付いた。
「これからは、食べられる量だけにしろよ」
正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
肉肉作戦はちょっと方法を考え直した方が良いかもしれない。