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番外編 ダリアの痛感

「残念な休憩所を作ろうと思うの」


 ダリアの主人である美しい少女は、眩い笑顔で宣言した。



「……残念な休憩所、ですか? それはどういうものなのでしょうか」

 休憩所と言うからには、休息できる場所なのだろう。

 それくらいはわかるが、枕詞が『残念』なので予想がつかない。




 ここ一年ほどのイリスは、この『残念』にご執心だ。


 残念な令嬢を目指すと言い出したその日から、ありとあらゆる謎の行動を取った。

 美しい顔を傷の化粧で隠し、華奢な体に布を巻いて偽装し、思わず二度見してしまうようなおかしなドレスを着た。

 噂によれば授業内容がわからないふりをしたり、夜会では肉を持って歩き回ったりしたらしい。


 学園に通う一年間は、まさに残念尽くし。

 不本意ながらその手伝いをしていたダリアだが、卒業と共にイリスの残念熱は下火になった。



 何が原因で残念熱が始まったのかは、未だにわからない。

 だが、下火になったのはイリスを慕うヘンリーの存在があったのではないかとダリアは考えている。



 イリスは伯爵家の箱入り娘で、なかなかの鈍感ぶりだ。


 モレノ侯爵令嬢(カロリーナ)バルレート公爵令嬢(ベアトリス)コルテス伯爵令嬢(ダニエラ)の三人はそれを見抜いたようで、夜会は危険だからあまり参加しなくて良いと言われたらしい。

 イリスは乱闘や揉め事が絶えないのだと解釈していたが、そんなはずがない。

 だいたい、何故そんな考えに至ったのか、よくわからない。


 思い返してみれば、このころから既にイリスには残念の片鱗が見え隠れしていたのかもしれない。


 いずれ婿養子をとるであろう環境から、イリスは特に出会いを求めておらず、友人の言葉通りほとんど夜会には参加していない。

 おかげで下心だらけの男性につきまとわれることもなかったが、その分、男性には下心があるのだという現実に接することもなかった。



 十分に美少女と言って良い容姿に成長してからもそれは続き、結局ろくに同年代の男性と接することなく学園に入学している。

 強いて言えば、婿養子候補だったムヒカ伯爵令息と、他にはバルレート公爵令嬢の兄と接したくらいだろう。


 ダリアはイリスがチャラついた男に引っかかるのではないか、と以前から心配していた。

 だが、現実は想像を超えて残酷だ。

 イリスは残念に目覚め、下心のある男性どころか、一般の女性すら近付き難い状態になっていた。


 これならいっそ、チャラついた男の方が良かったかもしれない。

 イリスの額に傷の化粧を施しながら、ダリアは何度もそう思ったものだ。



 だが、そんなイリスが入学の頃から口にするようになった名前があった。

 学園の夜会のパートナーはもちろん、それ以外にも色々とイリスの世話を焼くヘンリーの様子を見て、ダリアはほっとした。


 侯爵令息という立派な肩書はあったが、ダリアにとってそこは重要ではなかった。

 かなりの鈍感で、やるならとことんやる行動力はあるけれど方向性が珍妙な、自覚の乏しい美少女。

 この心配にしかならない存在を、ちゃんと見てくれるのならば、それで良かった。




 学園を卒業してしばらくしてから、イリスが怪我を負った状態でヘンリーと共にアラーナ邸に戻ったことがあった。

 何でも、イリスが攫われたところを助け出してくれたらしい。


 ヘンリーはアラーナ伯爵にイリスに怪我をさせてしまったことをひたすら陳謝していたが、イリスによればヘンリーが来なければ剣で串刺しか輪切りだったというのだから、寧ろ感謝しかない。


 見た目には多少の切り傷だけだったが、ドレスを脱ぐと皮下出血があちこちにできて無残なものだった。

 元の肌が色白なせいで、更に痛々しく見えるのもあった。


 イリスには「内緒よ」と念を押されたが、ヘンリーはちゃんとわかっていたと思う。

 怪我の報告と謝罪の後に、婚約を考えていると伝えてその日は帰ったヘンリー。

 彼は帰り際に「たぶん、ドレスの下に打ち身や皮下出血があると思うから、診てあげてくれ」とダリアに言ったのだから。


 基本的に頼ろうとしないイリスの性質も理解しているのだとわかって、ダリアはちょっと泣きそうになったものだ。



 イリスのことを想って、わかってくれる人がいる。

 何とも言えない幸福感に浸っていたダリアに告げられた言葉が、「残念な休憩所を作ろうと思うの」である。

 危うく出そうになった涙を、返してほしい。




 結局のところ、完全に残念熱が冷めたわけではないらしい。

 伯爵に改装予定の部屋の使用権をもらうと、嬉々として作業に取り掛かるイリス。

 無邪気なその様子を見ながら、まだまだダリアがお守りをしなければいけないのだと痛感する。


 それはとても大変で、それでいて楽しいひとときだった。


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