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番外編 クレトの羨望

「大きくなったわね。昔はイリスお姉ちゃんって呼んでくれたのに」


 久しぶりに会ったイリスは、以前にも増して綺麗に感じる。

 可愛らしい少女だったイリスも、少しずつ大人の女性に近付いていた。


「それは、小さい頃でしょう。俺、もう十三歳ですよ」


 そう言ってイリスのそばに駆け寄ったクレトは、既にイリスと同じくらいの背丈だ。

 もう少しで、イリスを追い抜ける。

 そうしたら、クレトのことを男として見てくれるだろうか。


「そう。早いわね。あっという間に大きくなるのね」


 現状、イリスのクレトへの対応は良くて弟、普通に親戚、何なら子犬のようなものだ。

 年齢差は気持ちでは覆らない。

 クレトがどう頑張っても、この壁を抜け出せないでいた。


「それよりも、婚約するって本当ですか?」

「ええ。ちょうどここにいるから紹介するわ。ヘンリーよ」


 クレトの背後に人がいるのに、言われるまで気が付かなかった。

 剣を習って、少しは気配を読めるようになったと思ったのだが、まだまだのようだ。



 茶色の髪に紫色の瞳の、整った顔立ち。

 確か、侯爵家の嫡男で学園の同級生だと聞いている。

 年齢も身長も家柄も、容姿までもイリスに十分釣り合っている。

 クレトはモヤモヤとした気持ちを抱えながら、仕方なく挨拶をする。


「……ヘンリー・モレノだ。よろしく」

「クレト・ムヒカです。こちらこそ」

 棒読みの自己紹介を終えると、クレトはすぐにイリスに向き直す。


「もう少し待っていてくれたら、俺がイリスさんを幸せにしてあげますよ」

 にこりと笑うクレトにつられて、イリスも微笑む。

「昔からそんなこと言ってたわね。冗談ばかり言ってると、いざという時に信じてもらえなくなるわよ」

「冗談なんかじゃないんですけど」


 本気も本気、大真面目だ。

 幼少時に初めて会った時から、クレトはイリスのことが好きだった。




「……せっかくだから、俺が淹れるよ」

 ヘンリーはそう言うと、手際よく紅茶を淹れ始める。

 侯爵家の嫡男が、何故紅茶を淹れられるのか。

 しかも、やたらと手慣れているのが不思議だ。


「前にも見たけど、何でヘンリーは紅茶を淹れられるの?」

「教育の一環……かな。大抵のことはできるように仕込まれてる」

「それは、家の。ええと……アレ?」

「そう。アレ」


 笑うヘンリーを見て、イリスも微笑む。

 仲睦まじい、お似合いの二人だ。



 一瞬でもそう思ってしまった自分が悔しい。

 自己研鑽に明け暮れている場合ではなかった。

 クレトは、ここしばらくイリスに会っていないことを後悔した。



 アラーナ家に養子に入るという話が来た時、イリスの婿養子なのだと思っていた。

 よくよく話を聞くと違っていたが、アラーナ伯爵は好きだし、イリスの婿になれる可能性もあったので承諾した。


 こうなったら手続きを口実に、アラーナ家に入り浸ってやる。

 身近にいれば、イリスも少しは意識してくれるかもしれない。

 クレトの淡い期待は、そう長くはもたなかった。



 ********



「せっかくですので、お嬢様がつけて差し上げてください」

「えー?」

「じゃあ、頼もうかな」


 ドレス姿のイリスが、ヘンリーの上着に飾りをつけようと奮闘している。

 黄色のドレスに身を包んだイリスは、美しい。

 クレトならあんなに至近距離で飾りをつけられたら、緊張して動けないだろう。


 だが、ヘンリーは悪戦苦闘するイリスを優しく見守っている。

 慣れなのか、余裕なのかはわからないが、何だか負けたみたいで悔しくなる。


 針を刺したイリスの手当をすると、素早く飾りをつける。

 紅茶の件といい、どうやらヘンリーは器用らしい。


「ヘンリーが自分でつけた方が早かったわね。ごめんなさい」

「イリスがつけようとしてくれただけで、いいよ」

「……参加することに意義があるってやつね?」

 見当外れの返答に苦笑したヘンリーは、イリスの頭を撫でる。


 何だ、これ。


 クレトの入る隙なんて、既に無いのではなかろうか。

 絶望的な光景を目の当たりにして、クレトの心は折れかかっていた。



 ********



「さあ、それでは。行きましょうか、イリスさん」

「――どこに行くって?」

「ヘンリー?」

 いつの間にか背後にいたヘンリーは、イリスの頭を撫でると、妙な少年との間に立った。


「お前は、諸悪の根源、ヘンリー・モレノ!」

 少年は叫んで飛びかかるが、難なくかわされる。


 ヘンリーの動きには無駄がなかったし、余裕があった。

 クレト自身も剣術と体術を習っているので、それが良くわかる。


 たぶん、ヘンリーは強い。

 ……それも、かなり。


 まさかの腕前に、クレトは興奮した。

 クレトだって男子だ。

 綺麗なものは好きだし、強いものには憧れる。



 イリスの『残念』とかいう意味の分からない格好は、どうやらヘンリーのためらしい。

 ヘンリーが自分の好みのために、イリスに残念を強いているのだろう。


 どう考えても普段のイリスの方が美しいし、もったいないし、酷い仕打ちだとさえ思う。

 ヘンリーの残念な趣味は、クレトにはまったく理解できない。


 だが、これはまた話が別だ。

 いかに悪趣味な男であろうとも、憧れるものは憧れてしまう。



「……つまり、無計画か。なら、もういいか」

 つまらなそうにそう言うと、ヘンリーの右手が少年の鳩尾に吸い込まれる。

 一瞬の静寂の後、少年は地面に転がって呻く。

 全く息を乱すことなく少年をあしらう様子に、クレトの興奮は更に高まった。



「イリスを守ってくれたのか。ありがとう、クレト」

「ヘ、ヘンリーさんこそ、凄かったです!」



 イリスを守るための力。

 余裕、技術、体力。

 どれも、クレトの欲するものだ。

 クレトの目には、ヘンリーが輝いて見え始めていた。


 イリスのことはまだ諦めきれない。

 けれどヘンリーなら、悪趣味な『残念』以外は認めてやっても良い。

 クレトは、紫色の瞳の少年に羨望の眼差しを送った。

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