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番外編 カロリーナの我慢

「ルシオ殿下が婚約の打診をしてきたらしくて」

 イリスが言い切るより先に、お茶のカップを叩きつけるように置く音が響いた。


「……何ですって?」

「い、いえ。多分、何かの間違いよ。夜会で一度挨拶しただけだし」


「――シーロ様」

「ああ、行ってくる」


 シーロはカロリーナの意思を汲み取って、素早く立ち去る。

 アラーナ邸からモレノの屋敷までそれほど距離はないが、事態は一刻を争う。



「さあ、詳しく話してちょうだい」

 カロリーナの迫力に圧されたイリスは、うなずいて椅子に腰かけた。




「……なるほどね」


 ルシオとは残念な夜会で偶然会って挨拶をした。

 先の舞踏会で目が合って気になったと言っている。

 イリスの話ではそうなっているが、実際は少し違うことをカロリーナは知っていた。



 先の舞踏会から帰った後、カロリーナはヘンリーにプロポーズの件を確認した。

 やはり、最悪のタイミングで行動の凍結が発動したのだとわかった時には、カロリーナもがっくりと肩を落とした。

 今回の問題に決着がつかない限り、行動の凍結は解除されない。

 ヘンリーはイリスに何の説明もできず、何の返事もできない。


 イリスの様子からして、このままではそう遠くない未来に、本当にプロポーズなどなかったことにされる。

 そうなれば、もう取り返しはつかないだろう。



 そして、今回の原因はルシオその人のようだった。


 王位継承のごたごたで、モレノ侯爵家が兄であるフィデルに力を貸したことを逆恨みしているらしい。

 何故か当主であるモレノ侯爵ではなく、次期当主のヘンリーに執拗に攻撃を仕掛けて来たという。


 だが、姉の贔屓目を抜きにしても、ヘンリーの剣術の腕は一流だ。

 そこらの剣士を集めても、そう簡単には太刀打ちできない。

 それはあちらもわかったようで、攻撃の方向性を変えてきた。


 ヘンリーの弱点を狙うべく、イリスに接触してきたというのだ。

 目の付け所は良いが、タイミングは最悪だ。



 プロポーズをなかったことにされたと思っているイリスに、ルシオがアプローチしてきたのだ。

 伯爵家では王族の婚約打診を断りづらいだろう。

 イリスからすれば、誠意のない対応のヘンリーよりも、王弟の美青年ルシオの方が良いと思ってしまうかもしれない。


 何にしても、急いでヘンリーに伝えるために、シーロはモレノ侯爵家に向かったのだ。




「ねえ。シーロ殿下はどこに行ったの?」

モレノ侯爵家(うち)よ」


「え? 何で? 忘れ物?」

「ヘンリーに伝えに行ったわ」

「……何で?」


 イリスの素朴な疑問に「イリスを守るため」と言いかけ、言うわけにはいかないと気付いて頭を抱えた。

 ヘンリーはプロポーズの返事をもらっていない。

 まだ、モレノに関わる事情を伝えるわけにはいかないのだ。



「ああ、もう。これ、きついわ。あいつ、よく我慢できるわね」


 プロポーズするほど大事な人に、何の説明も返事もできず。

 当の本人にはプロポーズを疑われている。

 その上、表面上のスペックでは上を行くルシオに横恋慕され。

 イリスがもしルシオになびいたとしても、何も言う事ができない。


 ――もう、叫びたい。

 カロリーナの胃はキリキリと悲鳴を上げていた。



「――ああ、私には無理だわ、これ。シーロ様が王族で良かった。本当に良かった。本当に本当に、良かった」


 やはり、一年の別離を選んで正解だった。

 カロリーナには、とても耐えられそうにない。


 とにかく、イリスに説明しなければいけない。

 モレノに関わらない内容で、明確な好意を伝えないように。



「ヘンリーはね、ほら、あれよ。……面倒見が良いから! 王族相手に断るのは大変でしょう? だから、シーロ様と一緒に何とかしてくれるわ!」

「そうか、面倒見。……なるほど」


 かなりとってつけたような無理矢理の理由付けだったが、普段からヘンリーがイリスの世話を焼いているおかげで、何とか納得してくれた。



「でも、王族相手にというなら、シーロ殿下の方が口を出せそうだけど」

「そ、それは」


「それに、私が既に婚約しているとか、婚約を考えている人がいるとかなら、断る理由にもなりそうだけど。大きな理由もないのに、何て断るのかしら」

「イリス……」


 言葉の一つ一つが、カロリーナの胃を直接攻撃してくる。

 胃粘膜が荒涼たる砂漠と化す日は近い。

 カロリーナはただでさえ、胸部に断崖絶壁の不毛の地を抱えているのだ。

 これ以上の体の荒廃は、どうにか食い止めなければいけない。



 イリスが言っているのはつまり、婚約を考えている人はいないということだ。

 ヘンリーのプロポーズは、どこかに消え去ってしまったのかもしれない。


 これでイリスがルシオに惚れていると言うのなら、もう仕方がないと諦めもつく。

 だが、こんな悲しい幕引きがあっていいわけがない。


「どうしたの、カロリーナ」

「……ヘンリーに任せて。信じてあげて」


 カロリーナが落ち込んでいるのに気付いたイリスが、優しく声をかける。

 それでも、カロリーナが言えるのはこれくらいだ。

 原因を絶たない限り、状況は変わらない。


「一年間お世話になった面倒見の鬼だし、人となりは信じてるわ。大丈夫よ」



 イリスのヘンリーに対する明後日の方向の信頼が今はつらいが、救いでもある。

 少なくとも、ヘンリーのことを嫌いなわけではないようだ。


 後はもう、モレノ侯爵家次期当主としてのヘンリーの手腕にかかっている。

 イリスのため、ヘンリーのため。

 そして、カロリーナの胃粘膜保護のためにも、とにかくさっさと問題を解決してほしい。


 カロリーナは、そっとため息をついた。


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[一言] 当主になったら次代の為にタイミングは考えるべきだわ
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