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逆恨みの八つ当たり

「モレノ侯爵家は、王家の諜報機関として暗躍する家だ。『モレノの毒』と呼ばれる特殊な毒を使うとされ、その伴侶を『毒の鞘』とも言う。おまえが、いずれそう呼ばれるんだろう」


「諜報機関? 毒?」


 あまりに馴染みのない言葉に、頭の中が混乱する。

 それはつまり、いわゆる忍者やスパイのようなものだろうか。

 しかも毒を使うなんて、一気に危険な香りがする。

 ヘンリーやカロリーナがそんなことに関係しているとは、とても思えなかった。


「それに、伴侶って。私はただの友達よ」

「それはどうかな」

 ルシオは鼻で笑うと、手近にあった椅子に腰かけると、脚を組んだ。



「モレノの家業は、その特殊性から王族と公爵家くらいしか知らない。だからこそ、王位継承のごたごたでシーロの身柄を匿ったわけだが。……それは、フィデルの命令だ」

 兄である国王を呼び捨てにしたルシオは、忌々しそうに眉を顰める。


「フィデルの命に従った時点で、モレノ侯爵家は次期国王にフィデルを推したことになる。影響力の強いモレノがフィデルについたことで、継承戦は一気にフィデルに傾いた」

 ルシオは組んだ足を解くと、忌々しいとばかりに床を強く踏みつける。


「モレノが俺につきさえすれば、覆ったものを! たかが侯爵家が偉そうに」

「そうだ。王族である俺の依頼を断るなんて、何様のつもりだ、ヘンリーめ」

 アベルも同調して怒りを露にする。



『実はアベル王子に、恋人のクララのことを調べてほしいと頼まれていたんだ。一向に婚約申し込みの返事が来ないし、様子が変だからとな』

『いや、断ったけどな』



 アベルが言っているのは、クララの行動を調べてくれというものだろう。

 あれは、知人に対する頼みごとではなく、諜報機関への依頼という意味だったのか。

 だが、カロリーナの怒りの方が怖いという理由で却下されているのだから、ヘンリーの中でアベルの価値は高くないのだろう。

 そもそも、王族の依頼を断っても平気なのかは、わからないが。



「不遜な態度のモレノへの復讐として、次期当主のヘンリーを狙った。だが、腐ってもモレノの跡継ぎ。一筋縄ではいかない。だから手っ取り早く、奴の弱点を責めることにした」

 ルシオはそう言うと、視線をイリスに移す。


「わ、私……?」


 突然のことに声が上擦るイリスを見て、ルシオはうなずく。

「そうだ。特定の人間を寄せ付けなかったヘンリーが、唯一そばに置いた女。俺に狙われると分かっていても、舞踏会はおまえのパートナーとして参加した。……それだけ、特別という事だ」


 ルシオは何か言っているが、イリスの理解が追い付かない。

 だがひとつだけ、はっきりわかったことがある。

 残念令嬢の計画をヘンリーに手伝ってもらったせいで、ヘンリーは誤解されている。


 ヘンリーがイリスと一緒にいたのは、あくまで残念のため。

 ルシオが思うような特別な存在ではないのに。

 イリスが攫われたことで、ヘンリーに無用な迷惑をかけてしまうではないか。



「お前が傷付いたら、ヘンリーはどんな顔をするか。楽しみだな」

 椅子から立ち上がったルシオは、腰の剣を抜き、イリスに向ける。


 シーロとの剣の稽古のおかげか、それほどの恐怖を感じない。

 これも、稽古の成果と言えるのかもしれない。


「私に怪我でもさせたいの? それとも殺す気?」

「さあ、どっちでも良いんだが。ヘンリー次第かな」


 どっちでも良いとはなんだ。

 そんな理由で殺されかねないイリスはたまったものじゃない。


 『碧眼の乙女』のシナリオでも謎の死だったし、この世界はイリスの扱いがぞんざいすぎる。

 さすがは悪役令嬢。

 大変に残念だ。



「ヘンリーも殺す気? 私の家は処理できても、モレノ侯爵家は黙っていないんじゃないかしら」

 王家の諜報機関で、王位継承にも影響を与える家だというのなら、その跡継ぎを害して何事もなく済むとは思えない。


「ヘンリーを痛めつけられればそれでいい。死ぬかどうかは、あいつの運次第だ」

 ルシオの返答に、イリスは大きなため息をついた。



「よくわからないところが多いけれど。……つまり、逆恨みの八つ当たりってことね」


「――なんだと」

「しかも、侯爵家の次期当主を『痛めつけられればそれでいい』だなんて。考えなしもいいところだわ。情けない。……だから、あなたはモレノ侯爵家に選ばれなかったのよ」

「――おまえ!」

 イリスの指摘が正しかったと証明するように、ルシオが激昂し、剣を振りかぶる。



 その瞬間、イリスの首元のネックレスが眩い輝きを放つ。

 何か固いものと剣がぶつかった音がして、ルシオの剣が弾き返された。


「――それは、王家の碧眼の首飾り! 何故、おまえが持っている」

 アベルが叫ぶが、ルシオはそれほど驚く様子もない。


「どうせ、フィデルかシーロだろう。……あいつらが王家の宝を出すくらいだ。何もない女ではない」

 ルシオは剣を床に置くと、イリスに近付く。

 その迫力に、イリスは一歩後退った。


「その碧眼の首飾りは、刃物による攻撃を弾く。つまり、刃物以外は防げない」

 そう言ってイリスの首元に手を伸ばすと、ネックレスをむしり取る。

 そのまま剣を拾ったルシオは、切っ先をイリスの頬に当てた。


「……こういうことだ」

 にやりと笑うルシオ。

 切っ先に力が入り、皮膚が切れて血が流れるのがわかった。

 だが、イリスは何も言わずに、じっとルシオを見る。



「泣き叫んで、命乞いをしてくれてもいいんだぞ?」

「泣いたところで、やめるとは思えないわ。あなたが喜ぶだけでしょ」


 イリスは後ろ手に縛られている。

 走って逃げようにも、扉を開けられない。

 魔法を使って氷の塊を出したとして、果たして逃げられるだろうか。

 クララの時のように、ルシオとアベルの足元を凍らせればチャンスはあるかもしれない。


 魔法を使うために集中しようとしたその時、ルシオに床に押し倒される。

 仰向けのイリスの首に剣を突き付けて、ルシオは笑った。



 痛みと緊張で集中できない。

 もっと、魔法の鍛錬もしておけばよかった。

 後悔したが、今更どうにもできない。

 勝てないとしても、せめて心は屈しない。

 

 イリスはルシオをまっすぐに睨みつけた。


「……そういう強気なところは、嫌いじゃない。どこまで強がっていられるか、見ものだな」



 剣がきらりと光を反射したその時、扉が勢いよく開いた。


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