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【書籍化・コミカライズ】 残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~  作者: 西根羽南
第三章 残念な戦い

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番外編 ヘンリーの懸念

「……予想以上だ。きりがないな」


 ヘンリーは忌々しそうにため息をついた。


 さすがは残念の先駆者(パイオニア)とかいう、わけのわからない呼び方をされているだけはある。

 イリスを一目見ようと、大勢の人間が集っていた。

 だが、今日のイリスは残念なドレスではない。

 女性陣は早々に引いたのに対して、男性陣はイリスのそばから離れようとしなかった。

 つまり、男共の目的は残念なドレスなどではないのだ。



「ねえ、ヘンリー。何て言って離れてもらったの? 前の夜会で離れてもらうのに凄く苦労したのよ。教えてくれない?」

「秘密」


 前の夜会と言うのは、ルシオに絡まれた残念な夜会のことだろう。

 ダニエラからイリスに男が群がっている、というのは聞かされていた。

 だが、イリスの監視役からの報告も酷かった。


 ふらつくイリスの手を引いて椅子に座らせたり、飲み物を持ってきたり、扇いだり、馬車で送ろうと声をかけた者までいたようだった。

 その時点でもどうかと思ったが、何より問題だったのはイリスがそれを上手にあしらえないということだった。


 普通、様々なパーティーを通して、貴族令嬢と令息達は駆け引きを覚えていく。

 下心のある男性を上手くあしらえるのも、女性のたしなみと言っても過言ではなかった。

 だが、どうもイリスはそれができていない。


 学園の夜会では、残念なイリスに近付こうとする者がそもそもいない。

 それに、基本的にヘンリーがそばにいたので、気が付かなかった。


 警戒心が薄いというか、鈍感というか、慣れていないというか。

 そんなところもまた狙われる要因ではないかという報告に、ヘンリーは懸念を抱いた。



「それよりも、この一年は残念だったとはいえ、その前は普通だったんだろう? 今までもこんな感じだったのか?」

「え? うーん。そもそも、夜会にろくに出ていないのよね」

「そうなのか?」


 では、本当に慣れていないのだ。

 場数を踏んでいないから上手くあしらえないというのなら、今後は何とかなるかもしれない。


「カロリーナ達とお茶会している方が楽しかったし。どうせクレトなりどこかから婿養子をとるんだろうから、出会いを求める気もなかったし」

「……そうか」

「あと、カロリーナ達が私は行かなくていいって止めるから。何か、危険なんだって。……学園の夜会では平気だったけど、何かあるのかしら。乱闘騒ぎとか?」


 何でその考えに至るのか。

 カロリーナが言っているのは、下心のある男性に注意しろということだろう。



「いや、それはないけど。……確かに、危険かもしれない」

「そうなの? 何があるの? 武器(にく)が必要?」

「肉はいらない。……肉で何をするつもりだ」

「とりあえず、手に持ったら何とかなると思うの」


 この、イリスの肉への絶大な信頼はどこから来るのか。

 そう言えば、学園の頃からやたらと肉の皿を並べていたが、あれも関係あるのだろうか。


「ならない」

「両手でも?」

「ならない」

「それは確かに、危険ね……」


 イリスが唸っている。

 肉で避けられる危険の方がおかしいと思うが、イリスは真剣だ。

 いつでも真剣に、方向音痴な努力をするのだ。

 だから、ヘンリーは目が離せない。


「……カロリーナに感謝だな」

 ぽつりとヘンリーは呟いた。



 *********



「……イリス、何をしているんだ?」


 ヘンリーを取り囲む人垣の向こうに、イリスの姿がチラチラと見える。

 一向にこちらに来ようとしないイリスに声をかけると、人垣が一斉に後ろを向いた。


「何、と言われても」


 イリスは女性の人垣を見て、気まずそうにしている。

 正直、この女性達が邪魔で仕方ない。

 無駄な時間をとられるよりも、イリスと過ごしていたい。

 ヘンリーは黄色のドレスの美しい連れを、最大限利用することにした。



「――おいで」


 ヘンリーが手を差し伸べると、女性達の視線が険しくなる。


「……私?」

「他に誰がいるんだ」


 ヘンリーは差し出した手の指先をちょいちょいと曲げて、こちらに来るように促す。

 気まずそうに人垣の中を通るイリスに、女性達の険しい視線が降り注ぐ。


「……来たわよ」

「うん。そのまま俺のそばにいてくれ」

「え……」


 周囲の女性達がざわめく。

 わざと言ったとはいえ、ヘンリー自身も少し恥ずかしい。

 このままでは膠着状態なので、とどめを刺さなければならない。


「はい、これ」

「え?」


 ヘンリーは素知らぬ顔でイリスに骨付き肉を手渡す。

 わけのわかっていないイリスの左手に身を握らせると、結果的に左手の指輪が目に入るようになる。

 イリスが肉を傾げている間に、女性達はバラバラと辺りに散り始め、あっという間にヘンリーを囲んでいた人垣は消えてしまった。



「……何なの?」

 よくわかっていないらしいイリスは、肉をかじっている。

 麗しい姿で肉をかじるイリスは初めて見たが、既にそれほど驚きを感じなくなっている。

 ヘンリーの思考もだいぶ残念になってきている証拠だろう。


「いや、効果覿面だな。男よりも女の方が、現実を見るからな」


 左手の薬指に指輪をつけた相手がいて、それが美少女となれば分が悪い。

 実りそうにもない無駄なアピールに使う時間はない、ということだろう。

 ヘンリーは満足して笑った。



「……もしかして、私を人避けに使ったの?」

「ああ。さすがに気付くか」

「そんな。私、今日は普通のドレスだったのに」

「ごめんごめん」


 さすがのイリスも、普通のドレス姿で見世物扱いされるのは嫌だったか。

 実際は見世物と言うよりも、美貌を見せつけたのだが。


「――こんなに攻撃力があるなんて」

「……は?」


「今まで、化粧とボリューム調整、ドレス、肉で効果は三等分くらいかと思っていたのに。化粧もドレスもなしで、これよ。私の残念の半分くらいは武器(にく)が占めているということかしら。侮っていたわ」

「……どういう意味だ?」


「だから、私の残念さで女の子たちを引かせたんでしょう? ……さすがに一年も頑張ったから、私の残念に恐れをなしたのね」


 何を言っているのかわからない。

 残念に恐れをなすってなんだ。

 その思考に恐れをなすところだ。

 目を輝かせてもう一口肉をかじるイリスを見て、ヘンリーはゆっくりと頭を振る。



 自分の容姿に対する客観的な評価と、それに伴う警戒心。

 イリスは、これが圧倒的に不足している。

 それを補ってあり余って溢れかえった結果溺れそうなほど、残念が満ちている。


 これは、これからもヘンリーが気を付けていくしかないのかもしれない。

 手のかかる残念な愛しい人に、ヘンリーはため息をついた。


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