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令嬢ボディの限界です

 令嬢ボディに、ついに限界の時が訪れた。


 考えれば当然の結果だ。

 何と言っても華奢でか弱いのだから、過労に耐え続けることはできない。



 ラウルがイリスを攫おうとした翌日。

 朝起きた時点で、既に嫌な予感はしていた。

 重くてだるい体をベッドから引きずり出したところまでは、良かった。

 だが、そこでぱったりと力尽きてしまった。


 そのまま床に倒れこんだイリスは、眩暈の軽減のために目を閉じて転がっていた。

 足はベッドに残したまま上半身が床にいるという、伯爵令嬢としてありえない体勢だったが、眩暈のせいで動きようがない。


 せめて仰向けなら良かったが、よりによってうつ伏せだ。

 床に顔をつけているし、海老反り状態なので背中と腰もつらい。

 倒れる姿勢一つとっても、イリスはなんて残念なのだろう。


 気持ち悪くなければちょっと愉快だったのだが、やはりどうにも動けない。

 そこにダリアがやって来たのだが、案の定大きな悲鳴を上げた。



 たぶん、最初の悲鳴はホラー映画的な悲鳴だ。

 でなければ、サスペンスドラマの最初の死体を見つけた悲鳴だ。


 次に、ベッドから零れ落ちて伸びている未確認恐怖物体がイリスだと気付いたらしく、更なる悲鳴を上げた。


 ダリアにベッドに押し戻され、なんやかんやと看病されている間も、気持ち悪いせいであまり喋ることができない。

 ようやく湯冷ましを飲めるようになった頃には、日は高く昇っていた。




「ようやく顔色が戻ってきましたね、お嬢様」

 安堵の表情でイリスの手と顔に触れると、ダリアはため息をつく。


「まだ少し冷えていますから、温かい飲み物でも用意しましょうか」

「うん。温かいお茶が飲みたいわ」

「かしこまりました。私が戻るまで、ベッドで大人しく寝ていてくださいね、お嬢様」

 ダリアが扉を閉めると、イリスもため息をついた。




「残念装備で生活してひと月弱。ここらが限界みたいね。こうなると、ひと月弱で倒れるのと、週に一回寝込むのと、どっちが良いかという話になるわね」


 一番良いのは体力をつけて乗り越えることだが、わがまま令嬢ボディはそれを許さない。

 一年間の鍛錬があったからこそ、ひと月弱耐えられたのだ。

 以前のイリスだったら、三日ともたなかった気さえする。


「倒れるよりは、寝込んだ方が良いんだろうけど。いずれはヘンリーが来ちゃうわよね」


 何せ、面倒見の鬼なのだ。

 週一で寝込んでいますと聞きつけたら、きっと見舞いに来る。

 そうなれば、残念装備が必要になるし、休めない。

 寝込む意味がなくなるではないか。


「……こうなったら、週一で寝込むけど、ヘンリーには内緒という方向で」

 イリスの中で方針が固まったところで、ダリアが戻ってきた。




「お嬢様、ヘンリー様がいらしていますよ」

「――早いわよ、何でよ」


 これがモレノ侯爵家の力なのか、それとも面倒見の鬼レーダーでもあるのだろうか。


「何でも、昨日の件で話があるとか」

「なんだ、良かった」

 てっきり、謎の情報網で筒抜けなのかと思ってしまった。



「今は応接室でお待ちですが、動けますか? 婚約を控えている間柄とはいえ、さすがに寝室にお呼びするのも……」

「え、いや、待って」


 今のイリスは普通の状態だ。

 何ひとつ残念装備をつけていない。

 今から傷の化粧をして、残念なドレスを着るのは時間がかかりすぎる。


 何より、今あの恰好をしたら、また倒れる自信がある。

 かといって、このままヘンリーに会うわけにはいかない。

 今まで頑張って残念装備を貫いた努力が無駄になってしまうではないか。



「――会わないわ。帰ってもらって」


「え? 動けないほどつらいのですか?」

 ダリアが心配そうにイリスの顔を覗き込む。


「そうじゃないけど、今日は無理よ。会いたくない」

 残念なイリスが良いというのだから、ちゃんと残念な状態で会うようにしたい。

 普通のイリスでは、会えない。


 イリスがタオルケットに潜り込むと、ダリアのため息が聞こえた。

「では、お嬢様はもうお休みだとお伝えします。よろしいですか?」

「……お願い」

「かしこまりました。お茶はこちらに置いておきますね」


 何だか、とても申し訳ない。

 同時に、とても情けない気持ちだ。


 イリスはタオルケットに更に深く潜り込む。

 扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。




 そのまま眠ってしまったらしく、目が覚めると夜明けだった。

 十分に休息をとったので、体が軽い。

 まだ早い時間なので、イリスは日課の庭の散歩をすることにした。


 庭を少し歩くだけなので、残念装備ではなく、ゆったりとした丈の長いワンピースを着ている。

 ワンピースのふわふわと翻る裾のように、服も体も軽い。

 コルセットも化粧もしていないから、呼吸も苦しくない。


 やはり、残念な装備というのは、過酷なものだ。

 散歩をしたら着替える予定なので、この軽さは今のうちだけ。


 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、背後に人の気配がする。

 ダリアだろうかと振り返ると、そこには庭に続く扉を開けかけたヘンリーの姿があった。



「イリス?」



 声をかけられて、気付いた。

 今のイリスは残念装備ではない。

 それどころか、化粧も何もない、ただのワンピース姿だ。


 ――これは、まずい。


 イリスは咄嗟に扉の蝶番を凍結させた。

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