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令嬢ボディは手強いです

 学園に通っていた頃は、家では残念装備を外して過ごしていた。

 特に剣の稽古ではシャツにズボンという軽装で、大変涼しくて快適だった。

『碧眼の乙女』との戦いを生き延びたお祝いで、屋敷の中をシャツとズボンで過ごしていたくらいだ。


 ダリアに「屋敷内の風紀を乱す」とかいう謎の理由で、自室だけに行動制限されてしまったが、それでも快適だった。

 だが、ヘンリーがたまに会いに来てしまう以上、基本的に残念装備を解除できなくなる。



 常に顔の上半分は傷の厚化粧なので、皮膚呼吸が妨げられている。

 ボリューム調整用の分厚くて重いコルセットは、物理的に呼吸を妨げる。

 この状態で魔法の稽古やら散歩やらをしているせいで、イリスは少し痩せた。


 学園生活の間に頑張って貯蓄した、なけなしの脂肪。

 それが、呆気なく消えて行ってしまった。

 ろくに身につかなかったくせに、なくなるスピードだけは高速だ。

 令嬢ボディというものは、つくづく恐ろしい。



 魔法の稽古は、ルシオの一件で再開……というか、力を入れ始めた。

 一年以上も鍛錬した結果が「金属製の剣をようやく持っていられる」というレベルだった剣術。

 それに比べて、魔法は独学でも氷の塊を出せたし、指輪の補助で周囲を凍結させることもできた。

 何かあった時に咄嗟に使えるのは魔法の方だろう、ということで鍛錬をしている。


「イリスは貴族の令嬢だよ? ヘンリー君という結婚を考えた人もいることだし、魔法をわざわざ学ぶ必要はないと思うよ」

 父はそう言って、講師を呼ぶのを止めた。


 ……失敗した。

 剣の時のように、魔法による美容体操とか何とか適当なことを言っておけばよかった。

 仕方がないので、ここは独学で頑張るしかない。



「ルシオ殿下の時には緊張と痛みで集中できなかったわ。私には、集中力とコントロールが必要ということよね」


 学園での授業を思い出して、蝋燭の芯だけを凍らせる練習を始めてみた。

 ところが、何だかそれにはまってしまった。

 いまいち見えないところで地味に凍っている、という練習を繰り返している。


 最近のブームは、誰にも気づかれないように扉の鍵を凍らせること。

 部屋に入れないと慌てるダリアを見るのが楽しい。

 すぐにばれて怒られたが。


 それ以外にも、庭を走ったり剣の保持もしている。

 毎日の地道な鍛錬が実を結ぶと、残念な一年間で身に染みてわかっているからだ。



「昔よりは体力がついたとはいえ、基本的には底辺なのよね。この令嬢ボディは……」


 連日、朝から晩まで残念装備を続けた結果、イリスは段々と体力を奪われていた。

 食事も睡眠もしっかりと摂ってはいるが、体力の完全回復には至らない。

 たぶん、失われるものが、補うものを超えているのだと思う。


「こうなったら、週に一日は丸々寝込むことにでもしようかしら」


 体力は回復しそうだが、それも人としてどうなのだろう。

 それに、ヘンリーにお見舞いにでも来られたら、結局は残念装備が必要になる。

 気になって休めやしないので、却下だ。


「ヘンリーにうちに来ないように、お願いするとか?」


 だが、理由を聞かれたら何と答えれば良いのだろう。

 下手な内容では、かえって訪問を促しかねない。

 有無を言わせぬパワーワードが欲しいところだ。


「……家では全裸なので来ないでください、とか?」


 いや、駄目だ。

 ヘンリーは来なくなるかもしれないが、曲がりなりにも伯爵令嬢が屋敷を全裸でうろつくのはまずい。

 もちろん実際には全裸にならないが、そういう人間だと思われるのも困る。

 既に残念なイリスだが、変態にまでは手を染めたくない。

 これも却下だ。



「……やっぱり、地道に体力をつけていくしかないのかしらね」

 イリスはため息をつくと、ティーカップとソーサーの間を凍らせた。




「……最近、何だかふらついていないか?」

「そう?」


 ヘンリーが探るような視線をイリスに送る。

 さすがは王家お抱えの諜報機関の次期当主。

 隠しているつもりだったが、イリスの疲労に気付いたらしい。


「ちょっと疲れただけよ。平気」

「疲れるって、何をしたんだ?」

「……色々」


 厚化粧とコルセットで鍛錬しているせいで疲労が溜まる一方なのだが、言葉にすると何だか情けない。

 何となく言葉を濁すと、ヘンリーの眉間に皺が寄った。



「また徹夜で絨毯を刈り込んだりしてないだろうな」

「残念な休憩所はちょっとお休み中よ。あの部屋も改装が始まっちゃったし。今はそれどころじゃな――くない」

 ヘンリーの表情で失言に気付いたが、訂正は間に合わなかった。


「何が、それどころじゃないんだ?」

「何でもない。大丈夫」

「何でもない人間は、視線を逸らしたりしない」


 こんなところで家業の技術を使ってくるのはずるい。

 だが、視線どころか顔を背けてしまっているイリスに言い逃れはできなかった。


「……本当に、大丈夫だから。こっち見ないで」

 イリスの声が小さくなる。

 これでは、何かありますと言っているようなものではないか。

 そうは思うものの、どうしようもなかった。


 ヘンリーはため息をつくと、イリスの頭をゆっくりと撫でる。


「――わかった。でも、何かあったら、俺を頼れよ」

「う、うん」



 だったら家に来ないでくださいとは、さすがに言えない。

 イリスは、家での残念装備解除を諦めた。

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