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行動の凍結

 首と頬にガーゼを当てて、手首が赤く、全身に痛みがある。

 こんな状態で城に行く日が来るとは夢にも思わなかった。

 緊張よりも体の痛みの方が強いのだから、良かったような悪かったような。


 複雑な気持ちのまま、ヘンリーに手を引かれて進んでいく。

 迷いなく歩く様子から、城に慣れているのがわかる。

 何だかヘンリーが遠い存在のように感じた。




 ヘンリーに連れられて謁見の間に入ると、茶色の髪に緑の瞳が美しい国王フィデルが待っていた。

 その傍らには、シーロの姿もある。

 体格と貫禄、顔の系統は違うけれど、それでも雰囲気はよく似ていた。


 二人の前まで歩くと、ヘンリーが跪く。

 イリスも倣おうとするが、シーロに止められる。


「怪我人は、無理をしない」

 そう言って、椅子を用意された。

「傷はどう?」

「大丈夫です」


 シーロの手を取って椅子に座ろうとするが、全身打ち身状態でかなりぎこちなくなる。

 精神的衝撃が和らいできたら、だんだんと肉体の痛みが出てきているのだ。

「……イリスがこれなら、『毒』は結構なものになったかな」

 シーロはそう呟くと、フィデルの隣に戻っていく。



「陛下にご報告いたします。度重なるモレノ侯爵家及び次期当主への攻撃と、イリス・アラーナ伯爵令嬢への誘拐と傷害を確認しました。主犯はルシオ・ナリス殿下、共犯にアベル・ナリス殿下。陛下の指示の元、私が制裁を科しました」

「ああ、そんなに堅苦しくなくていい。……で、どの程度盛ったんだい?」


「ルシオ殿下には、『モレノの毒』を。アベル殿下は、自分で勝手に意識を失いました」

「いや、だから。どの程度盛ったのか、一応報告してくれ」

 フィデルが問うと、ヘンリーは不満そうに眉根を寄せた。


「……仕方がないので、加減しました。せいぜい、ひと月でしょう」

「うわ」


 フィデルが明らかに引いている。

「まあ、それくらいで済んで、ありがたいんじゃない?」

 シーロは特に気にしていないらしく、引き気味のフィデルを宥めている。


「で、では。今回はこれで手打ちという事で、構わないか」

 ヘンリーがうなずくと、フィデルがほっと肩をなでおろした。




「――まったく。『毒の鞘』を狙うなど、ルシオも愚かにもほどがある」


「まだ、正式には『毒の鞘』じゃないけどね」

「は?」

 シーロの言葉に、フィデルが固まった。



「正式には、ということは。まだ婚約していないのか……?」

「まだだね。しかも、プロポーズの返事すらもらっていない」

「何だと?」

 フィデルが驚愕の表情でヘンリーを見る。


「返事を聞く前にちょっかいを出され始めました。モレノのしきたりに則り、すべての行動が凍結中です」

「……イリス嬢に、説明は?」


「――() () () 凍結しています」

「うわ」


 ヘンリーの迫力に、フィデルが再び引いている。




「指輪が右手に移動した、って死にそうな顔をしていたからね。ひと月で許されるなら、ルシオは幸運と言っていいんじゃない?」

 シーロは笑っているが、イリスには何の話なのかよくわからず、首を傾げる。


「――わかった。ご苦労だった。もう帰っていい。寧ろ、早く帰ってくれ」


 フィデルが慌てて言うと、ヘンリーが無言で立ち上がる。

「話すことは山ほどあるだろう? 部屋を用意しようか?」

 シーロに問われたヘンリーは、首を振る。


「いえ。行くところがあります」

「……ああ、そうか。そうだな。また邪魔が入るといけないからな」

 シーロはそう言って笑うと、手を振って見送ってくれた。




「モレノ侯爵家は、代々王家お抱えで諜報活動をこなしているんだ」


 馬車に乗ると、ヘンリーはすぐに説明をし始めた。

「その存在を知っているのは、王族と公爵家くらい。だから、イリスには言えなかった」

「うん」


 ルシオから聞いたので、そのあたりはまだ理解ができる。

 イリスに言えないのは当然だと思うので、それも気にならない。



「先の王位継承争いで、当時のフィデル王子側だったシーロ王子が狙われた。だから、モレノ侯爵家が匿った。当主であるモレノ侯爵が、フィデル王子が国王に相応しいと判断したから命に従ったんだ」

 シーロを匿ったという話は知っていたが、あれはモレノ侯爵家だからできたことのようだ。

 確かに、ただの一侯爵家が匿おうとしても、すぐにシーロの居所はばれてしまうのだろう。


「モレノが従ったという影響もあって、フィデル王子が国王になった。だが、それをルシオ王子は恨んだんだ。同じく、俺に依頼を断られたアベル王子と共に、モレノ侯爵家へ復讐をたくらんだらしい」

 そのあたりも先程聞いた通りだ。

 それにしても、王位継承にまで影響を与えるなんて、そら恐ろしい。


「現当主ではなく次期当主を狙うあたり、卑怯というか情けないというか。……甘く見られたものだ」

 目を細めるヘンリーの顔が、『モレノの毒』を使った冷たい瞳の少年に一瞬重なる。

 あれは、モレノの人間としてのヘンリーの一面なのだろう。


 だが、不思議とあの時ほど怖いとは思わない。

 確かに驚きはしたけれど、あれもヘンリーなのだ。

 ダリアだって、具合が悪くて寝込んでいる時のイリスと、傷の化粧を首と腕にも自分で施そうとしているイリスを見つけた時では、天地ほどの態度の差がある。

 きっと、ヘンリーもそれと変わらないのだろう。



 ふと、車窓を流れる景色が遅いことに気付く。

 馬車はいつもよりもゆっくりと走っているようだった。

 全身打ち身状態のイリスのためだろうか。

 特に何も言っていないが、痛みがあるのがわかったのかもしれない。



「二人は何か勘違いしていたが、モレノは王族すべての所有物じゃない。国王の直接の配下だ。国王に相応しくないものに服従する必要性はない」


 それで、アベルの依頼を断っていたのか。

 カロリーナの怒りが優先というのもあっただろうが、それ以上にアベルに従う必要性を見出せなかったということなのだろう。


「モレノは特殊な家だ。だから、婚約を承諾……プロポーズの返事をもらうまでは、相手に家業を知らせてはいけないという決まりがある。一昔前までは、結婚するまで知らせてはいけなかったらしい」



 ゆっくり走っていても、やはり馬車は揺れる。

 背筋を伸ばしていると腹筋が痛いのだが、もたれたらそれはそれで背中が当たって痛い。

 どうしたらいいのかとユラユラ揺れているイリスを見て、ヘンリーは苦笑して上着を脱ぎ始める。



「それと同時に相手がモレノの家業に耐えられるか、確認しなくてはいけない決まりがある。方法は二つ。行動の凍結と、一年の別離のどちらかだ。……俺は、行動の凍結を選んだ」

「行動の凍結?」

 耳慣れない言葉だが、どういうことだろう。



 ヘンリーは脱いだ上着を丸めると、イリスの背にクッション代わりに当てた。

 背もたれができて、格段に楽になる。

 こういうところは、イリスの知っている面倒見の鬼そのものだ。


「ありがとう」

 イリスが礼を言うと、ヘンリーは微笑んでうなずいた。



「婚約を考える相手ができたら、当主に報告する。その次にモレノに何か問題が起きた場合に、それが解決するまで婚約や婚儀の進行はすべて止める。そして、その事情を伝えてはいけないし、返答をしてはいけない。明確な好意を伝えてもいけない」

「それで、何を確認するの? それに、何も問題が起きなかったら?」


「強制的に不信感を煽るってことだ。仕事でどうしてもそういう感情を持たれかねない行動を取る場合がある。それを耐えられるか、乗り越えられるかを見られる。……何の問題もないことは滅多にないが、その場合は婚儀の前に七日間の行動の凍結が行われる」

 そこまで話すと、ヘンリーは深いため息をついた。



「本来なら、プロポーズの返事をもらった時点でモレノについては説明できる。大抵はその状態で行動の凍結が発動する。だから、何も返答できなくても、行動がおかしくても、それなりに察することができるんだ。……でも、俺の場合は、舞踏会の翌日に行動の凍結が発動した」

 ヘンリーは悔しそうに拳を握る。


「でも、それは仕方なかったんじゃないの?」

「プロポーズの返事をすぐにもらうか、もらった後に当主に報告すればよかったんだ。そうすればモレノの説明は確実にできる。……俺の凡ミスだ。モレノのしきたりはわかっていたのに」

 ヘンリーはイリスに深々と頭を下げた。



「――だから、プロポーズしたのにあんな風になってしまった。本当に、ごめん」


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