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残念は手間暇がかかります

 残念令嬢となり果てる予定のイリスに、一年間好きと言われ続ける苦行。

 それを承諾してくれたのが、カロリーナの弟のヘンリーだ。


 カロリーナがどの程度説明しているのかも確認しておきたいし、学園が始まる前にお礼とお詫びをしておかなければいけない。

 両親に名前を告げた途端に、何らかの連絡が行く可能性もある。

 早めに話をするにこしたことはない。

 残念というのは、実に手間暇がかかるものだ。




「でも、カロリーナがいないのに侯爵家を訪ねるのって、難しいわよね」

 剣の稽古が一段落して、冷たいお茶を飲みながらイリスは悩んでいた。

 話をした上で断られる可能性だってある。

 ヘンリーに会いに来た、と正面から行っていいものなのだろうか。


「何? イリスはモレノ侯爵家に行きたいの?」

 シルビオがお茶を飲みながら聞いて来る。

 イリスと違って、ほとんど汗もかかずに涼しげだ。

 多分、シルビオにとっては運動の範疇にも入らない程度の動きなのだろう。

「ええ。でも、カロリーナ……友人がいないから、どうやって訪ねるべきなのかと思って」

「何をしに行くの?」

「友人の弟に、頼み事をしているの。お礼と打ち合わせをしたいんだけど」

 ふうん、とお茶を飲み切ると、グラスを机に戻す。


「じゃあ、俺と一緒に行けばいいよ」

「シルビオと?」

「俺、モレノ侯爵家の遠い遠い親戚だから。今は侯爵家に居候してるんだ。ヘンリーを呼んでくればいいんだろう?」

 シルビオは、結構いいところのお坊ちゃんだったらしい。

 でも、確かにそうでもなければ、侯爵令嬢のカロリーナと知り合いになりようがない。

 ヘンリーのことも知っているらしいので、呼び出す手間も省けそうだ。


「是非、お願いするわ。ありがとう、シルビオ」

 休憩していた椅子から勢いよく立ち上がる。

「すぐに支度をするから、待っていて」

 そうなれば、善は急げだ。

 外出するからには、残念令嬢として恥ずかしくない装いにしなければならない。



 顔には傷の化粧、詰め物で腰回りはボリュームアップ、胸回りはボリュームダウン。

 本当は流行遅れのドレスにしたかったが、それを着たら化粧はしないとダリアに脅されたので諦めた。

 急いで支度したイリスを見て、家での姿しか見たことのなかったシルビオに怪訝な顔をされる。

「……それ、何なの?」

「生きるための戦いです」

 即答すると、不思議そうにしながらもシルビオは納得したようだ。

 なんて物分かりの良いことだ。

 もっと驚いて引いてくれても良かったのだが……これは、まだ工夫が足りないのかもしれない。

 帰宅したら、更なる改良に励もう。

 やはり、残念というものは手間暇がかかる。




「ヘンリーを探してくるから、イリスはここで待っていて」

 モレノ侯爵家に到着すると応接室に通され、シルビオは部屋を出て行く。

 カロリーナがいた頃には、何度か遊びに来たことがある。

 姉御肌のカロリーナは面倒見が良くて、イリスはカロリーナが大好きだった。

 その彼女も、『碧眼の乙女』のせいで隣国暮らし。


「早く変な噂が収まって、戻ってこられると良いんだけど」

 今は遠くなってしまった友人に思いを馳せる。

 イリスが無事な間に、会えるだろうか。

 ふと、そんな考えが浮かぶ。

「駄目駄目。私は残念になって、生き延びるんだから。大丈夫、会えるわ!」

 弱気な考えを打ち払うようにバタバタと腕を振っていると、シルビオが茶色の髪の少年を連れてきた。



 紫色の瞳が綺麗な、整った顔立ち。

 どこかカロリーナに似ているのは、やはり姉弟だからだろう。

「ヘンリー・モレノだ。……君が、イリス?」

 明らかに、イリスの見てくれに引いている様子。


 ――これだ。

 この反応を求めていた。

 イリスは心の中でガッツポーズをした。

 この格好はちゃんと残念なのだと太鼓判を押されたようで、自信になる。

「イリス・アラーナです。この度は、変な話を持ち掛けてごめんなさいね」

「……とりあえず、座ろう」




「カロリーナは隣国からいじめをする稀代の悪女と言われているのに、君は連絡を取っているんだな」

 ようやく動揺が収まったらしく、ヘンリーは紅茶に手を伸ばした。

 隣にはシルビオが大人しく座っている。

 年上であろう彼が学園に通うこともないし、ある意味彼もイリスの協力者だ。

 聞かれて困ることもないので放っておく。

「カロリーナは何ひとつ悪い事なんてしていないもの。噂は、出鱈目よ」

「……信じているのか?」

「違うわ。知っているのよ」


 彼女は『碧眼の乙女』の犠牲になっただけだ。

 関わらないように隣国にまで逃げたのに、それでも逃げ切れなかった。

『碧眼の乙女』の力は、相当に強いものなのだろう。

 そして、それはもうすぐイリスに牙をむくのだ。



「意に添わぬ婚約を阻止するために、君が俺のことを好きだと公言するのを、一年間許してほしい。……カロリーナからはそう聞いているが、間違いない?」


 イリス達四人は話し合いの結果、誰にも転生のことは言わないと決めている。

 信じてもらえないだろうし、巻き込みたくはないからだ。

 だからこそ、カロリーナが何と説明してヘンリーの了承を得たのか、確認しておきたかった。


「ええ。勝手な話で迷惑をかけてしまうと思うけれど、他にお願いできる人がいないの」

 ヘンリーはイリスと同い年だと聞いている。

 整った顔立ちに侯爵令息となれば、さぞやもてるのだろう。

 学園で彼の恋路を邪魔する形になりかねないのが、申し訳ないところだ。

「構わないよ。協力しよう」


「ありがたいけれど、何故承諾してくれるの?」

 正直、ヘンリーには利点がないと思うのだが。

「カロリーナからも大事な友人だって頼まれてるし。年齢のせいか、最近女性のアピールが凄くて時間を取られて辟易してるんだ。君が風よけになってくれるなら、こっちもありがたい。やりたいこともあるから時間ができるのも助かるしね」

 年頃の顔の良い侯爵令息なのだから、かなりのアピールを受けているのだろう。

 だが、おかげでイリスには都合が良い。


「利害の一致、というわけね」

「そういうことだ」

 これで、レイナルドとの婚約阻止と、ヒロインの当て馬対策ができる。

 イリスは少し安心した。




「イリス、家まで送るよ」

 帰ろうと立ち上がると、それまで静かに聞いていたシルビオが声をかけてきた。

「送るって……馬車で来たんだろう?」

 ヘンリーの疑問はもっともだ。

 貴族の令嬢なら馬車に供もつける。

 というか、そんなにホイホイ外出をしない。


「歩いてきたわよ。鍛錬の一環で」

 令嬢ボディを鍛えるには、毎日の地道な努力しかない。

 おかげで、今は庭を走っても倒れるようなことはなくなった。

 底辺ではあるが、成長はしているのだ。


「鍛錬って……何で鍛えているんだ?」

 至極当然のヘンリーの質問に、イリスは胸を張って答える。

「生きるための戦いです」

「はあ……」

 首を傾げるヘンリーに構わず行こうとすると、シルビオが止める。

「女性一人で危ないよ。送るよ」

 出来の悪い弟子への気遣いに、イリスは笑顔で応える。

「大した距離じゃないし、今の私はすっかり残念な状態だから問題ないわ。ありがとう」

 礼を言って、侯爵家を後にする。



 距離は大したことなかったのだが、やはり筋肉痛になった。

 いつになったら、この令嬢ボディはたくましくなるのだろう。

 イリスは先の長い戦いに、ため息をついた。


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