番外編 ダニエラの看視
「それで、パートナーはどうするの?」
ダニエラに尋ねられ、イリスは言葉に詰まった。
無実の罪が晴れて、仕方なく伯爵令嬢に戻ったダニエラは、イリスを夜会に誘った。
ダニエラが修道院にいる間に、残念ブームなるものが巻き起こったらしい。
そして、その発端はどうやらイリスのようだった。
もともとは『碧眼の乙女』との戦いのためのイリスの武装だと、ダニエラは知っている。
だが、世の中は彼女の奇抜で残念な恰好に惹かれてしまった。
それまでの流行がパステルカラーに淑やかな感じだったので、ギャップにやられたのかもしれない。
思わぬ成果だが、ダニエラからすれば愉快な話だった。
この一年『碧眼の乙女』との戦いのために協力してくれた、カロリーナの弟ヘンリー。
彼とイリスはいい感じらしい。
カロリーナから手紙でそう知らされていたので、てっきりヘンリーがパートナーだと思っていた。
ダニエラは会ったことがないので、この夜会で顔を合わせるのを楽しみにしていたのだ。
だが、イリスは何やら考え込んでいる。
「……迷惑なら言うから頼れって、言ったくせに」
「え? 何?」
「何でもないわ。特にあてもないし、一緒に行きましょうよ、ダニエラ」
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イリスのドレスは、想像の遥か斜め上を独走していた。
テレビの深夜放送などで見かける、カラフルなストライプ画面。
カラーバーと言うらしいのだが、イリスは歩くカラーバーになっていた。
白、黄、水色、緑、ピンク、赤、青のビビッドなストライプが、網膜に焼き付いて離れない。
更に、黒と白の羽と、鎖状の銀色のレース、真っ赤なリンゴが散りばめられていた。
リンゴを食べようとした鳥が、ビビッドなストライプにおぼれて鎖に絡まったイメージなのだと、ダニエラは解釈した。
まったく理解も共感もできないが、これが残念というものなのかもしれない。
恐ろしいブームが来たものだと、ダニエラは戦慄した。
ちなみに、ダニエラは残念初心者なので、普通のドレスにイリスとお揃いの生地でミニカラーバーリボンを付けた。
胸元につけた結果、目が痛いという理由でダニエラは下を向けなくなった。
だが、全身のカラーバーから苛まれるイリスに比べればマシだろう。
「……それで、噂のヘンリー君は来ないの?」
馬車という至近距離でイリスのドレスを見続けた結果、ダニエラは目を開けるのが困難になってきている。
見れば、イリスも何だか顔色が悪い。
残念というのは、何と体を張った生き様なのだろうか。
これを一年間続けたというのだから、イリスの根性と忍耐力は凄まじい。
「来ないんじゃない? 残念な夜会なんて興味ないだろうし。……噂って、何?」
「イリスと良い感じだってカロリーナの手紙に書いてあったから、会ってみたかったんだけど」
「うーん。ちょっと違うかしら」
そう言って事の経過を説明されたダニエラは、自分の眉間に皺が寄っていくのがわかった。
「何それ。随分と失礼な話じゃない」
「まあ、魔が差したってことじゃないかしら」
イリスはそう言うが、ダニエラはカロリーナの反応が気になっていた。
イリスのことを友人としてはもちろん、姉妹のように思っているカロリーナ。
それが、プロポーズしたけどその後は無反応で避けるなどという事態を許すとは思えなかった。
しかも、相手は自分の弟だ。
普段のカロリーナなら引きずってでもヘンリーを連れ出して話をさせるだろう。
それが「ヘンリーの事を信じてあげて」と言っているのだから、何かあるのかもしれなかった。
会場に着くと、イリスもダニエラもあっという間に人に囲まれてしまった。
ダニエラは修道院生活を経験した珍しさから、話を聞きたいという人に囲まれ。
イリスは残念ドレスに群がる人に囲まれた。
もっとも、イリスを囲む半分は、ドレスではなくイリス自身を見ているらしい男性だ。
昔はああして囲まれそうになるイリスを、カロリーナやベアトリスと一緒によく救出したものだ。
ベアトリスやカロリーナといった面々も十分に美少女なのだが、あちらは隙がない。
隙のない美少女ほど、近寄り難いものもない。
ところが、イリスはどうにも鈍感というか警戒心の薄いところがある。
男性の下心的なものにも疎いのでダニエラ達も心配になり、夜会には必ず誰かが一緒に参加していた。
あれからだいぶ経ったが、どうも警戒心の薄さは変わっていないようだ。
自分のドレスで気分が悪くなったイリスは、会場に入った時点で多少ふらついていた。
さらに大人数に囲まれて疲労したらしく、明らかにふらつくようになっていた。
そのイリスに飲み物を持って行ったり、椅子を勧めたりと、数人の男性がウロウロしている。
遠目から見てる限りでも、イリスは男性たちが何故イリスのそばにいるのかわかっていない様子。
あれはきっと、親切な人くらいにしか思っていない。
男性が一人ならかえって危険だが、あれだけいるのなら牽制し合って大した動きはないだろう。
帰るにしても、体調が落ち着かないと馬車の移動が辛いだろうから、ちょうど良い。
ダニエラはため息をつくと、自身の話に頭を切り替えた。
「君が、ダニエラ・コルテス伯爵令嬢?」
人垣の向こうから、よく通る声がダニエラを呼んだ。
茶色の髪に紫色の瞳。
何よりも、カロリーナに似たその相貌に、ダニエラは少年が誰なのか理解した。
「ええ。あなたがカロリーナの弟のヘンリー君ね」
うなずいたヘンリーと話すため、ダニエラは人垣を離れた。
「はじめましてだけど、聞きたいことがあるわ」
「だろうね」
「わかっているなら、簡潔に言うわ。イリスのことはどういうつもり?」
「……事情は言えない」
申し訳なさそうに目を伏せる様子に、ダニエラはため息をつく。
「なら、質問を変えるわ。――イリスが大事?」
「ああ」
即答。
しかも、まっすぐにダニエラを見ている。
どうやら、イリスをもてあそんでいるわけではなさそうだ。
「いいわ。信じましょう。……だったら、早く行った方が良いわよ」
「ここでは話ができないんだ。イリスを送ってもいいか?」
「ええ。あの子の周りに男性が群れているわよ。誰かさんが一緒に来ないから」
身に覚えがあるらしいヘンリーは、言葉に詰まる。
「ほら、イリスはあそこに。……あら? 誰かしらあの人」
いつの間にか一人で移動していたイリスのそばに赤茶色の髪の美青年が立っている。
青年がイリスの手を取ったのを見て、ヘンリーが顔色を変えて駆け出した。
「……魔が差したって感じじゃあ、なさそうよね」
どちらかというと、イリスに夢中に見える。
あの様子からすると、プロポーズも気の迷いではないのだろう。
「よくわからないけれど。あんまりこじれてると、イリスを持っていかれるわよ、ヘンリー君」